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第3章 12歳の公爵令嬢
1 ガルシア公爵家にて
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「あー、もう、信じられない!!」
ここはガルシア公爵家。前任の大聖女であるマルシャローズが嫁いだオールディの武門の貴族家である。
マルシャローズが妊娠を武器に大聖女を引退し、ガルシア公爵家の次男だったリュカに嫁いで次期公爵夫人となり嫡男となる息子を産んだ。
それから四年弱が経過し、そろそろ次の子をと夫から求められているが、マルシャローズはその気になれなかった。
正直、出産を舐めていた。もう産みたくない。体型を元に戻すのも大変だった。子育てもマルシャローズにとっては楽しいものではなく、全て乳母に任せている。
リュカに子供はもうほしくない、と伝えるとずっとマルシャローズに従順だった彼が初めて不満そうな顔をした。
リュカは結婚と共に白騎士をやめてガルシア公爵家を継ぐための勉強を公爵当主の下で始めた。公爵家当主は元白騎士の騎士団長であったのだから、リュカも白騎士を続けて騎士団長になればいいとマルシャローズは思っていたが、難しい話だった様だ。
元々当主教育を受けていなかったリュカが公爵家当主となるには片手間の教育では不可能だとみなされたらしい。
「マルシャ…。でも君は公爵夫人の仕事も満足にできないだろう?貴族学園に通っていないのだから人脈もない。子供も作りたくないって…、僕は君をかばいきれないよ?」
これはリュカに言われた言葉だ。
そう、マルシャローズはずっとちやほやされ、顔色を窺われてきたので相手の顔色を窺うということができない。最初は、私のことは敬って当然、尽くされて当然、というようにふるまってきたが、大聖女ではなく三つある公爵家の一つの次期公爵夫人、となった今ではそれは当然ではなかった。
そして、マルシャローズにとっては蔑む対象であった妹たちと距離があいたことも、ストレスの発散方法がなくなったという意味で、面白くなかった。
同母の妹であるアリシラローズは遠い東方の島国に嫁入り目的で旅立った。あれから一度も帰ってきてはいない。
片道二か月以上かかるのだから当然なのだが、何度か出した手紙にも返事はなかった。
異母妹であるクリスローズはまもなく12歳となるが、今や大聖女。国で最も尊ばれる存在だ。
彼女の建国祭で披露した歌は国中に響き渡り、幼すぎる年齢への不安は最初の建国祭で消し飛んだ。その後、国民からの人気も高いという。
ああ、面白くない。
マルシャローズはちらりと手元にある手紙に目を向けた。
それはかつてそばに置いていた白騎士の一人からの現在の教会の情勢に関する報告だ。クリスローズは概ね評判がいい。しかし、クリスローズが大聖女になってから不遇を受けている存在が二つある。
一つは、白騎士団だ。マルシャローズのいじめの一環でクリスローズは黒騎士団で強化術の稽古をしていた。それは今も変わらず、足しげく黒騎士団に通っている様だ。
大聖女の護衛の白騎士の数も減らされ、特にもともとマルシャローズについていた騎士たちは日陰の配置に追いやられている。みんな揃って良い家の出で見目がいい男たちばかりだ。
花形の配置に戻れないことで、マルシャローズに帰ってきてほしいと手紙を出してきている。
もう一つは、教会侍女だ。クリスローズ付きの侍女は若い教会侍女と、侍女長が外部から雇い入れた年嵩の侍女の二人。大聖女付きと言えば、教会侍女に限らず、全ての侍女の憧れであり、良家の子女が拍を付けるために数年働いてから嫁に行く場合も多い。
そのあたりをクリスローズはわかっていないので、お気に入りの侍女二人しか手元に置いていない。まあ12歳でそんなことわかるはずがないのだが。
つまり、マルシャローズがどうにかして大聖女に復帰すれば喜ぶ人々が教会にはいるのだ。
マルシャローズは立ち上がり、大聖女の宝石目で窓から庭を見る。そこにはもやもやとした光のようなものがところどころに漂っている。いわゆる、精霊だ。
初めて教会でクリスローズに会ったとき、うっとうしいほどのもやを引き連れていたのは嫌な思い出として記憶に新しい。
もう6年近く前のことなのだが。
まあ、何が言いたいかというと、マルシャローズの宝石目は健在である。大聖女に必要な宝石目である。
結界の不出来を責められるのが辛いと勝手にやめた大聖女だが、四年近くただの貴族婦人として過ごしてきて、いかに大聖女が敬われる自分にふさわしい職であったのかを理解した。
戻って大聖女としてやり直そう。
マルシャローズはこれからのことを考えてにんまりとした。
