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第1章
19話―領地が襲撃されました。
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アルクさんとのキス事件の後、意識を消失してそのまま眠ってしまった私は、翌日の陽が高く登ってもなかなかベッドから起きられずにいた。
こんな時ですらぐっすり眠れてしまう自分の図太さに腹が立つ。
「どんな顔して会ったらいいかわかんない」
誰が聞いているでもない独り言を布団に潜ってぶつぶつと呟く。
これだから未経験女は嫌なんだとかなんとか言われたらどうしよう。立ち直れないかもしれない。
でもいつまでもここでこうしてもいられない。王都へ向かう準備もしなければならないのだ。
このお屋敷でお世話になった皆に挨拶もしなくては。
そう思いながらも踏ん切りがつかずにぐだぐだしていると、ノックの音がして誰かが入ってきた。
「えみ。体調はどう?」
入ってきたのはメアリだった。
手にはトレイと深皿がのっている。
なんだかとってもいい匂いが……
「ありがとう。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
上半身を起こすと、メアリが近くのテーブルへトレイを置いた。
「ライルさんがえみにって。消化がいいようにミルク粥だってさ」
「ライルさんが?」
手渡された深皿からは湯気と共にふんわりといい匂いが立ち上っている。
あの初めて食べたお粥もどきとは見た目も香りも段違いだ。
「あと、ルファーがプリン作ったって言ってたから、元気出たら食べたらいいよ。味見したけど美味しかった」
「ルファーくんがプリンを?」
「それから、ホーンさんがパン作りに挑戦したけど、上手く膨らまないから、一度教えて欲しいって言ってた」
みんな、凄い。
来たばかりの頃なんて、食事は食べられればそれでいいって感じだったのに。
今では皆が食事を楽しむ為に、美味しいものを作ろうと工夫を重ねてる。
嬉しい……感極まってしまいそうだ。
ライルさんのミルク粥を口に運ぶ。
ミルクの優しい甘さに、ほんのり出汁が効いていて、本当に美味しい。
もう一度言うが、初めて食べたお粥もどきとは大違いだ。
思わず頬が緩んでだらしない顔になっていることだろう。
「何をにやけてるんだか。いつの間にアルク様と良い仲だったワケ?」
「ぶふっ!! げほっけほっ!!」
盛大にむせ返った。
ご飯粒がそれはそれは美しく舞ったが、今のは絶対にメアリが悪い。
せっかく幸せな気分に浸っていたのに!!
「ちょっと汚い!! 大丈夫!?」
「メアリが、変なこと言うからでしょう!?」
流石はメイド。吹き出した米粒はあっという間に見事にキレイに片付けられた。
「だってビックリしたんだもの! アルク様って女性に物凄くモテるのに、今まで浮いた噂一つ無かったのよ? それがえみにあんなキス!! そりゃぁ水差しもぶちまけるわよ!!」
思い出しているのか、少々興奮気味だ。
こっちは思い出すだけで気絶しそうだ!!
「やめてよ!! 私が一番ビックリしてるんだから。もう恥ずかしくて部屋から出られないよ!!」
顔を真っ赤にして抗議すると、メアリが豪快な笑い声を上げた。
「何言ってるのよ! キス位恋人同士なら当たり前でしょう。そんなことで赤くなってたら、夫婦になった時どうするのよ」
恐ろしい事をさらっと言ってのけましたね?
アルクさんとは恋人同士でもなければ、夫婦になる予定も無いんだってば。
そう反論したかったのに、私の言葉は新たなノックの音でしぼんでしまった。
入ってきたのはまさかのアルクさんだった。とっさにベッドへ潜り込もうとしたが、膝の上のお皿が目に入り反応が遅れた。
「心配して来てみたけど、楽しそうな笑い声が聞こえてた事だし、大丈夫そうかな?」
真っ赤になって俯く私の代わりにメアリが応えてくれた。
「大丈夫そうですよ。アルク様、えみは今時驚く程純粋で恥ずかしがり屋さんなので、色々手加減してあげてくださいね」
そんな余計な事を言うだけ言って、部屋からさっさと出て行ってしまった。
嘘でしょう!?
二人きりにしないでぇ~~~!!
私の心の叫びはメアリには全然届かなかったようだ。
代わりにアルクさんがベッドへ腰掛けてくる。
「手加減て何の話?」
心臓がばっくんばっくんいっている。破裂しないよね?
