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第2章

20話―魔力のご利用は計画的に。

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 解体され、肉のブロックと化したボアキングは、騎士団の皆さんによって、城壁の内側にある訓練場へと運びこまれた。
 今度はここが戦場となる。
 もちろん私やコックさんにとってのだ。


「何このお肉。物凄く綺麗なサシ……高級肉みたい」

 ブロック肉を見ると、驚く程見事なサシが入っているでありませんか!!
 これ絶対旨いやつ!
 超高級なやつ!!

「だから言ったであろう?  こやつらは餌を選んで食す種族ゆえ、脂が上等なのだ」

 得意気にソラがフフンと鼻を鳴らしている。

 にしても、この量……

 何しろ大型トラックのような巨体だ。
 目の前に積み上げられたブロック肉も凄まじい量になる。
 もはや壁だ。
 が、ここにいるのは食欲旺盛な育ち盛り達。しかも、たった今戦いを終えて帰って来た彼らの胃袋はすっからかんだ。

 悠長にはしてられない!

「アルクさんのお屋敷から応援を呼んで貰えませんか?  それから、ソラ!  ワサビちゃん呼んで!  二人にも手伝って欲しいの!!」

「仕方無いのう」

 そう言い億劫そうに立ち上がるソラの瞳はキラキラしている。
 私は見逃さなかったよ。
 ハワード様に

「四聖獣の力の使い方、完全に間違っているな」

 と呟かれていたが、聞こえないフリをした。



 高級肉の食べ方として一番最初に思い付くのは、やはり『ステーキ』だろう。
 ソラに厚めにスライスして貰った肉の表面をこんがり焼いて、ニンニクチップを散らし、バターも乗せたりなんかして……
 考えただけでヨダレが垂れそうなので、早速お城のコックさん達にお願いした。
 甘い火で焼いてしまうと、せっかくの脂が溶けて旨味が流れ出てしまうので、強火でカリっと焼き上げて、後は余熱で火を通す。
 一枚焼いて見せると、流石プロは違いますね!
 即席でその場に用意された魔道具付きのコンロで、あっという間に次々大量生産されていく。
 ソラがその一枚を見てブンブン尻尾を振り回すものだから、仕方なく味見してもらった。
 どうやら納得のいく出来だったようだ。


 次に思い付くのは、『すき焼き』でしょう。
 薄くスライスし、甘辛い『割下』をたっぷり絡めた肉を卵にくぐらせて口に放り込めば、もう至福。
 白菜やネギ、椎茸、焼き豆腐にしらたきも外せないので、ここはポーチ頼みだ。
 人数が人数なだけに、使う食材も大量になる。未だかつてこれだけ開け閉めしたことあったでしょうか?  と言うほど、大活躍している。
 ソラに呼ばれて直ぐ様召喚されて来たワサビちゃんが、全ての食材をカットしてくれた。
 さすが成長した精霊はレベルが違う。
 以前はティーギ五つの薄切りが一度に出来る最大値だったのに対し、今は直径一メートル程の範囲内にある対象物を一度に切り刻めるようになっている。
 しかも、食材ごとに切り方を変えられるのだ。
 ワサビちゃん、素晴らしいよ。絶対いいコックさんになれるよ!!
 またまたハワード様が

「精霊の使い方……」

 などと言っていたけど、それどころじゃ無いので聞こえないフリをした。


 肉のスライスはソラがしてくれる。
 野菜のカットはワサビちゃんが。
 なので私は割下の製作に取り掛かる。
 使うのは醤油、みりん、酒、砂糖、水だ。同量の醤油とみりん、水に醤油の半量の酒、三分の一の量の砂糖を混ぜて煮立たせるだけで出来てしまう。
 私の家では只の水ではなく、少し出汁を混ぜて作っていた。そうすることでまた味わい深くなる。
 そのままでは濃い目だが、野菜から出る水分で薄まるので、食べる頃には丁度良い加減になるのだ。
 幾つかの大鍋で大量に作る予定だ。


