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06 一人のためだけの特別
しおりを挟むかなえさんの体は時々、痛む場所があるらしい。
そう教えてくれたのはかなえさんの弟の優人だった。
俺は、その理由を知りたいと思ってしまった。
だが本人に聞くつもりは無い。
本人が言わないのだから、知られたくないことなのだ。
全快したかなえさんに招待され、啓太は喫茶店の扉を開いた。
「いらっしゃい、けいた」
「こんにちは、かなえさん」
出迎えたのは店主であるかなえだった。嬉しそうに少し笑顔を見せてくれた。
本当は今日は定休日だったのだが、啓太のために貸し切りで開けているということだ。
今日は店内には啓太とかなえの二人しかいない。
かなえは少し恥ずかしそうにもじもじとしていたが、しっかりと啓太に視線を向けて言った。
「けいた、この前は恥ずかしいところを見せて迷惑をかけたし、嫌な気分にさせて悪かった。起きてすぐのことはあまり覚えてないんだ。でも、…ありがとう」
「恥ずかしいことではないですよ。嫌な気分にもなっていません。それより、かなえさんが元気になってくれてよかったです」
あの後、かなえはしばらく啓太の腕の中で大人しく丸まっていた。
時間が経つにつれて意識がはっきりとしてきたようで、突然ハッとしたように顔を上げ、啓太の顔を見て驚いたように目を丸くしたのだ。
自分の置かれている状況に気付き、困ったように荒れた部屋の中と啓太を何度も交互に見て、少し傷付いたような顔をして啓太に謝ってきた。
しかし、啓太は何度も平気です大丈夫ですと言い聞かせ、混乱しそうになったかなえに寄り添っていたのだ。
綾瀬家の兄弟が揃う頃には真夜中になっていたため泊まって行けと優人は言ったが、啓太はそれを断り家に帰って行った、というのがあの日の話になる。
去り際、かなえは寂しそうにこちらを見ていたようだったが、きっと自分が踏み込んでいいギリギリのラインなのだと思ったから帰った。
かなえが元気になったのなら、心配することはない。
その時のことを思い出していると、かなえがお盆に大量の料理を乗せてやってきた。
とても綺麗に彩られた和食料理が並んでおり、どれもこれも美味しそうだ。
かなえは照れているのか、少し頬を赤くしながら啓太に言った。
「けいたのためだけに心を込めて作った。今日はこの前のお礼に和食特製セット、です。お召し上がりください」
「うわぁっ、美味そう!!ありがとうございます、かなえさんっ」
「…うん。心を込めて作ったから、口に合うと嬉しい」
「いただきますっ」
啓太は元気に合掌し、かなえの特製料理を食べ始めた。
よく行く定食屋の和食セットは定番のよくある味で、美味しいが感動するほどでもない。しかし、かなえの作った和食はとても繊細で、味付けも素晴らしかった。
このような料理がこの世に存在するとは、というくらいの美味しさだった。
この幸せを一生噛み締めていたい、と本気でそう思った。
「ご馳走様でした!すっごく美味しかったです!毎日食べたいくらいです!」
「…っ、そ、それは良かった。その…、そう言ってもらえて、すごく嬉しい…」
「お嫁さんにしたいくらいです!」
「え、ええっ!?おっ、お嫁さん…っ」
「あああーっ、えっとっ、そのっ、そうじゃないっ、その、あのっ、とにかくかなえさんの料理は俺が食べてきた中で一番美味しかったってことです!!」
「ああっ、あのっ、…ふはっ、ありがとう、けいた。こんなに料理を褒められたの、初めてだよ」
そう言ってかなえは嬉しそうに笑った。
その表情はまるで、花が咲いたかのようにフワリと柔らかい笑顔をしていた。
その笑顔に啓太の心臓がドキッっと跳ね、顔が熱くなる。
かなえが笑顔を見せたのは一瞬のことだった。普段からあまり感情表現が薄いらしく、無表情でいることが多いのだが、今見せてくれた笑顔は本当に喜んでいるのだとわかるくらい表情に出ていた。
こんな笑顔を自分に見せてくれるのだから、自分がかなえにとって少し特別な何かになれたと思ってもいいだろうか。それとも、そう思うのは図々しいのだろうか。
出来ることならもっと仲良くなりたいと思った。
そのようなことを考えていると、かなえが何やらソワソワしているようで思わず訪ねてみる。
「かなえさん、少し落ち着かないようですが、何かありました?」
「えっ、あ、うん。あの、…えっと、実は、チーズケーキ作ってみたんだ。けいたが食べたいって言ってたから、作ったんだけど…」
「かなえさんのチーズケーキ!!食べたい!!食べたいです!!」
「その、店で出してるのとは違って、少しアレンジしてるけど…」
「ええっ!?それって特別な奴ですか!?」
「そ、そう、特別に、けいたの為に作った」
「今すぐ食べたいです!!」
「じゃぁ、すぐに持って来るっ」
かなえは頬を染めて嬉しそうに笑顔を見せ、キッチンへと小走りで向かった。
啓太のためだけに作った特別なチーズケーキを、どのタイミングで出すか迷っていたらしい。
あの時の啓太の言葉をしっかりと覚えていたかなえは、今日のためにどのようなアレンジを加えるかずっと考えていたのだ。
啓太が喜ぶように、啓太のためだけに、自分が作る特別なデザート。
喫茶店にやってくる客や兄弟のために料理をするのは好きでやっていたことだったが、今まで生きてきた中でここまで一人だけのために料理をしたことはなかった。
お盆にカットされたチーズケーキを乗せた皿を置き、ドキドキしながら啓太の座っている場所まで歩く。それだけでもソワソワしてしまう。
「お待たせしました、けいたのために作った、チーズケーキ、です」
「うわぁ~っ、凄い!ソースが艶々!美味そう!いただきます!」
啓太は幸せそうな顔でチーズケーキを食べ始めた。
ベリー系のソースと色とりどりのフルーツが添えられ、とても美味しそうだった。
一口目で啓太の顔は嬉しそうに緩み、かなえに向かって何度も頷く。
「かなえさんっ、最高に美味しい!何だこのケーキ、蕩ける!」
「…っ、美味しい?」
「すんっごく美味しい!全部食べるのがもったいないくらいですよ」
「っ…」
こんなに喜んで貰えるとは思ってもみなかった、とかなえは幸せで胸がいっぱいになり、啓太が食べる姿を嬉しそうに見つめていた。
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