遠くで子供の泣き声がしたが、マルシャローズにとっては些細なことだった。
ここはガルシア公爵家。前任の大聖女であるマルシャローズが嫁いだオールディの武門の貴族家である。
マルシャローズが妊娠を武器に大聖女を引退し、ガルシア公爵家の次男だったリュカに嫁いで次期公爵夫人となり嫡男となる息子を産んだ。
それから四年弱が経過し、そろそろ次の子をと夫から求められているが、マルシャローズはその気になれなかった。
正直、出産を舐めていた。もう産みたくない。体型を元に戻すのも大変だった。子育てもマルシャローズにとっては楽しいものではなく、全て乳母に任せている。
リュカに子供はもうほしくない、と伝えるとずっとマルシャローズに従順だった彼が初めて不満そうな顔をした。
リュカは結婚と共に白騎士をやめてガルシア公爵家を継ぐための勉強を公爵当主の下で始めた。公爵家当主は元白騎士の騎士団長であったのだから、リュカも白騎士を続けて騎士団長になればいいとマルシャローズは思っていたが、難しい話だった様だ。
元々当主教育を受けていなかったリュカが公爵家当主となるには片手間の教育では不可能だとみなされたらしい。
「マルシャ…。でも君は公爵夫人の仕事も満足にできないだろう?貴族学園に通っていないのだから人脈もない。子供も作りたくないって…、僕は君をかばいきれないよ?」
これはリュカに言われた言葉だ。
そう、マルシャローズはずっとちやほやされ、顔色を窺われてきたので相手の顔色を窺うということができない。最初は、私のことは敬って当然、尽くされて当然、というようにふるまってきたが、大聖女ではなく三つある公爵家の一つの次期公爵夫人、となった今ではそれは当然ではなかった。
そして、マルシャローズにとっては蔑む対象であった妹たちと距離があいたことも、ストレスの発散方法がなくなったという意味で、面白くなかった。
同母の妹であるアリシラローズは遠い東方の島国に嫁入り目的で旅立った。あれから一度も帰ってきてはいない。
片道二か月以上かかるのだから当然なのだが、何度か出した手紙にも返事はなかった。
異母妹であるクリスローズはまもなく12歳となるが、今や大聖女。国で最も尊ばれる存在だ。
彼女の建国祭で披露した歌は国中に響き渡り、幼すぎる年齢への不安は最初の建国祭で消し飛んだ。その後、国民からの人気も高いという。
ああ、面白くない。
マルシャローズはちらりと手元にある手紙に目を向けた。
それはかつてそばに置いていた白騎士の一人からの現在の教会の情勢に関する報告だ。クリスローズは概ね評判がいい。しかし、クリスローズが大聖女になってから不遇を受けている存在が二つある。
一つは、白騎士団だ。マルシャローズのいじめの一環でクリスローズは黒騎士団で強化術の稽古をしていた。それは今も変わらず、足しげく黒騎士団に通っている様だ。
大聖女の護衛の白騎士の数も減らされ、特にもともとマルシャローズについていた騎士たちは日陰の配置に追いやられている。みんな揃って良い家の出で見目がいい男たちばかりだ。
花形の配置に戻れないことで、マルシャローズに帰ってきてほしいと手紙を出してきている。
もう一つは、教会侍女だ。クリスローズ付きの侍女は若い教会侍女と、侍女長が外部から雇い入れた年嵩の侍女の二人。大聖女付きと言えば、教会侍女に限らず、全ての侍女の憧れであり、良家の子女が拍を付けるために数年働いてから嫁に行く場合も多い。
そのあたりをクリスローズはわかっていないので、お気に入りの侍女二人しか手元に置いていない。まあ12歳でそんなことわかるはずがないのだが。
つまり、マルシャローズがどうにかして大聖女に復帰すれば喜ぶ人々が教会にはいるのだ。
マルシャローズは立ち上がり、大聖女の宝石目で窓から庭を見る。そこにはもやもやとした光のようなものがところどころに漂っている。いわゆる、精霊だ。
初めて教会でクリスローズに会ったとき、うっとうしいほどのもやを引き連れていたのは嫌な思い出として記憶に新しい。
もう6年近く前のことなのだが。
まあ、何が言いたいかというと、マルシャローズの宝石目は健在である。大聖女に必要な宝石目である。
結界の不出来を責められるのが辛いと勝手にやめた大聖女だが、四年近くただの貴族婦人として過ごしてきて、いかに大聖女が敬われる自分にふさわしい職であったのかを理解した。
戻って大聖女としてやり直そう。
マルシャローズはこれからのことを考えてにんまりとした。
遠くで子供の泣き声がしたが、マルシャローズにとっては些細なことだった。
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