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第3章
24話—6人目の覚醒者
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「この地には私の家族が眠っているのです」
「ご家族が…。そうでしたか」
プラーミァは持ってきたカップへ口を付けると、太陽に代わって此方を照らす月を眺めた。
プラーミァたち家族が魔物の襲撃にあったのは、今から十年程前の話だ。
ここ、シムラクルムを拠点に行商を営む父と母について色んな街を巡るのは、決して楽では無かったがそれなりに楽しかった。
十歳のプラーミァには既に精霊が付いていて、何人かいたうちのひとりを、いつからか『アレーナ』と呼んでいた。
それがいけない事なのだと後から知り、父と母には精霊が見える事も魔力持ちである事も隠していたのだ。
なのに、それが原因で襲われた。
他の街から此処へ帰ってくる途中、少数だったが、魔物の群れに襲われたのだ。
両親はプラーミァを守ろうとして重症を負った。その時はまだ生きていた。僅かだが息があったのだ。
だからその時に助けが来てくれていたら、ふたりはもしかしたら今も生きていたかもしれない。
プラーミァを守ってくれたのは、精霊のアレーナだった。
横たわる両親とプラーミァを囲む様に結界を張り、魔物の猛攻から守ってくれたのだ。
奴等がようやく諦めて帰って行った時には、父と母は既に事切れていた。
何も出来なかった。
アレーナが結界を維持している間も、足元で横たわる両親から血が流れ出し、体がどんどん冷たくなっていくのを泣きながら見ている事しか出来なかったのだ。
騎士団がやって来たのは、両親が亡くなってから三日後。
呆然と立ちすくむ中、両親が埋葬された。
ひとりぼっちになったプラーミァが、教会に付属する孤児院に引き取られ、そこのガキ大将を半殺しにして院を飛び出したのが、それから五日後のことだった。
「それからはひとりで生きてきたわ。この子達を含めたら四人でだけど」
アレーナと共にプラーミァの側にいてくれたふたりの精霊にも名を付け、更に力を手に入れた。
守りに徹したものだが、構わない。
父と母が眠るこの地を荒らされなければそれでいい。
他の事に興味など無い。勝手にすればいい。
「私は…両親に何もしてあげられなかった。だからせめてふたりが眠るこの地だけは、私の手で守ると誓ったのよ」
「さぞかしご苦労された事でしょう」
「そうね…大変だった。貴方に…誰にも分かる筈ないわ」
女がひとりで生きていく大変さなんて、誰にも分かる筈が無い。
今日を生ききる事を考えた生活など、この騎士様には想像すら出来ないだろう。
王都で、大きなお屋敷で、沢山の召し使いに囲まれて暮らしているような人間に、私の苦しさなんて分かる筈無い。
「しかし元凶を絶たねば、いつかこの地にも魔の手が及びます」
「守ってみせるわ」
「ひとりではいずれ限界が訪れます。現に街中へ侵入を許した事例が発生している」
「!……っ」
「奴等は力を増しています。知力も。近いうちに限界が来る。それを、貴女も分かっている筈です」
腹立たしい。
何奴も此奴も。口だけで何もしなかったくせに。
誰も、助けてくれなかったくせに!!
