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最終章
12話——追憶『真っ白な獣族』
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「ちあき。我の側を離れるなよ」
「お、おぉ…」
「お前が捕まったら魔王が完全復活すると思え!」
「冗談キツいぞ……」
ちあきは此方を取り囲む魔族へ改めて視線を移した。
獣型で頭部に角を持ち真っ赤な目が三つ、此方をぎょろりと睨みつけている。
オーネウルフだ。
体長は二メートル程。レーヴェよりはずっと小さいが、ちあきからすれば充分化け物である。
何が厄介かと言えば、集団でコロニーを築き群れで狩りをする種であることだ。
狩りとくれば勿論狙われるのは弱者である。
唸り声をあげ、口から鋭い牙と大量の涎を垂らした五、六匹程の魔獣達の視線が全てちあきに釘付けだ。
姿が見えないだけで、近くには他にも隠れているかもしれない。
そんな魔獣達の視線を一人占めしながら、ちあきはレーヴェの隣で体を強張らせていた。
魔族と対峙したのは此処へ来て初めてである。
こんなにも分かりやすくはっきりと明確な殺意を向けられたのも初めてだ。
喧嘩とは全く違う『死』の匂いに、気づけば膝が震えている。
レーヴェやシャルナンドに護身術や剣の扱いは教わっているが、そんな付け焼き刃が通用する相手では無い事は明白である。
取り敢えず自分の能力『錬金』で作り出した護身用の短剣を構えておく。元々魔力を帯びている鉱石を材料にしている為、ちあきのような剣のど素人でも魔族相手に傷を負わせられる代物だ。
当たればの話だが。
「アヴィ! 周囲を探れ! 他にもいたら面倒だ!」
シャルナンドが自身の契約した火の精霊に命じる。赤い精霊がシャルナンドの元を離れ急上昇していく。
一瞬たりとも目を離さず、オーネウルフ達の包囲網が徐々に狭められていく。
隙の無い統率された動きに、ちあきの鼓動と緊張が益々激しく大きくなっていった。
と、その時、此処から少し離れた場所で別の獣の断末魔が響き渡った。
その叫び声に一瞬気を取られたオーネウルフ達へ、シャルナンドの精霊達の魔法攻撃が炸裂する。風と土の精霊の合技が轟音と爆風と共に叩き込まれたのである。
粉塵が収まり視界が落ち着くと、全部で五体のオーネウルフが横たわっていた。
完全に沈黙したのを確認すると、シャルナンドがレーヴェへ視線を向けた。
「レーヴェ、さっきのって…」
「うむ。此奴らの仲間やもしれぬ」
群れで行動する魔獣に別働隊がいてもおかしくはない。それが隙の無かった群れに動揺を生んだのだとすれば、新手かもしれない。
警戒しておくに越した事はないと、シャルナンドが崩壊を始めたオーネウルフへ青い顔を向けているちあきに声を掛けようとした時だった。
彼女の側の茂みが揺れ、深手を負ったオーネウルフが飛び出して来た。
「「!!?」」
二人が気付いた時には魔獣の牙がちあきの眼前へ迫っている。
あー、終わったな
何故かスローモーションで迫り来る牙を眺めながらちあきが死を悟った時、視界の隅に白い影が映り込んだ。
「…はれ? ………??」
はっと意識が追い付いた時、ドサッと言う鈍い音と共に頭と胴が切り離されたオーネウルフが地面へ転がった。
「大丈夫か?」
頭の上から降ってくる声に恐る恐る視線を上げる。
「………」
ちあきの目に映ったのは、白い印象を受ける優男だ。肌も髪も、頭の上に見える飾りのような三角耳も白い。唯一つ瞳だけは宝石の様なエメラルドグリーンだ。
何が起こったのか分からないまま、彼の腕に抱かれている事にも気付かず、呆けた顔で美しい真っ白な毛並みの人間のような獣を見つめた。
「ちあき!!」
「無事か!?」
シャルナンドとレーヴェが駆け寄ってくる。
真っ白な彼がちあきの体を地面へ下ろすと、彼女の視線が今度は彼のお尻ら辺に釘付けになった。
「旅の、助かった」
「あんたがいなかったらコイツ死んでた」
「いや。たまたま近くを通ったので」
