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第1章

18話―私はどうやら災厄の前兆のようです。

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 これは後から聞いた話だが、王宮へ使いを送り三日程で使者をよこすと言うのは、異例中の異例なのだそうだ。
 何しろ王宮へは、フェリシモール王国全土から毎日のように使者が訪れる。それら報告書は順番に処理される為、目を通してもらうまでに最短でも一ヶ月掛かるような計算だった。
 それがこの対応の速さ。
 それにはいくつかの理由があった。

 一つに、アルクさんとフェリシモール王国第二皇子ハワード様が幼馴染であるということ。
 アーワルドさんは若い頃に王宮で騎士として勤めており、幼い頃からアルクさんも出入りしていたのだそうだ。  
 アルクさんとハワード様は歳も同じで学院でも一緒だった為、今ではすっかり悪友なのだそうだ。
 アルクさんがハワード様宛に直接手紙をしたためた為、この異例の速さでの使者訪問となったのである。

 そして一つに、やはり私とソラのことが挙げられる。
 異世界人が現れることが稀な上に、その異世界人が四聖獣であるホルケウと契約を交わしたのだ。王宮に無断で。
 これには流石にハワード様も驚いたようだ。
 精霊と契約するのでさえ、王宮魔術師が何年も掛かって行う大掛かりな一つの儀式となる。
 それが、私のような小娘が?  異世界人って敵対しないだろうね?  本当に契約者なの?  しかも精霊もだなんて嘘だろ?
 という訳で、王宮上層部が天地がひっくり返ったかのような大騒ぎなのだそうだ。


 そういった事情を、今目の前に座ってこちらをガン見している使者、ハインヘルトさんから聞いて、私はブルブルと体を震わせていた。
 とうとう皇子様に目をつけられてしまったようです。
 一庶民の私が命の危険を感じるのは無理もない話だ。

 ここはお屋敷の中でも一番大きな応接室だ。
 呼ばれているのは、領主のアーワルドさん。そして報告書を書いたアルクさんと、事の発端となった私とソラだ。私の肩の定位置にはワサビちゃんも座っている。


「ハワード様より、アルク様には早急に城へ帰城するようにと言付かっております」

 持ち上げられた眼鏡の奥で冷たそうな印象を受ける薄灰色の瞳が、私へと向けられる。 
 
「もちろんえみ様とホルケウ殿にも一緒に来て頂きたい」

 胸に針を刺されたように、チクチクと痛んだ。
 ここを離れる……
 ハンナさんやメアリ、それからライルさんとホーンさん、ルファーくんとお別れすると言うことだ。
 こちらの世界に来てからずっと一緒だった人たちと離れなければならないという事実に、私は動揺を隠せなかった。

「ハインヘルト、もう少し時間をくれないか」

 アルクさんが私の心情を察したように願い出てくれた。
 しかし、その願いは聞き入れては貰えなかった。

「残念ながら、事は急を要するのです」

 アルクさんの顔色が変わるのがわかった。

「どういう事ですか?」

 事情を知らない私は二人を交互にみやった。口を開いたのはハインヘルトさんだ。

「王宮の上層部は一刻も早くえみ様とホルケウ殿が敵対しない事を確認したがっています。何せ相手は伝説の四聖獣。王宮魔術師たちが相手にしている精霊とは次元が違いますので。まず、そちらを黙らせたい」   

 ソラはフフンと鼻を鳴らしている。
 まるで当然だとでも言いたげだ。

「それから、アルク様より気になる情報を頂きまして、ハワード様と共に調べたのです」

「気になる情報?」

 アーワルドさんが眉を寄せた。

「はい。えみ様、というか、異世界からの訪問者があった時期について調べました。すると、今から千年程前にえみ様のように異界から訪れた人物がいたのです」

「千年前だと!?   ……まさか……」

 三人の男性陣の視線が私へと突き刺さる。
 その不穏さに狼狽えてしまった。

「何が…一体何があったのですか?」

 聞くのは怖いが聞かざるを得ない。
 沈黙の後に口を開いたのはソラだった。

「魔族の王がこの世に降臨したのだ」

「……魔…王……?」

「そうです。異世界人が現れてすぐに、魔王が降臨し、フェリシモール王国だけでなく世界が混沌と混乱に陥りました。……もし、えみ様の出現が千年前と同じ意味を持つのであれば、近々魔王の誕生が危惧されます」

 重たい沈黙が部屋中を包んでいた。
 まさか、自分がこの世界の災厄の前兆だったなんて……
 全く思いもしなかった。
 体が急に重くなり、目の前が暗くなっていく。

「えみ!!」

 椅子から崩れそうになったところを、隣に座っていたアルクさんが支えてくれた。

「えみ!  大丈夫か?   すぐにベッドへ――」

「いえ……聞きます最後まで……お願い、アルクさん」

 顔色が悪いと心配されたが、私の意思は固かった。
 きちんと聞かなければならない。そう思った。

「まだ確証はありません。ただ、王国辺境の村や街で、魔物の群れに襲われるという事件がここのところ相次いでいます。それが前兆なのかどうかもまだわかっていませんが、警備体制を整えると共に討伐隊の編成も早急に行わなければなりません。アルク様にもその指揮を取って頂きたいと」