拳をぎゅっと握り締めた時、突如プラーミァの体が発光した。
ドンッと地面が突き上げるように振動すると、彼女の周りを包むように足元から頭へ向かって魔力の揺らぎが立ち昇ったのだ。
カップが岩にぶつかりながら転げ落ちていった。
今までに経験した事のない膨大な量の魔力が、自分の中から湧き出している。
本能的にこのままではマズイと分かる。
此れを抑えなければ、自分の体がもたないかもしれない。
しかしそれに構わず、側で此方を見上げるルーベルを見据えた。
ルーベルもまた異変を感じたが、プラーミァを取り巻く魔力の揺らぎを目視する事が出来ずにいた。
ただ、彼女から発せられる威圧が、今までと比べ物にならない程高まっており、それによっておそらく覚醒したのだろうと推測したのだ。
「覚醒したようですね。その魔力を体に留めてください」
「貴方には関係ないでしょう?」
急激に消耗していく体が徐々に重くなっていく。
それでもプラーミァは構わずルーベルを見つめた。
「貴女が危ない。魔力を留めてください! 精霊が力を貸してくれる——」
「魔力も無い貴方に何が分かるの」
ルーベルの表情が揺らいだ。
一瞬の事で、それは直ぐに元に戻る。
それが益々プラーミァを苛立たせた。
「貴方に何が出来るの? 魔力も無いくせに。何を守れるの? 精霊だって見えないのでしょう? 私に何が起こっているのかすら見えないくせに!」
溢れ出る魔力が更に激しさを増していく。
側を動こうとしないルーベルを巻き込み、彼の皮膚へ切り傷を付けていった。
自分の非力さに腹が立つ。
魔力が有れば。もっと力が有れば。
何回、何百回、何千回考えた事か。
魔族による被害報告を聞くたびに、村が街が襲われたと聞くたびに、自分がなんて非力な存在なのかと思い知る。
今にも泣き出しそうなプラーミァを見つめ、暴走した魔力の中心で肩を震わせる彼女へ手を伸ばした。
「…精霊は見えないが、今、貴女がどんな顔をしているかは見えてます」
暴走した魔力が容赦なくルーベルの肌を傷付けていく。
にも関わらず、ルーベルの手がプラーミァの頬へ触れた。
「っ…——」
頬に触れた彼の手は、皮が厚く普通の人とは全く違う武人のそれだ。
華奢な体からは想像もつかないその手に触れられて、プラーミァの瞳から大粒の涙が溢れた。
幼い頃に握った父の大きな手。
行商人だった父もまた、ルーベルのような皮膚の厚いゴツゴツの手をしていた。
忙しくて一緒に過ごせる時間がない時もあった父。
固くて撫でられると痛かったけど、その手がプラーミァは大好きだった。
放出されている魔力の威力が弱まっていく。
「騎士団を常駐させるよう交渉します。この地は国にとっても大切な場所ですので、必ず叶えます」
長いまつ毛の奥で、茶の強い金の瞳が揺れている。
その瞳を真っ直ぐに見据える。
「この地を護ると約束します」
威圧が弱まり、膝を折る彼女を胸に受け止めた。
肩を抱き、ゆっくりその場へ座らせる。
「私と一緒に来て欲しい。決してひとりにしないと誓います」
ルーベルから体を離し、涙に濡れたままの瞳で見上げる。
「…信じられないわ」
「心外ですね」
ルーベルの指が、プラーミァの目元をそっと拭う。
「騎士の誓いはゴーレムよりも重いのですよ?」
真剣な顔して言うものだから、何だか可笑しくてつい笑ってしまった。
ルーベルも僅かに表情を崩し、着ていた上着を脱ぐと、それをプラーミァの肩へ纏わせる。
「無理強いはしませんが」
そう言い、立ち上がると、巨石から華麗に降り立った。
「私、寒くないわよ?」
背中へ声を掛けると、彼がカップを拾い此方を向く。
「何でしょうね。…私が『不快』だったもので」
不敵に笑い、広場の方へと去って行くその背中を眺めた。
ジロジロと不躾な眼差しを寄越す男ばかりだと言うのに。
此れがプラーミァの生きていく手段だ。
文字通り体ひとつで、ひとりで生きて来たのだ。