真っ白な彼が再びちあきへ視線を移し固まった。シャルナンドとレーヴェには彼が若干引いている様に見受けられた。
真っ白なふさふさもふもふの尻尾を前に、ちあきが瞳を輝かせ涎を垂らしていたせいである。
「………」
「…大丈夫か?」
次の瞬間、尻尾へダイブするように抱き着いてしまった。
「ちょっ! なっ!!」
「んふーー。ナニコレ!! さいっっっこう!!」
頬擦りしながら人のお尻で勝手にモフモフ。
されている本人は困惑している。
「この御仁は頭でも打ったのか?」
戸惑う彼にシャルナンドが溜め息を吐きながら肩をすくめている。
「いや。これが通常だ」
「……すまぬな」
レーヴェはもはや遠い目をしている。
そんなレーヴェの姿を、正気を取り戻した白い彼がまじまじと見つめた。
「もしや、あなたは四聖獣か? 何故…」
その視線を受け止め、レーヴェも彼を見据えている。
「そう言うおぬしは獣族か? 犬か」
「ああ。レイノルドだ」
「もしかしてさっきの…」
シャルナンドが言わんとしている事が分かったのか、レイノルドが頷いた。
「少し先の高台にいたオーネウルフは仕留めた。奴等はリーダーが離れた場所から仲間に指示を出すんだ」
「ほぅ」
「詳しいんだな」
「何度か討伐した事がある。君は…」
「オレはシャルナンド。そっちのアホはちあきだ」
「誰がアホじゃボケぇ!!」
しっかりツッコむと再び勝手にモフモフしている。
戸惑うレイノルドに、シャルナンドが諦めてくれと言わんばかりにゆるゆると首を振った。
「おぬしは何故此処に?」
場所を拠点にしている家へと移し、レーヴェが改めてレイノルドへ疑問を向ける。
「村の長が女神の啓示を受けた。勇者が誕生したから共に魔王を討てと」
「それで探して旅を」
レーヴェに頷くと、レイノルドがシャルナンドへ向き直る。
「その魔力量、色の違う四人の精霊。貴殿が勇者殿で間違いないか?」
レイノルドに問われ、シャルナンドが女神より託された聖剣を見せた。
「そうだ。魔王を倒すという責をおった」
「なるほど」と呟き、今度は自分の背後へ視線を向ける。そこにはレイノルドの尻尾を抱き枕にして眠るちあきの姿がある。
「して、此方の女性は?」
未だ困惑した様子のレイノルドへ、レーヴェが説明を施す。
「成る程、黒の巫女か…。…その、人族…でいいんだよな?」
「そうだけど、何故そんなこと」
不思議そうな顔をするシャルナンドへ、レイノルドが重い口を開いた。
「いや、人間は…女性は特に、オレの様な獣族を怖がるものだ。……だからその……非常に戸惑う、というか……」
語尾が小さくなっていくレイノルドに、シャルナンドとレーヴェが顔を見合わせて笑った。
「ちあきは異世界人ゆえ、こちらの世界の当たり前が欠如しておるのだ」
「初めて会った時だって、何の躊躇も無く近付いて来て、こっちが面食らったくらいだし」
「精霊達が怯えておったな」
「そうそう。呆気に取られて攻撃するタイミングを逃したらしい。まぁとにかく変な奴なんだ」
「そう、なのか…?」
「そういう奴なのだ。おぬしも気にせず接するが良い」
そこまで話し、レーヴェは改めてすやすや眠るちあきを見つめた。
今なら女神が彼女を送って寄越した理由が分かった気がしたのだ。
レイノルドがフッと表情を崩す。
「分かった。…オレは此処に居てもいいだろうか?」
「その為に来たんだろ?」
「そうだが…」
「ちあきだって突然来て勝手に居着いたんだ。一人増えようが変わんないよ」
シャルナンドも表情を崩すとニカッと笑う。その笑顔にレイノルドの肩の力が抜けていく。
「そうか」
「あ! その代わり食事は期待するなよ? オレは大抵の物は焼けば食えるけど、ちあきなんて論外。「飯はコンビニで買うもんだ」なんて言ってたからな! なんの事かさっぱりだ」
余程なのか、さっきの笑顔とは対照的な表情に、レイノルドはクスクスと喉を鳴らした。
「ではオレがやろう。最低限だがな」
「あぁ。助かるよ。よろしくな」
シャルナンドが右手を差し出す。
「こちらこそ」
その手をレイノルドが握り締める。
