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07 手術痕
しおりを挟む食器を片付けようとお盆に乗せ、歩き出そうとしたかなえだったが、小さく悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。
「痛っ…」
「かなえさん!?」
突然のことに、啓太はすぐさまかなえに声をかける。
幸い、しゃがみ込む前にお盆を机に戻したため食器が地面に落ちることはなかった。
「どうしました?どこか痛いんですか!?」
「…右の足首が、ちょっと…」
「捻挫ですか?」
「いや、違う…、これ、時々なるからっ…、…痛、い…っ…」
啓太はかなえの押さえている右の足首に視線を向け、状態を見る。
よほど痛いのか、かなえは両手で強く足首を掴んでいるため、どうなっているかわからない。
腫れているなら病院に連れて行った方がいいのだろうか、それとも、別の原因でもあるのだろうか。
とにかく患部を見ないことにはどうすることもできないため、啓太はかなえに先に謝り、痛みを訴えている足首を見てみることにした。
「かなえさん、ちょっと失礼します。腫れてたら大変なので見せてください」
「…あっ」
かなえは何か言いかけたが啓太はそれに気付かず、かなえの両手を退けてそっと靴と靴下を脱がせて裸足になった状態の足首を見てみる。
すると、思っていたものとは違う状態だったことを知り、少し驚いたように足首を凝視した。
それも一瞬のことで、啓太はハッと我に返るとかなえに尋ねた。
「痛むのはこの手術痕ですか?」
「…ん」
「いつも痛みますか?」
「いつもじゃない。時々、急に…」
「…そうですか。痛み止めなど、持ってます?」
「ある。キッチンの棚にある引き出しの中…」
「俺が取りに行ってもいいですか?」
「…うん」
「ちょっと待っててください。水も持ってきますから、じっとしててくださいね」
「……」
啓太は出来るだけ優しく笑いながらそう言い、痛み止めを取りに行った。
かなえはその後姿をじっと見つめ、少し泣きそうな顔で口を閉じる。
痛み止めと水の入ったコップを持ち、啓太が戻ってきた。それらを受け取り、かなえは何も言わずにゴクリと飲み込んだ。
これでしばらくすれば痛み止めが効いてくるだろう、と啓太はホッと安心するように小さく息を吐いた。
するとかなえが小さな声で啓太に呟いた。
「けいた、ごめん。せっかく呼んで来てもらったのに、また迷惑をかけて…」
「かなえさん?」
「いつもけいたに迷惑ばかり…」
「かなえさん、別に俺は迷惑だと思ってないです。俺のために料理を作ってもらって、美味しいデザートも食べれて、かなえさんといっぱい話ができて、すごく嬉しかったし、すごく楽しかった」
「本当に?」
「かなえさんに嘘なんて口が裂けても言いませんよ。全部俺の本音です。また、作って欲しいです」
「…っ、作るよっ、オレ、また作る!もっとけいたに料理作ってあげたいっ」
「うわぁ、楽しみだなぁ!かなえさんの料理、楽しみにしてます」
「…わかった」
ようやく、かなえに笑顔が戻った。
痛み止めも聞いてきたようで、靴を履かせてゆっくりと立ち上がらせる。
「痛みはどうですか?」
「ちょっと痛いけど、もう大丈夫。歩ける」
「そうですか、無理はしないでください。いざとなったら抱えて運んであげますから」
「えっ、そ、それは、ちょっと…恥ずかしい…」
「ははははっ、冗談半分、本気半分。抱えるならもちろん、お姫様抱っこです」
「う…っ」
かなえはその姿を想像したようで、恥ずかしそうに視線を下げた。
思い出してみれば、毎回かなえを運んだ時はお姫様だっこだったので、啓太としてはそれは当たり前の運び方であるが、かなえからしてみればやはり恥ずかしいのだろう。
「…食後のコーヒーは?」
「いただきます。かなえさんと一緒に飲みたいです」
「わかった、少し待ってて」
