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五
しおりを挟む千夜に手を引かれながら湯殿へと案内された由奈だったが、一人では迷ってしまいそうな程、屋敷の中は広かった。そして、それは湯殿も同じだった。
元納屋という家に住む由奈の家にはもちろん湯殿などない。普段から一日の仕事を終えれば川の水を汲んできて体を洗う。大半の村人はそうしているし、村の中でも家に湯殿があるのは地主の権田の家くらいなものだ。
権田の家の湯殿には小さい頃に一度、田植えの手伝いをした際に村の子供と一緒に入らせてもらったことがある。その時は子供で体も小さかったとはいえ、子供五人くらいで入っても少し余裕がある広さの湯船に驚いたものだ。だが、ここはそれよりもさらに広い。大人でも十人くらいは余裕で入る。いや、もっとだろうか。
温かなお湯が満たされた湯船は由奈には贅沢すぎて、浸かるのは気が引ける。だが、一緒についてきた千夜が、丹念に由奈の身体を洗うと、有無を言わさず由奈を引っ張って湯船に入っていくので、逃げられなかった。だが、入ってしまえば気持ちがいいものだ。熱すぎず、かといってぬるくない最適なお湯の温度が体を芯から暖めてくれる。
ホカホカになった由奈が千夜と共に湯船から上がると、脱衣所に数人の女性たちが待ち構えていた。驚く由奈の周りをクルクルと動き回る彼女たちは、あれよあれよという間に由奈の体を拭き、着物を着せかけていく。袖を通した瞬間に素肌に感じた生地の肌触りの良さに、ぎょっとした由奈だったが、彼女たちは止めようとする由奈を無視してさっさと帯を締めにかかる。そうなるともう、諦めるしかなかった。
されるがまま着物を着せられ、髪も結われた頃、再び変化して少女の姿になった柚葉の手を引き、綾野がやって来た。
「まぁ、とてもよくお似合いでいらっしゃいますこと」
微笑む綾野に曖昧な笑みを返す。自分がどんな姿をしているのか全く分からない。視線を落とせば、白い着物が目に入るが、そこに遠目から見たのでは分からないであろう白糸で施された刺繍が見えて落ち着かなくなる。
「これ……上等すぎます……元の着物は……?」
「由奈さまのお着物は洗わせていただいてますの。乾きましたら、お持ちしますわ」
その返答に、有無を言わさぬ響きを感じ、由奈は口をつぐんだ。すると、そんな由奈に柚葉がそっと近付いてくる。
「由奈さま、先程は失態をいたしまして、申し訳ございません」
「ああ、そんな。大丈夫ですよ」
泣き腫らした目でしょんぼりとしている柚葉に、由奈は微笑む。先程まで頭とお尻にあった耳と尻尾は消えている。今度は上手く化けられたらしい。
「さぁ、由奈さま。参りましょう、皆様お待ちですわ」
「皆様?」
「参りましょう、由奈さま」
戸惑う由奈の手を、千夜と柚葉がそれぞれ繋ぐ。そして綾野を先頭に、長い長い回廊を奥へと進み始めた。行き先は真っ暗だ。だが、綾野が足を進める度に回廊の両脇に掲げられている灯籠に青い焔が灯る。やがて、目の前に大きな扉が見えて来たと思うと、綾野が手を上げた。すると、どこからか現れた二つの影が、さっと動き扉を開け放った。
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