「ななな何でもありません!!」
ポーカーフェイスは理想ですが、私には多分一生無理ですね。
おおいに狼狽えてしまって、アルクさんを笑わせただけだった。
「昨日の話…かな?」
そこで声色を変えて来ますか。
とんでもない策士ですね。
気絶しかけてなんとか踏み留まった。
メアリとの過激な会話が多少なりとも免疫効果を発揮したようだ。
身体中が熱いけど。
アルクさんが手を握ってきて、カチコチに固まってしまう。
「少しは意識してもらえてるみたいだな。嬉しいよ」
少しなんてもんじゃありません!!
日常生活に支障をきたす程です!!
「せっかく元気になったところ悪いのだが、王都へ立つ日が五日後に決まったんだ。その時にえみにも一緒に来てもらう事になる」
五日後……
ここを…皆とお別れして王都へ……
私は一度大きく息を吐き出すと、アルクさんを見上げた。
「行きます。ソラと一緒に」
真っ直ぐに見つめた私を、優しい笑顔が見下ろしている。
「ありがとう、えみ。そこは私と一緒にと言って欲しかったが、今はよしとしようか。……君は可愛いだけでなく強いんだな」
出た殺し文句。私には効き目が絶大です!
「そんなことないです……もうからかわないでください……私は、笑ってかわせる程、器用ではないんです……」
「知ってるさ」
知っててやってくるとは、さては確信犯でしたか!!
アルクさんは案外意地悪だ。
「からかっている訳ではない。本当の事を言ってるだけだ。どうしたら信じてもらえるんだろうね」
握られた手が、彼の口元へと運ばれる。引っ込めるのも忘れて見ていたら、そのまま手の甲にキスされた。
もうパニックだ。
「えみが信じてくれるまで、毎日毎晩囁こうか。てっとり早いのは身体に教えることだけど、えみはすぐに落ちてしまうから、逆に時間が掛かるかもな」
なんと私の貞操まで差し出せと?
アルクさんはソラより猛獣ですね。
しかもよくわかってらっしゃる。私が男女の関係に漕ぎ着けるまでには、それはそれはとんでもない時間が必要とされることでしょう。
今から考えただけでも気絶出来そうだ。
あまりの恐ろしさにふるふると小さく首を振ると、彼はやっぱりクスクス笑うのだった。
「じゃぁ、少しずつ慣れてもらうしかないな」
膝の上のお皿がさりげなく避けられていた。
あれ? と思った時には、手が後頭部へ差し込まれ、鼻先が触れていた。
「んん?」
大人のそれでは無かったが、角度を変えて何度も唇が合わさった。
「ま、……て……」
いつの間にやらガッツリホールドされてます。息の仕方がわからなくて苦しい。
離れようと試みたが無駄だった。
騎士様の体の造りは私なんかとは全くの別物で、抵抗など無に等しかったのだ。
止めの一撃を受けて、強ばっていた体から力が抜けてしまった。
くたりとアルクさんの胸へともたれ掛かってしまう。
「落ちなかったね。慣れてきたのかな?」
嬉しそうに笑いながら私の体をベッドへと寝かせてくれた。
こんなのに慣れてたまるものですか!
誰でもいいから強靭なハートの作り方を教えて欲しい。
覆い被さるような体勢のアルクさんに、涙目でもう許してくださいと訴えると、手加減しなきゃだったなと、わざわざ頬をひと撫でして解放してくれた。
ひとまずほっとしたが、ばくばくしすぎて心臓が痛い。
このままだと確実に寿命が縮まりそうだ。
アーワルドさんが帰って来てからも忙しさに変わりは無いようで、仕事に戻るとアルクさんは部屋を出て行った。
そんな中でも時間を作って会いに来てくれたのはやっぱり嬉しい。
が、スキンシップが激しすぎるのはいただけない。
ただ、嫌だとは決して思わないのが不思議だった。
その後も完全にベッドから起き上がるタイミングを逃した私の元へ、ハンナさんやルファーくん、ナシュリーさんにアーワルドさんまで心配して様子を見に来てくれた。
メアリがアルクさんとの事をあちこちで言い触らしたらしく、来た人の殆どが冷やかしだった。
驚いたのは、アーワルドさんとナシュリーさんまで他の人と一緒になって冷やかす側に回ったことだった。
年頃をとっくに過ぎた息子に浮いた噂が一つも無いことを、心から心配していたのだそうだ。特にナシュリーさんが。
だからといって、得体の知れない私なんぞにかまけている息子を放っておいていいのか? 止めないの? と、こちらが心配になるのだった。
そんなこんなで屋敷の皆に新しいレシピを教えたり、ナシュリーさんと二人でお茶したり、ソラとワサビちゃんに新作を試食してもらったり、合間にハインヘルトさんに急かされながら王都への準備をしたりしている内に、お屋敷を出るまで後一日と迫った日の午後。
アーワルドさん宛に一件の知らせが入った。
