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第3章

23話—とりあえず皆でご飯を食べましょう。

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 魔物の群れを殲滅し、南門から凱旋するシャルくん達を見つめるプラーミァさん。
 その彼女の表情が暗く曇って見えた。
 ただ、いっときの事で、次に見た時にはもう元に戻っている。
 妖艶な笑みを浮かべ、優雅な仕草で彼らを迎えていたのだ。

 気のせい…だったのかな。

 会ったばかりで彼女の人となりは分からない。
 それでも、笑顔の印象が強い彼女の暗い表情が目に焼き付いてしまった。

「えみ? どうした?」

「え?」

 側で聞こえた声に顔を上げると、討伐を終えたアルクさんが心配そうに此方を見ているではありませんか。

「大丈夫か?」

「あ、ごめんなさい。大丈夫。お疲れ様です」

 慌てて笑顔を返すと、ふわりと微笑むアルクさん。
 あー、イケメン。
 見惚れそうになっていると、小さな叫び声とざわめきが起こった。
 ふたりで其方へ視線を向けると、大きな白い塊が、更に大きな黒い塊を引き摺っている。

「ソラ!?」

「あれは……スコーピオン?」

 戦闘終了直後から姿が見えなかったソラが、スコーピオンの巨大を軽々と引き摺っているではありませんか。

 あー嫌な予感。

 ざざざっと人々が後退し、空いた場所へ巨大サソリを置くとフフンと得意げに鼻を鳴らす。

「えみ。此奴を料理してくれ」

 無理無理無理無理無理無理無理

 必死で首を振ったが見えてないのかソラが続ける。

「硬い殻に守られてはいるが、中は極上なのだ。我は B B Qがしたい」

 嘘だろおい。
 ソラがB B Qって言ってるのちょっと可愛いけど!
 昆虫料理なんてした事ないよ!!
 ゲテモノ食べる趣味なんか持ち合わせていないよ!!?

「安心せよ。魔石は除いた。安心してスペアリブとやらを作るがよい」

 ……そういう事じゃないんだよ……

 いつの間にか隣にいたハワード様にポンっと肩を叩かれる。

「諦めろえみ。今回の炊き出しはBBQで決まりだな。オレはハンバーグとステーキとパウンドケーキを所望する」

 所望する、じゃねぇよ!
 サソリ食べるつもりなの!?
 そしてリクエスト多いな!!
 エリィにもパウンドケーキ作れるようにってリクエストしてたみたいだし、どんだけ気に入ったんですか!!

 ひとりで頭を抱えていると、街の偉い人らしいおじ様がやってきた。

「解体でしたらお任せ下さい。腕の良い職人を連れてまいりましょう」

 そう言う事じゃないんだってばぁーーー。

 今回の心の声は誰にもだだ漏れなかったようです!!


 観念せざるを得なかったので、腹を括った。
 腕の良い職人さん達によって、スコーピオンの硬い殻があれよあれよと言う間に剥がされていく。
 見るのも悍ましいブツを予想していたら、殻を剥がした中身は赤身肉の様だった。
 見た目にすっかり騙されてしまったようだ。
 剥がされた殻も、武具を作る為の素材になるようで、意外にもスコーピオンは街の人達に受け入れられているようだ。
 ホント、逞しい街だ。

 ただ、そもそもスペアリブって骨付きのバラ肉使うんだけど、サソリって骨無いよね?
 バラ肉とかあるの? 肉に脂のってんの?
 そう思っていたら、内臓の回りの肉質は柔らかいのだと言う。
 ボアのような上質なバラとまではいかないけれど、当の本人が「それで良い」と言ったので、拳程の大きさにカットされたものにスペアリブ用の味付けをしておく。

 後はリクエストのあったステーキ用厚切り肉に塩胡椒の下味をつける。
 赤身肉のようだから、歯応え抜群のステーキになりそう。
 更にもうひとつポークチャップならぬ、サソリチャップを用意しようと思う。
 厚めにスライスした薄切り肉に軽く塩胡椒し、小麦粉を薄っすらまぶしておく。
 それをケチャップとウスターソース、少しの酒とニンニク、生姜の合わせ調味料で味付けした。
 味が濃い料理ばかりの為、一緒に作る焼きそばは塩味でさっぱり食べられるようにする。
 後は箸休めに葉物野菜で浅漬けしよ。
 長めの串に一口大にカットされた肉と野菜をぶっ刺し、それを大量に準備した。
 やっぱり B B Qはこれですよね!