「はい」
そう言ってかなえはゆっくり歩き出した。いつもより倍くらいの速度だったが、もう大丈夫だろう。
思い返してみれば、スーパーで出会った時もかなえの歩調は普通の人よりはかなり遅く、若干歩き方がおかしかったかもしれない。右の足首を庇うように歩いていたのだろう。
あの手術根からして、もしかすると靭帯を損傷している可能性がある。
損傷した靭帯は二度と元には戻らないと聞くし、これからはこちらも注意してあげなければと思った。
コーヒーを持ってきたかなえさんは啓太の向かい側に座り、手作りクッキーを差し出した。
「コーヒーのお供」
「美味そう」
「けいたの食べてる姿は見ていて楽しい。気持ちいくらい豪快で」
「体がこれなんで、結構食べます」
「すごいな。オレはこれで十分」
「えっ、クッキーだけで!?」
「一気に食べられない」
「そうなんですね…」
「だから、けいたが美味しそうに食べてるのを見るの、楽しい」
「楽しいんですか」
「楽しい」
「うーん、何と言えばいいやら…」
「ふふっ」
戸惑う啓太を見て、かなえはフワリと笑った。
嬉しそうに声を出して笑い、視線をコーヒーに移すとすぐに無表情に戻る。
まだ出会って間もない仲だが、かなえの笑顔が自分に向けられるというのは、かなり珍しいことなのかもしれない。
喫茶店がオープンしている間に何度か客として来たが、接客している間のかなえの表情は常に無表情であった。
客は常連も多く、慣れているのか気にする様子もなく店主であるかなえに注文しているが、時々愛想笑いのような表情は見せるが、啓太に向けるような笑顔は見たことがない。
少しだけ優越感に浸っても罰は当たらないだろうか、それとも自意識過剰か。啓太の心がザワつく。
もっとその笑顔を自分に向けて欲しい。自分だけに向けて微笑んで欲しい。そのような感情が少しだけ芽生え、いけない考えだとかき消すように頭を振った。
「けいた、どうかした?」
「いえ、ちょっと考え事を…」
「もしかして疲れてる?」
「いえいえ、全く」
「疲れたら休憩室があるから、少し寝る?用事がなかったら、だけど」
「眠たくはないですよ。それにしても、休憩室があったんですね」
「ある。閉店後とか、疲れた時にすぐに横になりたくて、作ってる」
「へえ…」
すぐ隣に自宅があるが、体が弱いというのもあり、疲れやすいのかもしれない。
かなえさんの顔をよく見てみれば、少し疲れているように見えた。
今日は喫茶店は閉めていて誰もいないし、と啓太は少し考えるように宙を見つめ、すぐにかなえさんに視線をやると口を開いた。
「かなえさん、休憩室ってどこにあります?」
「休憩室?二階にある」
「せっかくなんで、ゴロゴロしませんか?」
「え?」
「実は昨日の仕事の疲れがまだ残ってて。どうせなら二人で寝転がって無駄話でもしましょう!」
「寝転がって無駄話…。ふふっ、それはいいかも。ちょっと片付けがあるから待ってて」
「あ、手伝いますよ」
「そんな、…うん、なら頼む」
少し躊躇った顔をしたが、すぐにかなえは首を縦に振った。
片付けを二人でして、二階へ向かう。
「休憩するのに丁度いい広さですね。二人で寝ころんでも余裕ですよ」
「けいたがゴロゴロしてる。…ふふっ」
「俺がごろ寝してるの、面白いです?」
「うん、何か面白い」
「何か…ですか。まあいいや、ほら、かなえさんもどうぞ」
座布団を枕代わりに頭の下に敷き、寝ころんだ啓太はそう言って隣を指差した。
かなえは少しもじもじしていたが、意外とすんなり隣にゴロンと寝ころんだ。
床は畳になっているためそこまで痛くはないが、座布団だけでは少し微妙なところかもしれない。
しかし、この部屋には特に枕や布団もないようだし、本当にただ寝ころぶだけの空間らしい。
かなえも座布団を枕代わりにして眠ったりしているのだろう。
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