狐に嫁入りいたします。

鈴屋埜猫

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「ここでは心穏やかに過ごしていただけるよう、尽くさせていただきますわ。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「あ、ありがとうございます……」

 綺麗な女性が微笑むと、同じ女性だというのにドキリとしてしまう。すると、綾野が小さく笑った。

「あの、何か……?」
「申し訳ございません。弟から聞いていた通り、可愛らしいお方だと思いまして」

 弟、というのはここの当主のことだろうか。綾野とは双子だというから、男性といえど綺麗な人なのだろう。だが、彼女と似ていようがいまいが、由奈には心当たりがない。

「あの、その弟さまとは……?」
「綾野さま、そろそろお支度しませんと」
「ああ、そうね」

 由奈の疑問を遮った柚葉の言葉に、綾野は頷き由奈の手を離した。すると、今度は柚葉が由奈の手を取る。

「綾野さま、私がご案内してよろしいですか?」
「ああ……でも、柚葉。あなたは少し変化を解いて休んだ方がいいわ」
「大丈夫ですよ、疲れてません」
「でもね……耳と尻尾が出ていてよ?」

 綾野の指摘に柚葉の笑顔が瞬時に凍りつく。そこで由奈は、彼女が耳と尻尾が出ていることに気が付いていなかったのだと悟った。

「っな……!」

 由奈の手を離し、自分の頭とお尻に手をやった柚葉はワナワナと震え出す。そしてみるみるうちに彼女の見開かれた瞳が潤み、大粒の涙が溢れ出そうとした、が。
 ボン、と大きな音と共に白い煙が立ち上ぼり、柚葉の姿が一瞬見えなくなる。そして、瞬く間に散った煙の向こうに、小さな姿が見えると、由奈はやっぱりと心の中で呟いた。

「そんなっ……変化、上手くなったと……っ」

 黄色い毛並みをした小さな狐から発せられるのは、紛れもなく柚葉のものだった。前足で目元を覆うようにして、涙を流している狐に綾野が優しく声をかける。

「上手になっていますとも。でも、今度からはきちんと確認しましょうね」

 まるで小さな子供をあやす母親のような優しい声と視線。しばらくうずくまっていた小さな狐は、おずおずと縁側に上がると、綾野の背に隠れた。まだ鼻をすする音が聞こえる。

「由奈さま、驚かせてしまい、申し訳ございません」
「いえ……」
「お支度は他の者に手伝わせますわ。千夜ちよ

 綾野の声に応じるように、彼女の背後にある障子戸がそろりと開く。そこからひょこりと顔を覗かせたのは、柚葉と同じ年頃に見える少女だった。

「この子は千夜と申しますの。千夜、お願いできますか?」

 トテトテと部屋から出てきた少女は、綾野に向かってコクリと頷いた。そして、チラリと綾野の背後で丸まっている狐を心配そうに見て、由奈に向き直ると一礼する。

「この子は口が聞けませんの。ですが、言葉は分かりますので」
「そうですか、よろしくお願いします」

 千夜と呼ばれた少女は柚葉とは違い、由奈と同じ黒い髪をしている。そして、彼女には柚葉のような動物の耳や尻尾はないようだった。
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