 他に何が出来そうか辺りを探索すると、南国になっているようなトロピカルフルーツが屋台で売られていた。
 バナナの様な果物があったので、パウンドケーキはチョコを入れてバナナ擬きパウンドにしようか。
 白玉作って、色んなフルーツ入れて、ソーダを注いだフルーツポンチも良さそう。
 色の綺麗なフルーツばかりだから彩りの良いデザートになりそうだ。

 ワサビちゃんとマーレ中心に手伝って貰い、今夜のB B Qパーティに向けて、着々と準備を進めていった。


 陽が沈むと、砂漠の街は一気に気温が下がり、上着が無いと外に居るのが辛くなってしまう。
 そんな中で、炭を起こしての B B Qは、街の人達にも大変喜ばれた。
 何がビックリって、サソリが美味しかったこと!
 本当に、上等な赤身肉を食べているようだった。
 想像と違った!
 サソリ、ゲテモノじゃ無かった!!
 ホント、異世界は不思議がいっぱいだ。

 ここは、果実酒が人気のようで、魔群討伐の礼としてドリンクが振る舞われた。
 まるでカクテルの様な色や香りが楽しくて、しかも美味しくて、ついついグラスが進んでしまいました。

「えみ、顔赤いよ? 大丈夫?」

 マーレに心配されてしまったので、ちょっくら酔い覚ましてまいります。
 広場の端っこに行こうとした時、人混みの外れでルーベルさんとプラーミァさんが何やら親しげな雰囲気。
 そのままふたりで街の奥、暗がりへと消えて行ったではありませんか!

 だめ。だめだめ。
 ふたりは大人。今はプライベートな時間だぞ!
 邪魔なんかしちゃいけない。

 頭ではそう分かっている筈なのに、足が勝手にそっちに向いちゃうのは何でだろう。
 ホント、異世界は不思議がいっぱいだ。

 端から見たら完全に不審者。
 そう言われても仕方ない怪しさで、こそっと着いていくと、眼前に巨石がゴロゴロしている場所へ出た。
 ふたり共、『岩が何か?』と言わんばかりにぴょんぴょん行っちゃうから、着いて行くのも大変です!