それを『必要ない』と、そう言われた気がした。
「…変な人…」
そう呟き、膝を抱いて踞る。
肩に掛けられた上着の端をきゅっと握った。
無意識のうちにその口元は僅かに弧を描いていた。
「どうしたんですか!? その怪我!!」
広場へ戻って来たルーベルさんは、体のあちこちが切り傷だらけだった。
それを見たマーレが驚きながらも治癒の魔法を使っていく。
少し離れた所から、シャルくんとその様子を眺めているとルーベルさんとバッチリ目が合った。
笑顔が怖い。
無言で手招きされる。
シャルくんと思わず顔を見合わせる。
砂漠の夜は冷えますね。背筋が特に。
「そこのふたり。早く来なさい」
「「はいっ!!」」
どうやらしっかりばっちり覗き見がバレていた様です。
ハワード様とレンくんに呆れられながら、アルクさんには苦笑いされながら、私達はがっつりお説教食らいました。
「ご家族が…。そうでしたか」
プラーミァは持ってきたカップへ口を付けると、太陽に代わって此方を照らす月を眺めた。
プラーミァたち家族が魔物の襲撃にあったのは、今から十年程前の話だ。
ここ、シムラクルムを拠点に行商を営む父と母について色んな街を巡るのは、決して楽では無かったがそれなりに楽しかった。
十歳のプラーミァには既に精霊が付いていて、何人かいたうちのひとりを、いつからか『アレーナ』と呼んでいた。
それがいけない事なのだと後から知り、父と母には精霊が見える事も魔力持ちである事も隠していたのだ。
なのに、それが原因で襲われた。
他の街から此処へ帰ってくる途中、少数だったが、魔物の群れに襲われたのだ。
両親はプラーミァを守ろうとして重症を負った。その時はまだ生きていた。僅かだが息があったのだ。
だからその時に助けが来てくれていたら、ふたりはもしかしたら今も生きていたかもしれない。
プラーミァを守ってくれたのは、精霊のアレーナだった。
横たわる両親とプラーミァを囲む様に結界を張り、魔物の猛攻から守ってくれたのだ。
奴等がようやく諦めて帰って行った時には、父と母は既に事切れていた。
何も出来なかった。
アレーナが結界を維持している間も、足元で横たわる両親から血が流れ出し、体がどんどん冷たくなっていくのを泣きながら見ている事しか出来なかったのだ。
騎士団がやって来たのは、両親が亡くなってから三日後。
呆然と立ちすくむ中、両親が埋葬された。
ひとりぼっちになったプラーミァが、教会に付属する孤児院に引き取られ、そこのガキ大将を半殺しにして院を飛び出したのが、それから五日後のことだった。
「それからはひとりで生きてきたわ。この子達を含めたら四人でだけど」
アレーナと共にプラーミァの側にいてくれたふたりの精霊にも名を付け、更に力を手に入れた。
守りに徹したものだが、構わない。
父と母が眠るこの地を荒らされなければそれでいい。
他の事に興味など無い。勝手にすればいい。
「私は…両親に何もしてあげられなかった。だからせめてふたりが眠るこの地だけは、私の手で守ると誓ったのよ」
「さぞかしご苦労された事でしょう」
「そうね…大変だった。貴方に…誰にも分かる筈ないわ」
女がひとりで生きていく大変さなんて、誰にも分かる筈が無い。
今日を生ききる事を考えた生活など、この騎士様には想像すら出来ないだろう。
王都で、大きなお屋敷で、沢山の召し使いに囲まれて暮らしているような人間に、私の苦しさなんて分かる筈無い。
「しかし元凶を絶たねば、いつかこの地にも魔の手が及びます」
「守ってみせるわ」
「ひとりではいずれ限界が訪れます。現に街中へ侵入を許した事例が発生している」
「!……っ」
「奴等は力を増しています。知力も。近いうちに限界が来る。それを、貴女も分かっている筈です」
腹立たしい。
何奴も此奴も。口だけで何もしなかったくせに。
誰も、助けてくれなかったくせに!!