心強い仲間が加わったところだったのだが、そのきっかけをつくった張本人は、人の尻尾を枕にして呑気に眠りこけているのであった。
「お、おぉ…」
「お前が捕まったら魔王が完全復活すると思え!」
「冗談キツいぞ……」
ちあきは此方を取り囲む魔族へ改めて視線を移した。
獣型で頭部に角を持ち真っ赤な目が三つ、此方をぎょろりと睨みつけている。
オーネウルフだ。
体長は二メートル程。レーヴェよりはずっと小さいが、ちあきからすれば充分化け物である。
何が厄介かと言えば、集団でコロニーを築き群れで狩りをする種であることだ。
狩りとくれば勿論狙われるのは弱者である。
唸り声をあげ、口から鋭い牙と大量の涎を垂らした五、六匹程の魔獣達の視線が全てちあきに釘付けだ。
姿が見えないだけで、近くには他にも隠れているかもしれない。
そんな魔獣達の視線を一人占めしながら、ちあきはレーヴェの隣で体を強張らせていた。
魔族と対峙したのは此処へ来て初めてである。
こんなにも分かりやすくはっきりと明確な殺意を向けられたのも初めてだ。
喧嘩とは全く違う『死』の匂いに、気づけば膝が震えている。
レーヴェやシャルナンドに護身術や剣の扱いは教わっているが、そんな付け焼き刃が通用する相手では無い事は明白である。
取り敢えず自分の能力『錬金』で作り出した護身用の短剣を構えておく。元々魔力を帯びている鉱石を材料にしている為、ちあきのような剣のど素人でも魔族相手に傷を負わせられる代物だ。
当たればの話だが。
「アヴィ! 周囲を探れ! 他にもいたら面倒だ!」
シャルナンドが自身の契約した火の精霊に命じる。赤い精霊がシャルナンドの元を離れ急上昇していく。
一瞬たりとも目を離さず、オーネウルフ達の包囲網が徐々に狭められていく。
隙の無い統率された動きに、ちあきの鼓動と緊張が益々激しく大きくなっていった。
と、その時、此処から少し離れた場所で別の獣の断末魔が響き渡った。
その叫び声に一瞬気を取られたオーネウルフ達へ、シャルナンドの精霊達の魔法攻撃が炸裂する。風と土の精霊の合技が轟音と爆風と共に叩き込まれたのである。
粉塵が収まり視界が落ち着くと、全部で五体のオーネウルフが横たわっていた。
完全に沈黙したのを確認すると、シャルナンドがレーヴェへ視線を向けた。
「レーヴェ、さっきのって…」
「うむ。此奴らの仲間やもしれぬ」
群れで行動する魔獣に別働隊がいてもおかしくはない。それが隙の無かった群れに動揺を生んだのだとすれば、新手かもしれない。
警戒しておくに越した事はないと、シャルナンドが崩壊を始めたオーネウルフへ青い顔を向けているちあきに声を掛けようとした時だった。
彼女の側の茂みが揺れ、深手を負ったオーネウルフが飛び出して来た。
「「!!?」」
二人が気付いた時には魔獣の牙がちあきの眼前へ迫っている。
あー、終わったな
何故かスローモーションで迫り来る牙を眺めながらちあきが死を悟った時、視界の隅に白い影が映り込んだ。
「…はれ? ………??」
はっと意識が追い付いた時、ドサッと言う鈍い音と共に頭と胴が切り離されたオーネウルフが地面へ転がった。
「大丈夫か?」
頭の上から降ってくる声に恐る恐る視線を上げる。
「………」
ちあきの目に映ったのは、白い印象を受ける優男だ。肌も髪も、頭の上に見える飾りのような三角耳も白い。唯一つ瞳だけは宝石の様なエメラルドグリーンだ。
何が起こったのか分からないまま、彼の腕に抱かれている事にも気付かず、呆けた顔で美しい真っ白な毛並みの人間のような獣を見つめた。
「ちあき!!」
「無事か!?」
シャルナンドとレーヴェが駆け寄ってくる。
真っ白な彼がちあきの体を地面へ下ろすと、彼女の視線が今度は彼のお尻ら辺に釘付けになった。
「旅の、助かった」
「あんたがいなかったらコイツ死んでた」
「いや。たまたま近くを通ったので」
真っ白な彼が再びちあきへ視線を移し固まった。シャルナンドとレーヴェには彼が若干引いている様に見受けられた。
真っ白なふさふさもふもふの尻尾を前に、ちあきが瞳を輝かせ涎を垂らしていたせいである。
「………」
「…大丈夫か?」