それはアルカン領辺境の小さな村が、魔物の群れに襲われたという最悪の知らせだった。
こんな時ですらぐっすり眠れてしまう自分の図太さに腹が立つ。
「どんな顔して会ったらいいかわかんない」
誰が聞いているでもない独り言を布団に潜ってぶつぶつと呟く。
これだから未経験女は嫌なんだとかなんとか言われたらどうしよう。立ち直れないかもしれない。
でもいつまでもここでこうしてもいられない。王都へ向かう準備もしなければならないのだ。
このお屋敷でお世話になった皆に挨拶もしなくては。
そう思いながらも踏ん切りがつかずにぐだぐだしていると、ノックの音がして誰かが入ってきた。
「えみ。体調はどう?」
入ってきたのはメアリだった。
手にはトレイと深皿がのっている。
なんだかとってもいい匂いが……
「ありがとう。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
上半身を起こすと、メアリが近くのテーブルへトレイを置いた。
「ライルさんがえみにって。消化がいいようにミルク粥だってさ」
「ライルさんが?」
手渡された深皿からは湯気と共にふんわりといい匂いが立ち上っている。
あの初めて食べたお粥もどきとは見た目も香りも段違いだ。
「あと、ルファーがプリン作ったって言ってたから、元気出たら食べたらいいよ。味見したけど美味しかった」
「ルファーくんがプリンを?」
「それから、ホーンさんがパン作りに挑戦したけど、上手く膨らまないから、一度教えて欲しいって言ってた」
みんな、凄い。
来たばかりの頃なんて、食事は食べられればそれでいいって感じだったのに。
今では皆が食事を楽しむ為に、美味しいものを作ろうと工夫を重ねてる。
嬉しい……感極まってしまいそうだ。
ライルさんのミルク粥を口に運ぶ。
ミルクの優しい甘さに、ほんのり出汁が効いていて、本当に美味しい。
もう一度言うが、初めて食べたお粥もどきとは大違いだ。
思わず頬が緩んでだらしない顔になっていることだろう。
「何をにやけてるんだか。いつの間にアルク様と良い仲だったワケ?」
「ぶふっ!! げほっけほっ!!」
盛大にむせ返った。
ご飯粒がそれはそれは美しく舞ったが、今のは絶対にメアリが悪い。
せっかく幸せな気分に浸っていたのに!!
「ちょっと汚い!! 大丈夫!?」
「メアリが、変なこと言うからでしょう!?」
流石はメイド。吹き出した米粒はあっという間に見事にキレイに片付けられた。
「だってビックリしたんだもの! アルク様って女性に物凄くモテるのに、今まで浮いた噂一つ無かったのよ? それがえみにあんなキス!! そりゃぁ水差しもぶちまけるわよ!!」
思い出しているのか、少々興奮気味だ。
こっちは思い出すだけで気絶しそうだ!!
「やめてよ!! 私が一番ビックリしてるんだから。もう恥ずかしくて部屋から出られないよ!!」
顔を真っ赤にして抗議すると、メアリが豪快な笑い声を上げた。
「何言ってるのよ! キス位恋人同士なら当たり前でしょう。そんなことで赤くなってたら、夫婦になった時どうするのよ」
恐ろしい事をさらっと言ってのけましたね?
アルクさんとは恋人同士でもなければ、夫婦になる予定も無いんだってば。
そう反論したかったのに、私の言葉は新たなノックの音でしぼんでしまった。
入ってきたのはまさかのアルクさんだった。とっさにベッドへ潜り込もうとしたが、膝の上のお皿が目に入り反応が遅れた。
「心配して来てみたけど、楽しそうな笑い声が聞こえてた事だし、大丈夫そうかな?」
真っ赤になって俯く私の代わりにメアリが応えてくれた。
「大丈夫そうですよ。アルク様、えみは今時驚く程純粋で恥ずかしがり屋さんなので、色々手加減してあげてくださいね」
そんな余計な事を言うだけ言って、部屋からさっさと出て行ってしまった。
嘘でしょう!?
二人きりにしないでぇ~~~!!
私の心の叫びはメアリには全然届かなかったようだ。
代わりにアルクさんがベッドへ腰掛けてくる。
「手加減て何の話?」
心臓がばっくんばっくんいっている。破裂しないよね?
「ななな何でもありません!!」
ポーカーフェイスは理想ですが、私には多分一生無理ですね。
おおいに狼狽えてしまって、アルクさんを笑わせただけだった。
「昨日の話…かな?」
そこで声色を変えて来ますか。
とんでもない策士ですね。
気絶しかけてなんとか踏み留まった。
メアリとの過激な会話が多少なりとも免疫効果を発揮したようだ。
身体中が熱いけど。
アルクさんが手を握ってきて、カチコチに固まってしまう。
「少しは意識してもらえてるみたいだな。嬉しいよ」
少しなんてもんじゃありません!!
