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六
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扉の向こうは眩しいくらいで、由奈は目を細める。そして、千夜と柚葉に導かれるまま奥へ進んだ由奈は、次の瞬間、大きな歓声に包まれていた。
「おお……これはお美しい」
「あの方が……」
「なんと喜ばしいこと」
拍手の合間に聞こえる言葉。しかし、それは称賛ばかりではないようだった。
「なんだって、あんな……」
「当主は何をお考えなのやら……」
「我らを穢すおつもりか」
時折聞こえてくる悪意のこもった言葉と視線に身がすくむ。それでも何とか足を動かしていられるのは、綾野が先導し千夜たちが手を引いてくれるからだ。だが、突然、目の前の綾野が体を横向け、由奈に恭しく頭を下げる。それとほぼ同時に千夜たちも手を離し、由奈は心細さを感じた。
「由奈」
戸惑う由奈の名前が呼ばれる。その声に視線を上げると、そこには銀色の髪をした青年が立っていた。恐ろしく整った顔立ち、そして吸い込まれそうな瞳に心臓が鷲掴みにされた気がした。灰色だと思った中に時折、紫がかった青や赤も見える瞳の色をした青年は、この世のものとは思えなかった。
周りの誰もが彼に頭を垂れている。年上の人々にかしずかれながら、彼はつい、と由奈に手を差し伸べた。その手に誘われるまま、足を踏み出した由奈だったが、足元を見ていなかったせいで段差に気付かず躓いた。
「ぁ……っ」
「大丈夫か」
彼は一段高くなった場所に立っていたらしい。躓いた勢いのまま、倒れ込んだ由奈を、彼の腕が優しく抱き止める。思いがけず抱き締められる格好になったこともそうだが、心配するように頬を撫でられ、由奈は恥ずかしさに俯いた。
「すみません……」
「怪我がないならよい」
由奈の手を取り、きちんと立たせてくれた青年は小さく笑う。そして、彼女に寄り添うように並んで立つと、居並ぶ面々を見渡した。
彼の視線に拍手がピタリと止む。それを合図に、青年は声を上げた。
「皆、よく来てくれた。今宵、我が一族に新たな家族を迎える」
静まり返った広間に、青年の声が響く。誰もが、青年の言葉に耳を傾けている。
「彼女が当主たる我の妻となる、由奈だ」
青年の視線が由奈へと向く。再び起こった拍手と歓声を聞きながら、青年の言った言葉に驚き、顔を上げた由奈は唇に触れた柔らかいものの感触に目を丸くした。軽く触れて離れたものが、彼の唇だと気が付いた時には、すでに二度目の口付けが降ってきていた。
◆ ◆ ◆
割れんばかりの拍手が収まると、次々と挨拶に訪れる者たちの対応に追われることになった。だが、何が何やら分かっていない由奈は、青年の隣でただ微笑んでいることしかできない。しかし、たったそれだけでも、人混みにいるとどっと疲れるものらしい。いや、人混みと称していいのかは甚だ疑問なのだが。
というのも、広間に集まっていた者たちは皆、人間ではないらしい。柚葉が狐であったように人間の姿になれる種族や、もとから人に姿形が似ている人ならざる者はこの世に多く存在するのだという。それを小声で青年が教えてくれたのだが、挨拶に来る人がそれぞれ何者なのかはよく分からないまま終わった。せいぜい分かったのは、大きな鼻が特徴的だった天狗くらいだろうか。
「お疲れさまにございました」
宴がお開きなり、気付けばもう真夜中。皆、夜から早朝にかけてが活動時間という種族が多いらしく、彼らに合わせると日が落ちてから日が上るまでが宴の時間となるそうだ。由奈を再び湯殿に連れていった柚葉は、今日は由奈の負担も考えて早めにお開きになったのだと教えてくれた。そして彼女の案内で、由奈は今、離れの部屋に案内されている。
「あの、これって……」
「どうなさいました?」
部屋に入るなり、視界に飛び込んできた一組の布団。由奈がいつも使う粗末な布団とは比べ物にならないくらい、見るからにふかふかそうなそれは、悠々二人、いや三人は寝れそうな大きさがある。そして、その端には当然のように二つの枕が並んで置かれていた。
「ご入り用のものがあれば、いつでもお申し付けを。すぐ、ご当主さまもおいでになります」
「その、ご当主って……」
「暁さまです。先程ご一緒だった」
「ですよね……」
やはり、あの綺麗な顔をした青年が綾野の双子の弟だという暁なのか、と理解する。そして、先程の宴の意味に気付かぬふりをしていた由奈を追い詰めていく。
「あの……布団をもう一式借りることって?」
「何故です?」
由奈の悪あがきを、柚葉はきょとんとした顔で聞き返す。その純粋無垢な可愛らしい表情に、由奈は諦めてヘラリと笑った。
「いえ、大丈夫……」
「そうですか? では、何かありましたらお呼びください」
若干気落ちした由奈に首を傾げながらも、柚葉は部屋を出ていってしまう。取り残された由奈は所在なく立ち尽くしたまま、ため息を吐いた。