次の瞬間、尻尾へダイブするように抱き着いてしまった。
「ちょっ! なっ!!」
「んふーー。ナニコレ!! さいっっっこう!!」
頬擦りしながら人のお尻で勝手にモフモフ。
されている本人は困惑している。
「この御仁は頭でも打ったのか?」
戸惑う彼にシャルナンドが溜め息を吐きながら肩をすくめている。
「いや。これが通常だ」
「……すまぬな」
レーヴェはもはや遠い目をしている。
そんなレーヴェの姿を、正気を取り戻した白い彼がまじまじと見つめた。
「もしや、あなたは四聖獣か? 何故…」
その視線を受け止め、レーヴェも彼を見据えている。
「そう言うおぬしは獣族か? 犬か」
「ああ。レイノルドだ」
「もしかしてさっきの…」
シャルナンドが言わんとしている事が分かったのか、レイノルドが頷いた。
「少し先の高台にいたオーネウルフは仕留めた。奴等はリーダーが離れた場所から仲間に指示を出すんだ」
「ほぅ」
「詳しいんだな」
「何度か討伐した事がある。君は…」
「オレはシャルナンド。そっちのアホはちあきだ」
「誰がアホじゃボケぇ!!」
しっかりツッコむと再び勝手にモフモフしている。
戸惑うレイノルドに、シャルナンドが諦めてくれと言わんばかりにゆるゆると首を振った。
「おぬしは何故此処に?」
場所を拠点にしている家へと移し、レーヴェが改めてレイノルドへ疑問を向ける。
「村の長が女神の啓示を受けた。勇者が誕生したから共に魔王を討てと」
「それで探して旅を」
レーヴェに頷くと、レイノルドがシャルナンドへ向き直る。
「その魔力量、色の違う四人の精霊。貴殿が勇者殿で間違いないか?」
レイノルドに問われ、シャルナンドが女神より託された聖剣を見せた。
「そうだ。魔王を倒すという責をおった」
「なるほど」と呟き、今度は自分の背後へ視線を向ける。そこにはレイノルドの尻尾を抱き枕にして眠るちあきの姿がある。
「して、此方の女性は?」
未だ困惑した様子のレイノルドへ、レーヴェが説明を施す。
「成る程、黒の巫女か…。…その、人族…でいいんだよな?」
「そうだけど、何故そんなこと」
不思議そうな顔をするシャルナンドへ、レイノルドが重い口を開いた。
「いや、人間は…女性は特に、オレの様な獣族を怖がるものだ。……だからその……非常に戸惑う、というか……」
語尾が小さくなっていくレイノルドに、シャルナンドとレーヴェが顔を見合わせて笑った。
「ちあきは異世界人ゆえ、こちらの世界の当たり前が欠如しておるのだ」
「初めて会った時だって、何の躊躇も無く近付いて来て、こっちが面食らったくらいだし」
「精霊達が怯えておったな」
「そうそう。呆気に取られて攻撃するタイミングを逃したらしい。まぁとにかく変な奴なんだ」
「そう、なのか…?」
「そういう奴なのだ。おぬしも気にせず接するが良い」
そこまで話し、レーヴェは改めてすやすや眠るちあきを見つめた。
今なら女神が彼女を送って寄越した理由が分かった気がしたのだ。
レイノルドがフッと表情を崩す。
「分かった。…オレは此処に居てもいいだろうか?」
「その為に来たんだろ?」
「そうだが…」
「ちあきだって突然来て勝手に居着いたんだ。一人増えようが変わんないよ」
シャルナンドも表情を崩すとニカッと笑う。その笑顔にレイノルドの肩の力が抜けていく。
「そうか」
「あ! その代わり食事は期待するなよ? オレは大抵の物は焼けば食えるけど、ちあきなんて論外。「飯はコンビニで買うもんだ」なんて言ってたからな! なんの事かさっぱりだ」
余程なのか、さっきの笑顔とは対照的な表情に、レイノルドはクスクスと喉を鳴らした。
「ではオレがやろう。最低限だがな」
「あぁ。助かるよ。よろしくな」
シャルナンドが右手を差し出す。
「こちらこそ」
その手をレイノルドが握り締める。
心強い仲間が加わったところだったのだが、そのきっかけをつくった張本人は、人の尻尾を枕にして呑気に眠りこけているのであった。
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