日常生活に支障をきたす程です!!
「せっかく元気になったところ悪いのだが、王都へ立つ日が五日後に決まったんだ。その時にえみにも一緒に来てもらう事になる」
五日後……
ここを…皆とお別れして王都へ……
私は一度大きく息を吐き出すと、アルクさんを見上げた。
「行きます。ソラと一緒に」
真っ直ぐに見つめた私を、優しい笑顔が見下ろしている。
「ありがとう、えみ。そこは私と一緒にと言って欲しかったが、今はよしとしようか。……君は可愛いだけでなく強いんだな」
出た殺し文句。私には効き目が絶大です!
「そんなことないです……もうからかわないでください……私は、笑ってかわせる程、器用ではないんです……」
「知ってるさ」
知っててやってくるとは、さては確信犯でしたか!!
アルクさんは案外意地悪だ。
「からかっている訳ではない。本当の事を言ってるだけだ。どうしたら信じてもらえるんだろうね」
握られた手が、彼の口元へと運ばれる。引っ込めるのも忘れて見ていたら、そのまま手の甲にキスされた。
もうパニックだ。
「えみが信じてくれるまで、毎日毎晩囁こうか。てっとり早いのは身体に教えることだけど、えみはすぐに落ちてしまうから、逆に時間が掛かるかもな」
なんと私の貞操まで差し出せと?
アルクさんはソラより猛獣ですね。
しかもよくわかってらっしゃる。私が男女の関係に漕ぎ着けるまでには、それはそれはとんでもない時間が必要とされることでしょう。
今から考えただけでも気絶出来そうだ。
あまりの恐ろしさにふるふると小さく首を振ると、彼はやっぱりクスクス笑うのだった。
「じゃぁ、少しずつ慣れてもらうしかないな」
膝の上のお皿がさりげなく避けられていた。
あれ? と思った時には、手が後頭部へ差し込まれ、鼻先が触れていた。
「んん?」
大人のそれでは無かったが、角度を変えて何度も唇が合わさった。
「ま、……て……」
いつの間にやらガッツリホールドされてます。息の仕方がわからなくて苦しい。
離れようと試みたが無駄だった。
騎士様の体の造りは私なんかとは全くの別物で、抵抗など無に等しかったのだ。
止めの一撃を受けて、強ばっていた体から力が抜けてしまった。
くたりとアルクさんの胸へともたれ掛かってしまう。
「落ちなかったね。慣れてきたのかな?」
嬉しそうに笑いながら私の体をベッドへと寝かせてくれた。
こんなのに慣れてたまるものですか!
誰でもいいから強靭なハートの作り方を教えて欲しい。
覆い被さるような体勢のアルクさんに、涙目でもう許してくださいと訴えると、手加減しなきゃだったなと、わざわざ頬をひと撫でして解放してくれた。
ひとまずほっとしたが、ばくばくしすぎて心臓が痛い。
このままだと確実に寿命が縮まりそうだ。
アーワルドさんが帰って来てからも忙しさに変わりは無いようで、仕事に戻るとアルクさんは部屋を出て行った。
そんな中でも時間を作って会いに来てくれたのはやっぱり嬉しい。
が、スキンシップが激しすぎるのはいただけない。
ただ、嫌だとは決して思わないのが不思議だった。
その後も完全にベッドから起き上がるタイミングを逃した私の元へ、ハンナさんやルファーくん、ナシュリーさんにアーワルドさんまで心配して様子を見に来てくれた。
メアリがアルクさんとの事をあちこちで言い触らしたらしく、来た人の殆どが冷やかしだった。
驚いたのは、アーワルドさんとナシュリーさんまで他の人と一緒になって冷やかす側に回ったことだった。
年頃をとっくに過ぎた息子に浮いた噂が一つも無いことを、心から心配していたのだそうだ。特にナシュリーさんが。
だからといって、得体の知れない私なんぞにかまけている息子を放っておいていいのか? 止めないの? と、こちらが心配になるのだった。
そんなこんなで屋敷の皆に新しいレシピを教えたり、ナシュリーさんと二人でお茶したり、ソラとワサビちゃんに新作を試食してもらったり、合間にハインヘルトさんに急かされながら王都への準備をしたりしている内に、お屋敷を出るまで後一日と迫った日の午後。
アーワルドさん宛に一件の知らせが入った。
それはアルカン領辺境の小さな村が、魔物の群れに襲われたという最悪の知らせだった。
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