 最後に、『カツ』。
 ボアキングはイノシシっぽかったから、『豚カツ』でいいのかな?
 明日、騎士昇格試験を受ける見習い君達もいるようなので、験を担ぐ為にも豚カツつくります!
 これまた厚めにスライスした肉に塩コショウを振って、小麦粉→卵→パン粉の順に衣をつけ、熱した油でカラッと揚げる。
 サクサクの衣と、溢れ出る肉汁がもう堪らない!
 ソース派とからし醤油派に別れるらしいが、私は何もつけずに食べるのが地味に好きだ。
 この肉は上等なので、塩コショウの味付けだけでも充分堪能出来そうだ。


 野菜の下処理を終えたワサビちゃんが、肉の両面に塩コショウをし、均等に粉をまぶし、卵にくぐらせ、見事なまでにしっかりパン粉をつけてくれる。
 本当に魔法って便利!!
 後は油でカラッと揚げるだけなので、こちらも一枚作って見せる。
 大活躍してくれるワサビちゃんに味見してもらうと、よっぽど美味しかったのか、作るスピードがアップした。
 この調子なら直ぐにでも出来上がりそうだ。


 そうこうしているうちに、応援部隊も到着した。
 メアリとメリッサも来てくれている。
 二人はこの見事なブロック肉が魔物のモノだと知ると、大層驚いていた。
 こうして、大量にあった肉の塊はあっという間に料理へと変化していった。


 急遽、訓練場が立食パーティー会場となった。
 いつの間にか設営に城の執事達も加わり、王都へ魔物達が攻めてきた時の為に待機していたローガンさんと第四、第五師団の騎士達も加わる。
 人数がみるみる増えていったが、食料は充分足りそうなので、ひたすら調理に没頭した。


 会場の端の方。
 皆がボアキングを堪能している頃、レンは一人、汚れた体を清めていた。
 訓練の合間に使用する水飲み場で、血で汚れた手や尻尾を洗う。
 細く白い毛にこびりついた血液はなかなか落ちない。
 力に任せてごしごしやっていると、背中から声が掛かった。

「そんなにしたら、折角の綺麗な毛が傷んでしまうでしょう?」

 立っていたのはメアリだ。
 えみがお屋敷から応援を呼んだらしく、そのメンバーに入っていたのだろう。

「全然落ちなくて…」

「貸してみなさい」

 そういうと、指で一本一本ほぐすように洗っていく。
 レンはメアリに尻尾を託すと、その様子をぼーっと眺めた。

「大活躍だったみたいね」

 メアリが手元から視線を外さないまま口を開く。

「いや…もう夢中で……よく覚えてない」

「何よそれ。もっと胸張ればいいのに」

 メアリはいつものようにカラカラと笑った。

「しっかりアピールしないと、えみの事、アルク様にとられちゃうわよ」

「友達だって、さ…」

「え?」

 驚きに開かれた瞳がこちらへ向けられた。

「えみにとって、オレは友達なんだって、さっきはっきり言われた」

 きっと無意識に出た言葉だと思う。だからこそ本心だと思った。

「そう。いいの?  それで」

 いつの間にか、尻尾の汚れが綺麗に落ちていた。

「…よくわからない…でも、護りたいものは変わらないから…」

 自分の手を見つめた。
 えみのそれとは違う異形の手。血に汚れたその手を何の躊躇もなく握ってくれた彼女を、彼女が生きていくこの世界を、自分の手で護りたい。
 その異形の手に、メアリの手が重なった。

「私もちゃんと味方だからね」

 アメジスト色の瞳に自分が写るのを見た。
 空いた方の手が濡れたハンカチで自分の頬を擦ってくる。
 その優しさに胸が満たされていくのを感じる。
 レンは目を閉じた。
 されるがまま身を任せる。
 繋がれた手は無意識に固く握られていた。




「それで、ボアキングの核の処理は終わったのか?」

 ハワード様がステーキを優雅に食しながら尋ねている。

「はい。シャガール殿の聖剣によって、迅速に処理されました」

 ルーベルさんはカツが気に入ったようだ。どうもソース派らしい。

「それにしてもボアキングとは。王都が無事で何よりですな」

 ローガンさんはすき焼きをゆっくり堪能している。卵と割下を混ぜ合わせて肉に絡めるという、乙な食べ方をしている。

「シャガールとレンのお陰です。あの二人がいなければどうなっていたか」

 アルクさんはステーキを切り分ける姿も絵になりますね。
 シャルくんはもう聞いてすらいなさそうだ。

 皆さん食べるか話すか一度どちらかにしたらどうっすかね?