しばらく迷った後、由奈は布団のできるだけ際に体を横たえた。布団の外に横になることも考えたが、さすがに布団が全くないのは寒い。しかし、いつも使っている薄っぺらい布団とはまるで違い、ふかふかの布団は心地よく、端でも十分だった。
「おお……これはお美しい」
「あの方が……」
「なんと喜ばしいこと」
拍手の合間に聞こえる言葉。しかし、それは称賛ばかりではないようだった。
「なんだって、あんな……」
「当主は何をお考えなのやら……」
「我らを穢すおつもりか」
時折聞こえてくる悪意のこもった言葉と視線に身がすくむ。それでも何とか足を動かしていられるのは、綾野が先導し千夜たちが手を引いてくれるからだ。だが、突然、目の前の綾野が体を横向け、由奈に恭しく頭を下げる。それとほぼ同時に千夜たちも手を離し、由奈は心細さを感じた。
「由奈」
戸惑う由奈の名前が呼ばれる。その声に視線を上げると、そこには銀色の髪をした青年が立っていた。恐ろしく整った顔立ち、そして吸い込まれそうな瞳に心臓が鷲掴みにされた気がした。灰色だと思った中に時折、紫がかった青や赤も見える瞳の色をした青年は、この世のものとは思えなかった。
周りの誰もが彼に頭を垂れている。年上の人々にかしずかれながら、彼はつい、と由奈に手を差し伸べた。その手に誘われるまま、足を踏み出した由奈だったが、足元を見ていなかったせいで段差に気付かず躓いた。
「ぁ……っ」
「大丈夫か」
彼は一段高くなった場所に立っていたらしい。躓いた勢いのまま、倒れ込んだ由奈を、彼の腕が優しく抱き止める。思いがけず抱き締められる格好になったこともそうだが、心配するように頬を撫でられ、由奈は恥ずかしさに俯いた。
「すみません……」
「怪我がないならよい」
由奈の手を取り、きちんと立たせてくれた青年は小さく笑う。そして、彼女に寄り添うように並んで立つと、居並ぶ面々を見渡した。
彼の視線に拍手がピタリと止む。それを合図に、青年は声を上げた。
「皆、よく来てくれた。今宵、我が一族に新たな家族を迎える」
静まり返った広間に、青年の声が響く。誰もが、青年の言葉に耳を傾けている。
「彼女が当主たる我の妻となる、由奈だ」
青年の視線が由奈へと向く。再び起こった拍手と歓声を聞きながら、青年の言った言葉に驚き、顔を上げた由奈は唇に触れた柔らかいものの感触に目を丸くした。軽く触れて離れたものが、彼の唇だと気が付いた時には、すでに二度目の口付けが降ってきていた。
◆ ◆ ◆
割れんばかりの拍手が収まると、次々と挨拶に訪れる者たちの対応に追われることになった。だが、何が何やら分かっていない由奈は、青年の隣でただ微笑んでいることしかできない。しかし、たったそれだけでも、人混みにいるとどっと疲れるものらしい。いや、人混みと称していいのかは甚だ疑問なのだが。
というのも、広間に集まっていた者たちは皆、人間ではないらしい。柚葉が狐であったように人間の姿になれる種族や、もとから人に姿形が似ている人ならざる者はこの世に多く存在するのだという。それを小声で青年が教えてくれたのだが、挨拶に来る人がそれぞれ何者なのかはよく分からないまま終わった。せいぜい分かったのは、大きな鼻が特徴的だった天狗くらいだろうか。
「お疲れさまにございました」
宴がお開きなり、気付けばもう真夜中。皆、夜から早朝にかけてが活動時間という種族が多いらしく、彼らに合わせると日が落ちてから日が上るまでが宴の時間となるそうだ。由奈を再び湯殿に連れていった柚葉は、今日は由奈の負担も考えて早めにお開きになったのだと教えてくれた。そして彼女の案内で、由奈は今、離れの部屋に案内されている。
「あの、これって……」
「どうなさいました?」
部屋に入るなり、視界に飛び込んできた一組の布団。由奈がいつも使う粗末な布団とは比べ物にならないくらい、見るからにふかふかそうなそれは、悠々二人、いや三人は寝れそうな大きさがある。そして、その端には当然のように二つの枕が並んで置かれていた。
「ご入り用のものがあれば、いつでもお申し付けを。すぐ、ご当主さまもおいでになります」
「その、ご当主って……」
「暁さまです。先程ご一緒だった」
「ですよね……」
やはり、あの綺麗な顔をした青年が綾野の双子の弟だという暁なのか、と理解する。そして、先程の宴の意味に気付かぬふりをしていた由奈を追い詰めていく。
「あの……布団をもう一式借りることって?」
「何故です?」
由奈の悪あがきを、柚葉はきょとんとした顔で聞き返す。その純粋無垢な可愛らしい表情に、由奈は諦めてヘラリと笑った。
「いえ、大丈夫……」
「そうですか? では、何かありましたらお呼びください」
若干気落ちした由奈に首を傾げながらも、柚葉は部屋を出ていってしまう。取り残された由奈は所在なく立ち尽くしたまま、ため息を吐いた。
しばらく迷った後、由奈は布団のできるだけ際に体を横たえた。布団の外に横になることも考えたが、さすがに布団が全くないのは寒い。しかし、いつも使っている薄っぺらい布団とはまるで違い、ふかふかの布団は心地よく、端でも十分だった。
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