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第五章 Side A
3 エリーと異国の兵
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春が来る。つまりはポートレット帝国の今年の侵攻がまもなく始まろうとしている。実際に同盟国であるヒューゲンのスパイが、ポートレット帝国が進軍の準備を開始していると連絡してくれた。
この日、ヒューゲン海軍からの使者がアーチボルト領の海軍基地にやってきていた。
「アーチボルト大将、お目にかかれて光栄です。」
ブルテン語で流ちょうに挨拶をするのはヒューゲンのザイフリート伯爵家の長男で次期大将であるガブリエル・ザイフリートである。年齢はエリーの兄であるフレデリックと同年代だ。
「今回は大将の代わりに息子である私、ガブリエル・ザイフリートが参りました。」
ガブリエルは背は高くはないが体つきのいい青年で、アッシュブロンドの髪は短く切り詰められて整えられていた。貴族らしく、品のある様子だった。
「ザイフリート中将、よく来てくださいました。ともにポートレット帝国と戦いましょう。」
フレデリックは流ちょうなヒューゲン語を披露し、二人は固い握手を交わした。
その場にはもう一人、浅黒い肌にこげ茶色の髪をした30代半ばの青年がいた。その雰囲気は王太子妃のエスメラルダを思い起こさせる。
「こちらはエスパル海軍のオラシオ・グラナドス大将です。」
「初めまして。」
彼も侯爵家の出身であり、嗜みとしてヒューゲンとブルテンの言語を話すことができる。この三人の意思疎通には全く問題がない。
しかし、問題は…。
「言語の問題ですね。」
エスパルとヒューゲンからの援軍はなるべくブルテン語を話せる者たちを上官として構成されているが、大半の一般兵がブルテン語を理解できない。異国語を学ぶのは貴族や商人だけである。
戦場では何があるかわからない。急な人員の移動時など、言語の壁があっては作戦が上手くいかない。
昨年はエスパルからの軍勢は後方支援や独立した作戦に回っていたため、言語の問題は生じていなかったが、今年は増強した戦力だからこそできる作戦を展開したい。
そういう意味ではエスパル語とヒューゲン語を理解できるエリーが軍略部隊長であるエバンズ少将の伝令につくのは理にかなっている。
「やはり、人員配置は今年もネックですね。」
「もう一点、ヒューゲンの海軍に関して注意していただきたいことがあります。」
ザイフリート中将は軽く手を挙げて発言した。視線は後ろに控えていたエリーをとらえている。
「なんでしょう?」
「ヒューゲン海軍には女性兵はいません。むしろ船に女を乗せるなんてありえない、という考えがあります。ブルテンおおびエスパルに女性兵がいることは周知しているのですが、不快な対応を取ってしまうかもしれません。」
「…なるほど。なるべく同じ環境に配属されないようにしましょう。ブルテンではヒューゲン語を理解できる女性へは私の妹のアーチボルト二等のみです。彼女はエスパル語も話せるので目撃する機会を減らすことは難しいですが。」
フレデリックは後ろにいたエリーを振り返る。
「一応紹介しておきます。妹のエリザベス・アーチボルトです。」
エリーは海軍式の敬礼をして二人にあいさつをする。
「今年は彼女も戦場に出ます。必要であるならば周知をお願いします。」
「了解しました。」
「ついにアーチボルトの隠し刀が外に出るわけですね。」
グラナドス大将は女性に対して好意的だ。エリーも何度か話をしている。ザイフリート中将は怪訝そうな顔でエリーを見ていたので、この人自身にも女性が海に出ることに抵抗があるのだろう。
三人の会談が終わった後は上官たちを集めての作戦会議だ。エリーもエバンズ少将の通訳を兼ねてその場に同席した。エバンズ少将は商人の家の生まれであるが、異国語を習得するのが嫌で商人の道を諦めたという黒歴史がある。つまり、異国語を話せないのだ。
会議自体はブルテン語で進行するが、一部重要な論点はヒューゲン語やエスパル語でも話される。それらの言語で質問を受ける場合も想定し、通訳を用意したわけだ。