 前方にばかり気を取られていると、背後から影が落ちてくる。
 後ろから肩をガシっと掴まれて、「ひっ!!」と声にならない声を上げた。

「何やってんだ、えみ」

 降ってきた声に、バクバクと暴れる胸を押さえて振り返る。
 そこに居たのはシャルくんだ。
 口に人差し指を付けて、静かにするようアピールすると、前の方を指差した。

「あの二人が怪しいの!」

「いや、えみの方がよっぽど怪しいから」

 真っ当なツッコミを受けながら、尚も尾行を続ける私に、仕方ないとばかりにシャルくんがついてくる。

「あのルーベルさんがよ? 女なんか面倒くさいだけって言い切ったルーベルさんがよ? 興味を抱くなんて、よっぽど何かあると思わない?」

「思うけど、オレは怒られないかが心配」

 一際大きな巨石の上で動かなくなった人影を確認し、更に近付こうと岩肌に身を屈めた時、右腕をシャルくんに掴まれ引き戻される。

「それ以上はやめた方がいい。気付かれる」

「こんなに遠いのに」

「隊長クラス舐めんな」

 そういうものか。
 流石、鍛えてる方々は違いますね!!
 なんて感心していたら、いつの間にか目の前にシャルくんの顔があって驚いた。
 知らず知らずのうちに、壁ドン状態になってたみたいだ。
 シャルくんも驚いたようだったけど、直ぐに真剣な表情に戻っている。
 至近距離で見つめ合う状況に、狼狽えてしまったのは私の方だった。
 すっかり『男性』にレベルアップしているシャルくんに、心臓がさっきとは違う鳴り方をしている。
 以前なら此処で固まってしまっていただろう。
 でも、今は違う。
 私にはもう心に決めた人がいるのだ。
 その事が、少しだけ表情と思考に余裕を与えてくれた。
 シャルくんの揺れる瞳を見つめ返す。
 それが伝わったのか、シャルくんが小さく息を吐き出した。

「やっぱり、心は決まったんだな」

「うん」

「そっか……」

「時間掛かってごめんなさい」

「いや。アルクさんなら安心だし、しゃーないな」

「シャルくんの気持ち、本当に嬉しかったよ。でも…私はアルクさんが好きだって、ちゃんと分かったの。だから…本当にごめんなさい」

「分かった。聞けて良かったよ。幸せにして貰えよ」

「ありがとう」

 照れ臭いけど、シャルくんにちゃんと伝えられて良かった。
 自然と笑みが溢れ、シャルくんもニッと笑顔を向けてくれる。

 ドンッ!!

 突如、下から突き上げる様な振動を感じた。

「なに!? まだ群れが…——」

「嫌、違う」

 シャルくんが視線を向けた先、ルーベルさんとプラーミァさんがいるらしき場所から大量の魔力が発生し、揺らいでいる。

「あれは!?」

「覚醒した?」

「シャルくん行こう!!」



 人の背丈よりも大きな巨石の上。
 ルーベルとプラーミァがふたり並んで座っている。
 眼前には夜の闇に黒く染められた砂漠が広がり、静寂に包まれている。
 昼間の襲撃が嘘のようだ。
 空には煌々と輝く月が浮かび、ふたりの足元を照らしていた。

 ルーベルは隣に座る歳若い女性を眺めた。

「寒くありませんか?」

 酷く薄着だな、とは思っていたが、昼間と違い長さのある腰布は巻いているものの、布面積は然程変わっていない。
 砂漠の夜は冷えるのに。
 そう思っていると、クスクスと口元を隠してプラーミァが笑った。

「シールドがあるから、寒さや暑さはそんなに感じないのよ」

 シャガールやレンが普段から展開している魔力による防御壁。それを、プラーミァも展開しているのだと言う。
 成る程、と納得し、それは便利だなとひとりごちる。

「私には魔力がありませんので、正直羨ましいですね。暑いのも寒いのも苦手なもので」

 正直な感想に、プラーミァは再びクスクスと笑みを零した。

「それで? こんな所まで連れて来て、何の御用事ですか?」

 早速核心をついてくるプラーミァに、小細工は通じないと考えたルーベルは単刀直入に話題を持ち出した。

「我々が王都から派遣されて来た事はお伝えしていたと思います」

「ええ」

「此方へは魔物の群の殲滅と、主要道確保の為の周辺地域の調査で参りました。それと、もう一つ。共に戦ってくれる仲間を募っておりまして」

「まぁ」

「魔力を保有し、精霊の力を持つ貴女に、是非部隊に加わって欲しいと考えています」

 プラーミァは妖艶な笑みを浮かべたまま、ルーベルをじっと見つめている。
 その眼差しを真っ直ぐに受け止め、ルーベルは本心を告げた。

「私と共に来ては頂けませんか」

「折角のお誘いですが、お断りしますわ」

 予想していた応えに、ルーベルの表情は変わらない。

「理由を伺っても?」

 一度目を伏せ、プラーミァの視線が再びルーベルと交わった。

「この地には私の家族が眠っているのです」
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