拳をぎゅっと握り締めた時、突如プラーミァの体が発光した。
ドンッと地面が突き上げるように振動すると、彼女の周りを包むように足元から頭へ向かって魔力の揺らぎが立ち昇ったのだ。
カップが岩にぶつかりながら転げ落ちていった。
今までに経験した事のない膨大な量の魔力が、自分の中から湧き出している。
本能的にこのままではマズイと分かる。
此れを抑えなければ、自分の体がもたないかもしれない。
しかしそれに構わず、側で此方を見上げるルーベルを見据えた。
ルーベルもまた異変を感じたが、プラーミァを取り巻く魔力の揺らぎを目視する事が出来ずにいた。
ただ、彼女から発せられる威圧が、今までと比べ物にならない程高まっており、それによっておそらく覚醒したのだろうと推測したのだ。
「覚醒したようですね。その魔力を体に留めてください」
「貴方には関係ないでしょう?」
急激に消耗していく体が徐々に重くなっていく。
それでもプラーミァは構わずルーベルを見つめた。
「貴女が危ない。魔力を留めてください! 精霊が力を貸してくれる——」
「魔力も無い貴方に何が分かるの」
ルーベルの表情が揺らいだ。
一瞬の事で、それは直ぐに元に戻る。
それが益々プラーミァを苛立たせた。
「貴方に何が出来るの? 魔力も無いくせに。何を守れるの? 精霊だって見えないのでしょう? 私に何が起こっているのかすら見えないくせに!」
溢れ出る魔力が更に激しさを増していく。
側を動こうとしないルーベルを巻き込み、彼の皮膚へ切り傷を付けていった。
自分の非力さに腹が立つ。
魔力が有れば。もっと力が有れば。
何回、何百回、何千回考えた事か。
魔族による被害報告を聞くたびに、村が街が襲われたと聞くたびに、自分がなんて非力な存在なのかと思い知る。
今にも泣き出しそうなプラーミァを見つめ、暴走した魔力の中心で肩を震わせる彼女へ手を伸ばした。
「…精霊は見えないが、今、貴女がどんな顔をしているかは見えてます」
暴走した魔力が容赦なくルーベルの肌を傷付けていく。
にも関わらず、ルーベルの手がプラーミァの頬へ触れた。
「っ…——」
頬に触れた彼の手は、皮が厚く普通の人とは全く違う武人のそれだ。
華奢な体からは想像もつかないその手に触れられて、プラーミァの瞳から大粒の涙が溢れた。
幼い頃に握った父の大きな手。
行商人だった父もまた、ルーベルのような皮膚の厚いゴツゴツの手をしていた。
忙しくて一緒に過ごせる時間がない時もあった父。
固くて撫でられると痛かったけど、その手がプラーミァは大好きだった。
放出されている魔力の威力が弱まっていく。
「騎士団を常駐させるよう交渉します。この地は国にとっても大切な場所ですので、必ず叶えます」
長いまつ毛の奥で、茶の強い金の瞳が揺れている。
その瞳を真っ直ぐに見据える。
「この地を護ると約束します」
威圧が弱まり、膝を折る彼女を胸に受け止めた。
肩を抱き、ゆっくりその場へ座らせる。
「私と一緒に来て欲しい。決してひとりにしないと誓います」
ルーベルから体を離し、涙に濡れたままの瞳で見上げる。
「…信じられないわ」
「心外ですね」
ルーベルの指が、プラーミァの目元をそっと拭う。
「騎士の誓いはゴーレムよりも重いのですよ?」
真剣な顔して言うものだから、何だか可笑しくてつい笑ってしまった。
ルーベルも僅かに表情を崩し、着ていた上着を脱ぐと、それをプラーミァの肩へ纏わせる。
「無理強いはしませんが」
そう言い、立ち上がると、巨石から華麗に降り立った。
「私、寒くないわよ?」
背中へ声を掛けると、彼がカップを拾い此方を向く。
「何でしょうね。…私が『不快』だったもので」
不敵に笑い、広場の方へと去って行くその背中を眺めた。
ジロジロと不躾な眼差しを寄越す男ばかりだと言うのに。
此れがプラーミァの生きていく手段だ。
文字通り体ひとつで、ひとりで生きて来たのだ。
それを『必要ない』と、そう言われた気がした。
「…変な人…」
そう呟き、膝を抱いて踞る。
肩に掛けられた上着の端をきゅっと握った。
無意識のうちにその口元は僅かに弧を描いていた。
「どうしたんですか!? その怪我!!」
広場へ戻って来たルーベルさんは、体のあちこちが切り傷だらけだった。
それを見たマーレが驚きながらも治癒の魔法を使っていく。
少し離れた所から、シャルくんとその様子を眺めているとルーベルさんとバッチリ目が合った。
笑顔が怖い。
無言で手招きされる。
シャルくんと思わず顔を見合わせる。
砂漠の夜は冷えますね。背筋が特に。
「そこのふたり。早く来なさい」
「「はいっ!!」」
どうやらしっかりばっちり覗き見がバレていた様です。
ハワード様とレンくんに呆れられながら、アルクさんには苦笑いされながら、私達はがっつりお説教食らいました。
応援ありがとうございます!
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