ちなみにエスパルにも同様に通訳と思われる女性がいた。彼女も軍服を着ていたので軍人なのだろう。ヒューゲンの上官たちはやや困惑した顔でエリーやその女性を見ていた。
会議ではポートレット帝国を迎え撃つ際の布陣が共有され、海戦中の伝達手法を話し合った。
「ヒューゲンでは複数の船が展開する作戦では通信の魔道具を用いています。」
「通信の魔道具、ですか。」
ザイフリート少将は穴の開いたドーム状の道具を二つ出してきた。
「これは、隣国の魔法国家ルクレツェンから買い取ったものです。」
「ヒューゲンはルクレツェンと国交があるのですか?」
「いいえ。しかし、行商は行き来をしていまして、このような魔道具がヒューゲンに持ち込まれることがあります。ルクレツェンはよくオールディーと衝突していますが、ヒューゲンに対しては割と友好的です。
高値で魔道具を買い取ってくれるからなのではないかと思っていますが。」
ザイフリート少将が片方の魔道具に声を吹き込んでみせるともう一つの魔道具からは全く同じ声が30秒程度で再生された。
「こちらの魔道具を使えば伝達を暗号化する必要はありません。ヒューゲンの船には完備してありますし、余分に50程持ってきましたので、ブルテンとエスパルの船に上手く配備すれば迅速に連絡を取れます。」
フレデリックは考え込む様子でエバンズ少将を見た。
「こちらは、何か制約があるのでしょうか。例えば回数制限など。」
「ここにある”魔石”という意思が輝き続ける限り使用が可能です。」
ザイフリート少将はエバンズ少将の疑問に答え、ドームの側面についた赤い石を示した。
「短くとも五年間は使用が可能です。今回余分に用意したのは新品なので今年一年は問題ないでしょう。」
便利だ。これは今年の侵攻が終わった後に高く売りつけられるのでは。
エバンズ少将が頷いたのを確認して、フレデリックは導入を決めた。エスパルのグラナドス大将も興味津々という様子で賛成し、使用方法を学んだあとでその場はお開きとなった。
軍略部隊では三国間で用いる伝達方法を用意していたが出番はなさそうだ。
そして、その二週間後にポートレット帝国の軍が昨年の倍の数で港を出たことが知らされた。
この日、ヒューゲン海軍からの使者がアーチボルト領の海軍基地にやってきていた。
「アーチボルト大将、お目にかかれて光栄です。」
ブルテン語で流ちょうに挨拶をするのはヒューゲンのザイフリート伯爵家の長男で次期大将であるガブリエル・ザイフリートである。年齢はエリーの兄であるフレデリックと同年代だ。
「今回は大将の代わりに息子である私、ガブリエル・ザイフリートが参りました。」
ガブリエルは背は高くはないが体つきのいい青年で、アッシュブロンドの髪は短く切り詰められて整えられていた。貴族らしく、品のある様子だった。
「ザイフリート中将、よく来てくださいました。ともにポートレット帝国と戦いましょう。」
フレデリックは流ちょうなヒューゲン語を披露し、二人は固い握手を交わした。
その場にはもう一人、浅黒い肌にこげ茶色の髪をした30代半ばの青年がいた。その雰囲気は王太子妃のエスメラルダを思い起こさせる。
「こちらはエスパル海軍のオラシオ・グラナドス大将です。」
「初めまして。」
彼も侯爵家の出身であり、嗜みとしてヒューゲンとブルテンの言語を話すことができる。この三人の意思疎通には全く問題がない。
しかし、問題は…。
「言語の問題ですね。」
エスパルとヒューゲンからの援軍はなるべくブルテン語を話せる者たちを上官として構成されているが、大半の一般兵がブルテン語を理解できない。異国語を学ぶのは貴族や商人だけである。
戦場では何があるかわからない。急な人員の移動時など、言語の壁があっては作戦が上手くいかない。
昨年はエスパルからの軍勢は後方支援や独立した作戦に回っていたため、言語の問題は生じていなかったが、今年は増強した戦力だからこそできる作戦を展開したい。
そういう意味ではエスパル語とヒューゲン語を理解できるエリーが軍略部隊長であるエバンズ少将の伝令につくのは理にかなっている。