「わかった」

「えみ様にもご協力頂きたいのです」

「わかりました」

 ハインヘルトさんは僅かに表情を動かし、最後にソラへと視線を向けた。

「ホルケウ殿。貴殿のお力もお借りしたい」

 今まで寝そべって聞いていたソラがゆっくりと立ち上がる。
 私の隣へやってくると、お座りの格好になった。

「ひとつ言っておくが、我は人間には関与しない。もちろん魔族に加担する事もない。契約者に害が及ぶ場合は、力を行使する。が、基本的には契約者の生命を守るためだ」

「えみ様以外の命令は聞かないということですよね」

「勘違いしてもらっては困る。そんな事は大前提だ。えみへの害が魔物だけとは限らぬ。えみを使い我を支配しようとする動きがあれば、魔王復活の前に王国が滅びる事になるだろう。心しておくがよい」

 私は事の重大さを改めて思い知る事になった。
 ソラの契約者になるということの意味を。
 国を滅ぼせる力を私は手にしたのだ。それはこの国の人達にとって脅威でしかない。私に全くその気がなかったとしてもだ。
 体から血の気が引いていく。
 指先が冷えていくのがわかった。

「かしこまりました」

 ハインヘルトさんが深々と頭を下げた。

「それともうひとつ。おぬしらはえみを災厄の前兆と思うておるようだが、それは違う」

「え……」

 ソラの言葉に一番驚いたのはきっと私だった。

「魔王復活の兆しに対し、女神が異世界人を召喚するのだ。そもそもが違う。異世界人の持つ『力』はおぬしらにとって大いなる役割を果たすことになるだろう。よって『女神の使者』と言われる」  

「では、えみがいてくれれば、例え魔王が復活したとしても、我々に敗北はないと言うことか」

 アーワルドさんが期待を込めた眼差しをソラに向ける。

「そうは言わぬ。それはおぬしら次第だからだ。ただ、えみの持つ力はそれほどの影響力を持つと言うことだ。後はぬしらで何とかするが良い。もうよいであろう。えみを休ませてやってくれ」

 立ち上がろうとする間もなく、アルクさんに抱きかかえられた。抵抗する力も無かったからそのまま身を任せた。


 部屋の前ではハンナさんとメアリが待っていた。
 使者が訪れ領主様たちと一緒に連れていかれた私を心配してくれていたのだ。
 アルクさんに抱きかかえられた私を見るやいなや慌てて駆け寄ってくる。
 アルクさんが事情を話すと、ハンナさんが部屋のベッドを軽く整えてくれた。
 メアリは水を取りに行ってくれている。
 アルクさんが私をベッドへ降ろし、向き合う位置に座った。

「えみ、すまない。私がソラとの契約を薦めたばかりに、負担を掛けてしまった」

「いえ。アルクさんは最善策を考えてくれただけですから」

 そう。あの時はそうするしかなかった。
 第一決めたのは私だ。
 それに、ソラの言った通りこれからきっとソラの力が必要になる。

「私、自分がここに来た意味を考えていたんです。わかって良かっ、た……」

 頬を熱いものが伝っていた。
 それをきっかけに、張り詰めていたものが一気に溢れ出す。

「えみ……」

 アルクさんが私の体を抱き寄せる。騎士様の胸板は固く、包容力はハンパない。
 抱き締められると安心出来た。

「怖い思いをさせたな。でも、えみの事は私が絶対に守るから。約束する」

 こんなイケメンで素敵な騎士様にこんなことを言ってもらえるだなんて、夢のような話だなと何処か他人事に思えてしまう。
 何か言いたかったが、涙と嗚咽が止まらない。想像以上に心のダメージが大きいようだ。

「えみ…」

 無意識に顔を上げると、アルクさんの親指がそっと涙を拭ってくれた。
 その手がそのままうなじへ添えられた。
 顔に影が落ちてきて、唇に柔らかいものが触れてきた。

「え……と……?」

 何が起こったかわからずに、泣いたせいで真っ赤な目を彼に向けた。
 アルクさんは優しく表情を崩すと、再び顔を寄せてきた。
 ビックリしすぎて半開きだった口にアルクさんのそれが重なった。
 熱い舌が入り込んできて、私のものを絡めとろうと蠢いている。
 キスをされたのだと理解するまでに時間が掛かった。
 わかった途端にポスンと頭から湯気が出た。
 一瞬でKOされた私は、苦笑したアルクさんにベッドへと寝かされたのだった。


 こうして混乱の内に奪われたファーストキスは、いきなり大人のそれで、心にダメージを負っていた私には刺激の強すぎるものだった。
 そして更に、目撃していたメアリは驚きのあまり、水の入ったグラスを水差しごと床にぶちまけ、一緒に目撃していたハンナさんに怒られ、アルクさんの苦笑を誘ったのだった。
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