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第3章 12歳の公爵令嬢

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大聖女になったクリスは5回目の建国祭を無事に終えた。

「今年も素晴らしかったですわ。クリス様。」

最初はぎくしゃくしていた侍女のヤスミンは今では信頼できる大好きな侍女だ。クリスを立派な大聖女にすると身構えていたヤスミンも上手く肩の力が抜けて、クリスのことを面倒見の良い姉のように支えてくれている。ちょっと口うるさいことに変わりはないが、クリスもヤスミンの愛を理解できるぐらいには大人になった。

「ヤスミン、今年は観覧席から見てくれた?」

「いえ、今年もバルコニーの陰から。」

「えー?」

クリスは怒ったように頬を膨らませて、衣装を脱がせてくれているヤスミンを振り返った。

「もう、どうして?米粒ぐらいの大きさでしか私は見えないらしいけれど、結界が張られるところはとてもきれいだって、黒騎士団のみんなは言ってたよ?」

「でも、クリス様の姿は米粒なんですよね?バルコニーの陰からならよく見えますよ。」

「私の姿はきれいじゃないでしょ?来年はもっと良い観覧席をとってもらうから、そこから見てね!」

「はいはい。」

「もう。絶対みないつもりでしょう!」

クリスのサラサラのシルバーブロンドを丁寧にとかしながら、ヤスミンはクスクスと笑っている。そこにサーシャが軽食の準備ができたと部屋にワゴンを押して入ってきた。


「今日は特別なお菓子を用意しましたよ。クリス様へのご褒美です。」

「特別?なんだろう?私、おなかぺこぺこ!」

クリスは大好きな侍女の二人に可愛がられて、ニコニコしながらテーブルの椅子に座った。

「本当にクリス様はよく食べられますね。食べても食べてもお痩せになったままだけれど。」

ヤスミンが不思議そうな顔でクリスの前に皿を並べた。そう、大聖女を始めてからクリスの胃袋は満腹を知らない。昔はこんなにお腹もすかなかったのだが。一方のサーシャは鉄壁な侍女スマイルだ。

『あら、サーシャは何か心配事があるみたいよ?』

オッドアイの黒猫姿のフィフィはにゃーと鳴いてクリスの隣の席に登ってきた。それを聞いて驚いたクリスはサーシャを見る。

「サーシャ、何か心配事があるの?」

「まあ!クリス様に隠し事はできませんね。」

サーシャはふふふと笑いながらクリスの皿の上に可愛らしいフルーツのたくさん乗ったタルトをのせた。

「わあ!かわいい!」

「クリス様がこちらのタルトをたくさん食べてくださったら、サーシャの心配もなくなりますわ。」



ー---



事態は翌日に急変した。クリスが水汲みの下女さんたちに昨日の建国祭の話をしている時だった。

「クリスローズ様!クリスローズ様!大変です!」

走ってきたのはまだ若い神官長付きの神官だ。名前をカミーユ・モロー。神官長の甥っ子でもある。いつも神官長とクリスローズの間の伝令係のようなものを引き受けてくれている。
見たことないほど青ざめた顔で慌てたように走ってくる。


「カミーユ、どうしたの?」

「マルシャローズ様が…、離縁されて…、帰ってきました…!」

「え?マルシャお姉さまが?」

「大聖女にお戻りになるとおっしゃられていて…、白騎士団長が賛成されまして…。」


クリスは目を目いっぱいに見開いた。大聖女に戻る?何を言ってるの?

「とりあえず、お部屋に戻って待機していてください。」

クリスに従っていたサーシャを思わず振り返ると、サーシャも驚いた顔をしていた。急いで大聖女の部屋、つまりは自分の部屋に戻って待機ているとすぐに神官長がクリスローズの部屋にやってきた。

「クリスローズ様。お話は聞かれましたね?」

「はい…。私は大聖女じゃなくなるんですか?」

「マルシャローズ様の離縁はまだ正式には受理されていない様です。ですが、マルシャローズ様が嫁がれたガルシア公爵家も離縁には反対しておらず、むしろ離縁の正式な理由として教会でのマルシャローズ様の引き取りを希望しています。」

「そんな…。お姉さまはガルシア家で上手くいっていなかったの?」

「大きな声では言えませんが、どうやらその様です。」

クリスももう12歳、このような裏事情もある程度理解できるようになっていた。

「やはり、マルシャローズ様は教会育ちで次期侯爵夫人としては教養が足りなかったのでしょうね…。やはり学園を高等部まで卒業していないと、大貴族の夫人はこなせませんから。」

部屋に控えていたヤスミンは辛辣である。どうやらヤスミンは昔からマルシャローズが嫌いだったようだ。愚痴というか嫌味というか、みたいなことをよく言ってサーシャにたしなめられている。

「こらこら。この部屋の外ではそのようなことを言ってはいけないよ。」

神官長は苦笑しながらもヤスミンの言うことは否定しなかった。『賛成ってことね』とは同じく辛辣なフィフィの台詞だ。

「しかし、我々もその提案を受け入れようと思っているんだ。」

「「『え?』」」

クリス、ヤスミン、そしてフィフィが驚いた声をあげた。

「ど、どうしてですか?私は大聖女として不足だったのでしょうか…。」

「いえいえ!クリスローズ様は素晴らしい大聖女です!期待以上の働きをしてくださっていますよ。もう5年も。しかし…それよりも大事なことがあるのです。」

ヤスミンから漂う不快感が契約しているフィフィを通してクリスにも伝わってくる。

「大事なこと?」

「クリスローズ様、初めて結界を張った8歳のころから体調に異変があられるようですね?身長も年の割に低いし、体重も痩せすぎです。」

「え?」

クリスは自分の体を見下ろす。確かに長期休暇に帰ってくるヒューゴにもいつも「ちゃんと食べてるか?痩せすぎじゃないか?」ときかれていたが、そんなにも細く小さいのだろうか。確かに、聖女見習いとしてやってきた同い年の少女たちはみんなクリスよりも10cmは背が高かった。

「サーシャによれば、クリスローズ様は初めて”祈りの結界”を張られてから妙にお痩せになられたと。食事の量を増やしてもお痩せになられたままだと。
我々は、まだお小さいクリスローズ様の体に”祈りの結界”を張ることで何らかの影響が出ているのではないかと考えています。一方、マルシャローズ様はお子まで作られた立派な成人女性です。クリスローズ様が立派に成長されるまで、大聖女はお任せしましょう。」

「でも…。」

「クリス様、サーシャもそれがいいと思います。何よりも大事なのはクリス様のお体です。ずっとサーシャはクリス様のお体のことを心配していました。」

「サーシャ…。じゃあ、私は普通の聖女に戻るの?マルシャお姉さまの下で?」

クリスの脳裏には大聖女になる前の聖女暮らしが思い出された。あの頃はサーシャもヤスミンもいなかった。またあの小さな部屋で一人で生活することになるのだろうか。今はヒューゴもアリシラお姉さまからのお手紙もないのに。


「それについてはルロワ公爵様がいろいろと考えている様です。」

「お父様が?」

「ええ。とりあえず、クリスローズ様はマルシャローズ様の離縁が成立するまでに大聖女の部屋を引っ越す準備をしていてください。」


大変なことになってしまった、とクリスの胸中は不安でいっぱいだった。


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