 などと心の中でつっこみをいれながら、お冷やを足して回った。
 因みにレンくんはここにはいない。
 さっきから姿が見えないのだ。
 大丈夫だろうか。メアリが探してくれているとは思うけど。
    また独りで抱え込んでいないといいけど。


「あの数の魔物が一夜にして集結したというのも気になりますね」

「それは本当なのか?」

 ルーベルさんの話に信じられないと言わんばかりのハワード様。
 確かに、あの数が動けば何らかの兆しがあっても良さそうなものだが。

「奴等は呼び寄せられたのだ。『亜空間』の扉を開け閉め出来る奴がいたのだろうな」

 食事を終えたソラが脚を投げ出して首だけ持ち上げる。
 端から見たら、出産間近なワンコのような姿だ。ぽっこりお腹が何とも。

 ホントに伝説の四聖獣かなぁ……

「『亜空間』?  聞き慣れない言葉だな」

 博識なハワード様も首をかしげている。

「目的地と目的地を繋ぐ入り口を空間をねじ曲げて繋げてしまう高度な魔術だ。使える者はそうそうおらぬ」

 成る程。どこでも○アって事ね!!

「魔人の中で使えるのは、王の側近である『マフィアス』だけだったと思うが、よもやあの場に奴が居たということだ」

 さらっと言ってのけたソラの言葉に団長様方が凍り付いている。

「魔族のナンバー2が……」
「……あの場に居たのか……」
「王都が無事で何よりですな……」

「何が目的だ?」

 ハワード様の眉間にはシワが寄っている。

「覚醒者を見に来たのであろう」

 それと恐らく……
 そう言ってこちらをちらりと見ていたソラの視線には全く気付きませんでした。
 四人の男性陣はその視線の意味を理解したようだ。
 ハワード様がアルクさんに何やら耳打ちしていた。

「それよりえみ。おぬし、体は大丈夫か?」

「え?  何で?」

 ソラが私の心配するなんて、よっぽど……
 と思っていたら、急に体に力が入らなくなって膝がカクンと折れてしまう。
 地面に倒れる前に異変に気付いたアルクさんが抱き止めてくれる。

「えみ!」

「な、に……力が……」

「魔素の使い過ぎだな。女神の恩恵を多用しすぎたのであろう。少し休めば元に戻るゆえ心配はいらぬ」

 確かに今日は沢山使ったもんなぁ。
 使い過ぎは良くないって事ね……
 なんて思いながら、瞼が重く垂れ下がってくるのに抗えず、呆気なく意識を失った。


「今日は朝から使い通しだったからの。疲れたのであろう。魔素を一度に多用し過ぎると普通はこうなる」

 そう言ってシャガールを見る。
 団長陣とハワードにも見られ、訳のわからないシャガールは首をかしげた。
 ソラがもう既に眠っているワサビを背に乗せると、ではなと軽く跳躍する。

「私もお先に失礼します。えみを休ませてやりたいので」

 ソラを見送り、えみを抱えたアルクが立ち上がる。

「ええ。お疲れ様でした」
「えみ殿によろしく伝えてくれ」

 ルーベルとローガンに一礼したところで、意地の悪い笑みを浮かべたハワードと目が合う。

「襲うなよ」

「ケダモノじゃないんでね」

 きっとニヤニヤしながら見てるのだろうなと予想しながら、えみを抱く腕に力を込めた。


 翌朝、盛大に朝寝坊した私を待っていたのは『アルクさんにお姫様抱っこされた』と言う恥ずかしい過ぎる事実だった。
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