「やはり、人員配置は今年もネックですね。」
「もう一点、ヒューゲンの海軍に関して注意していただきたいことがあります。」
ザイフリート中将は軽く手を挙げて発言した。視線は後ろに控えていたエリーをとらえている。
「なんでしょう?」
「ヒューゲン海軍には女性兵はいません。むしろ船に女を乗せるなんてありえない、という考えがあります。ブルテンおおびエスパルに女性兵がいることは周知しているのですが、不快な対応を取ってしまうかもしれません。」
「…なるほど。なるべく同じ環境に配属されないようにしましょう。ブルテンではヒューゲン語を理解できる女性へは私の妹のアーチボルト二等のみです。彼女はエスパル語も話せるので目撃する機会を減らすことは難しいですが。」
フレデリックは後ろにいたエリーを振り返る。
「一応紹介しておきます。妹のエリザベス・アーチボルトです。」
エリーは海軍式の敬礼をして二人にあいさつをする。
「今年は彼女も戦場に出ます。必要であるならば周知をお願いします。」
「了解しました。」
「ついにアーチボルトの隠し刀が外に出るわけですね。」
グラナドス大将は女性に対して好意的だ。エリーも何度か話をしている。ザイフリート中将は怪訝そうな顔でエリーを見ていたので、この人自身にも女性が海に出ることに抵抗があるのだろう。
三人の会談が終わった後は上官たちを集めての作戦会議だ。エリーもエバンズ少将の通訳を兼ねてその場に同席した。エバンズ少将は商人の家の生まれであるが、異国語を習得するのが嫌で商人の道を諦めたという黒歴史がある。つまり、異国語を話せないのだ。
会議自体はブルテン語で進行するが、一部重要な論点はヒューゲン語やエスパル語でも話される。それらの言語で質問を受ける場合も想定し、通訳を用意したわけだ。
ちなみにエスパルにも同様に通訳と思われる女性がいた。彼女も軍服を着ていたので軍人なのだろう。ヒューゲンの上官たちはやや困惑した顔でエリーやその女性を見ていた。
会議ではポートレット帝国を迎え撃つ際の布陣が共有され、海戦中の伝達手法を話し合った。
「ヒューゲンでは複数の船が展開する作戦では通信の魔道具を用いています。」
「通信の魔道具、ですか。」
ザイフリート少将は穴の開いたドーム状の道具を二つ出してきた。
「これは、隣国の魔法国家ルクレツェンから買い取ったものです。」
「ヒューゲンはルクレツェンと国交があるのですか?」
「いいえ。しかし、行商は行き来をしていまして、このような魔道具がヒューゲンに持ち込まれることがあります。ルクレツェンはよくオールディーと衝突していますが、ヒューゲンに対しては割と友好的です。
高値で魔道具を買い取ってくれるからなのではないかと思っていますが。」
ザイフリート少将が片方の魔道具に声を吹き込んでみせるともう一つの魔道具からは全く同じ声が30秒程度で再生された。
「こちらの魔道具を使えば伝達を暗号化する必要はありません。ヒューゲンの船には完備してありますし、余分に50程持ってきましたので、ブルテンとエスパルの船に上手く配備すれば迅速に連絡を取れます。」
フレデリックは考え込む様子でエバンズ少将を見た。
「こちらは、何か制約があるのでしょうか。例えば回数制限など。」
「ここにある”魔石”という意思が輝き続ける限り使用が可能です。」
ザイフリート少将はエバンズ少将の疑問に答え、ドームの側面についた赤い石を示した。
「短くとも五年間は使用が可能です。今回余分に用意したのは新品なので今年一年は問題ないでしょう。」
便利だ。これは今年の侵攻が終わった後に高く売りつけられるのでは。
エバンズ少将が頷いたのを確認して、フレデリックは導入を決めた。エスパルのグラナドス大将も興味津々という様子で賛成し、使用方法を学んだあとでその場はお開きとなった。
軍略部隊では三国間で用いる伝達方法を用意していたが出番はなさそうだ。
そして、その二週間後にポートレット帝国の軍が昨年の倍の数で港を出たことが知らされた。
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