群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

42 決戦の場

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「…ん?」
「あら?」

 異口同音。
 直樹も香月も、校舎に入ってから初めての場所に出た事による声を漏らした。

「体育館……よね?」

 香月の言葉に、直樹は慎重に頷いた。
 細長い通路にいくつかの鉄扉と、扉もなくぽっかりと空いている出入口が見えた。
 鉄扉は格闘技場へのものであり、扉のないものはトイレだ。
 薄暗いせいで印象は違っているが、授業や全校集会時に使用している体育館で間違いない。

「ふぅん、夜に見るとこんな感じなのねぇ」

 香月がしきりと周囲を見回している。
 言葉通りに興味深さもあるのだろうが、これまでの区画とは印象の違う場所に出た事に対する警戒心の顕れだろう。

 警戒するのも無理はないと、直樹は思った。
 まず、この区画には足元を満たしていた霞は存在していない。
 校門前のように、外界と接しているなどの要素はない。
 多少なりとも窓は存在するが、間違いなく建造物の中である。

 学園敷地内ではあるが体育館は外界であるのかと希望を抱きかけたが、壁や天井にまとわりつくように残っている霞の存在がそうではないと主張していた。

 そして直樹は内心で頭を抱える。
 あれだけ校舎内を走り回っておきながら、こうして二人揃った途端に新しい場所に出てしまうなど、嫌な予感どころか悪い事が起きる舞台で確定だろう。

「ちょっと、寄り道をしたいんだが」

 香月に同意を求めつつも、明確な意志を込めて直樹は言った。
 この体育館施設に今回の件の黒幕が居るとするならば、そいつは講堂を兼ねた第一体育室に居る筈だ。

 こんな手の込んだ空間を造れるくらいなのだ。
 自身の力に絶対な信頼を持っているならば、最奥か最も広い場所でふんぞり返っているのが定石だ。
 間違っても、トイレの出入口の陰で直樹らを窺うような真似はしないだろう。

「? 別に構わないけど」

 寄り道という言葉に、香月は首を傾げる。
 二人が目指しているのは校舎敷地から出る事であって、現状では偶然に頼らねば叶わないものである。
 そして、背後からは二人を追い立てる大量の怪物の存在。どうあっても前に進むしか道はない。
 こんな状況で寄り道だなどと、言葉遊びにもなりはしないのではないか。

(気付いていない? それとも、無意識に考えないようにしている?)

 この空間を造り出したであろう存在について、香月は一言も触れていない。
 ちょっと考えれば分かりそうなものではないかと直樹は思うが、直樹が持っている素地を香月は持っていない事を考慮すれば、黒幕がいるだろうという考えに至らないのは無理からぬ事なのかもしれない。
 しかしそれでは、いざという時に自身の身を護る事さえ難しいのではないだろうか、とも思う。

(教えてやるべきなんだろうが……)

 予備知識を与える事で、有事の際に生き延びる確率は高くなる。
 だがそれは、香月をこちら側・・・・に引き込む事に繋がってしまい、直樹の本来の希望からは懸け離れたものになってしまう。
 この期に及んでと思わなくもないが、それによって過度の不利益を受ける訳でもない。
 例え不利益になるのだとしても、捨てる事のできない拘りや矜持というものがあっても良いのではないか。
 そう直樹は、無理矢理に納得してみせる。

「とりあえず、こっちだな。こっち」

 意見を出さねば足を向けなかったであろう、格闘技場に続く鉄扉をスライドさせた。
 これまでのように霞によって仕切られていた区画ではできなかった、自分で意図して進めるという事が妙に新鮮に感じてしまう。

 鉄扉を潜った先は格闘技場。正式名称としては第二体育室である。
 第一体育室と比べると天井は低く、部屋の面積もかなり狭い。
 部活のみならず、体育の授業を通じて剣道や畳を敷いて柔道場として使用する事が多いので格闘技場という通称が広く使われているが、創作ダンスや卓球、クラス単位でのレクリエーションなど、高い天井を必要としない多目的スペースである。

「えっと、ここに……」

 直樹は、格闘技場の備品倉庫に続く鉄扉をスライドさせた。

 格闘技場に立ち寄った目的は、この倉庫に保管されている木刀だった。
 上着の隠しポケットにも武器となる木刀と伸縮式の警棒を備えてはいるが、リーチが短い緊急時の護身用である。
 戦闘行為が発生するだろうと思われる場所に移動するのに、得物を用意しないままで向かうのは暴挙と言わざるをえない。
 欲を言えば真剣が欲しいところではあるが、高校生が通う学舎にそんな物騒な代物がある筈はないし、黒幕の正体如何によっては殺傷行為に及ぶような事は避けたいところである。

 竹刀は授業でも使うので雑とも言えるような保管のされ方だが、凶器になってしまう木刀は剣道部が管理するロッカーに収められている。
 施錠はされているだろうが、蹴り壊す気満々の直樹にはあまり関係はない。

「暗いわねぇ。見える?」

「いや、さっぱり」

 後ろから覗き込むようにして聞いてくる香月に対し、直樹は即答する。
 非常灯のみが周囲を照らす光源であり、非常灯のない倉庫内は時間をかけて目を慣らさねば何も見えない。

「ねぇ、電気って点けちゃダメなの?」

「ダメって事はないが…」

 指摘を受け、はたと気付く。
 校舎内は非常灯以外にも窓からの採光もあり、電灯が点いていなくとも問題はなかった。
 しかしそれ以上に霞によって細かな区画に仕切られていた事により、電灯のスイッチを探すのが面倒だったのだ。

 だが、ここに来て環境は変わった。
 これまでになく自由に歩き回れる状況から、体育館全体をひとつの区画としているのではないかと察せられる。
 待ち構えているに違いない黒幕に対して直樹らの存在を知らしめる事にもなってしまうが、こそこそと動き回ってみたところで居場所は掴まれているに違いない。

 こうなれば照明を点けない手はない。
 移動しながら照明スイッチは片っ端から点けていこう。
 視界が良くなれば行動もしやすくなるし、悪い方に転ぶ要素は見受けられない。

(点いてくれるといいんだが…)

 祈るように出入口付近の壁に指を這わせ、倉庫の電灯スイッチを探り当てる。
 非常灯は独立した電源だった筈だ。体育館の照明を点けると決めたものの、点かなかった時の落胆を想像して弱気になってしまう直樹。
 こういう時こそ、香月を見習って前向きの姿勢を保たねばと自身に言い聞かせる。

 スイッチを押そうと指先に力を込めた瞬間、香月が息を呑む気配が伝わってきた。

「何かいるっ!!」

 聞き返そうとした直樹だったが、口を開くよりも早く倉庫の暗闇の中にギラリとした2つの光が見えた。
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