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第十章・不思議の国のエリィ

76・街へとお出かけ

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 「どなどなどぉな、どぉなぁ~」

 独特の節でそう歌う。あれ?この歌、なんだったっけなぁ…

 「兄さん何?その歌は!」

 自分で歌っておきながらそれに「知らなーい」と答える。
 僕とジェイは今、隣に住むマロリー爺さんに荷馬車を借りて、ガタガタとアジャンタまでの道のりを進んでいる。

 「兄さん大丈夫?お尻、痛くないかなぁ…」

 ジェイがそう心配そうに僕の顔を覗き込む。本当はちょっとお尻が痛い!またまた正直言うと、ちょっとどころじゃないんだけど…だけどそれを言ったら心配されてまうし。

 「大丈夫だよ!慣れればなんて事ないと思う。それにしてもジェイって、何でも出来るんだね?荷馬車を扱えるとは思わなかったよ」

 「そう?馬にだって乗れるけど?もう直ぐ着くから頑張って!アジャンタで一泊して帰ろう。日帰りなんかしちゃったら、兄さんのお尻がズル剥けになっちゃう…。帰りは御者台に分厚い敷物を敷こうね!」

 それに僕は助かったとばかりに頷いたけど、結局自分の存在が足手まといになってる…と複雑な気持ちに。それを微妙に感じたらしいジェイが、気分を変えようと弾んだ声を出す。

 「ほら兄さん!街が見えて来たよ?僕もずっと前からアジャンタに泊まってみたいと思ってたんだ。今は春の収穫祭の季節だし、賑やかだろうね?二人で楽しんで帰ろうね」

 そう微笑むジェイを眺めて、不甲斐ない兄ですまん!と心の中で謝った。だけどもうこうなったら、アジャンタをとことん楽しもう!って思う。お祭りなんて初めてだし、ワクワクする~
 
 ──おやっ?初めて…だったよね?違うんだろうか。

 何故そう思ったのかよく分からないが、取り敢えずは楽しもうとキョロキョロと周りを見渡す。最初は街と言ってもこんなもんか?と思っていたのに、どんどん建物が増えて来る。それで思った以上にアジャンタという街は栄えているのだと分かる。

 「ジェイ…この街って、景気が良さそうだよね?何が盛んなところなんだろう」

 不思議に思って思わずそう聞いていた。それに対する答えは…

 「ここは魔法石が取れるんだよ。割合良質な物だと思う。」

 なるほどと思う。魔法石というのは、どこでも産出されるものではない。ごく少数の鉱山から取れるんだ。だからとっても高い!おまけにその産地で品質のバラつきがあって、高いからといって効果が高い訳じゃないらしい。それでいつも仕入れる時は、品質をかなり重視してるって。

 「そうなのかぁ…それでこんなに賑やかな街なんだね。それでジェイは、いつもこのアジャンタから魔法石を仕入れてるの?隣町だし来やすいといえばそうだけど」

 気になってそう聞いてみる。今は隣の村に住んでいるから買いに来れるけど、王都に住んでいた時は仕入れも大変だったんじゃないか?って思った。それにジェイは、何故か歯切れが悪い答えを繰り返して…

 「あ…ああ!そうだね…アジャンタ…の時もあるし、他の所だって…ロウヘ…とかね」

 うん?って思ったけれど、何か言いにくいことがあるのかも知れない。それほど希少な物を手に入れるって、割合危険なことが伴うのか?と途端に心配になった。だから全く知らない自分が聞いていいものじゃないのかも?と、それ以上は聞かないことにした。それからどんどん賑やかになる町並みを眺めていると…

 「ジェイ!あそこは?やぐらかなぁ。ということは、祭はもしかして今夜かも!?」

 そう弾んだ声を出してジェイを見つめる。それにジェイもキョロキョロとしだした。

 「本当だね?櫓が組んであるし、どうも今日が本祭のようだ!夜祭がありそうだし、早く用事を済ませておこうか?」

 それには顔を見合わせ、アハハハっと笑う。やがて仕入れ先に頼んであった宿屋に着き、部屋に入って汗をサッと流した。たらいに張った湯に入ると、ビリッ!とお尻に痛みが走る。

 ──し、尻が痛え!滲みる~
 
 何とか身体を洗って、それからヨロヨロと洗面所から出てくる。すると先に行水を終えていたジェイが、心配で僕の方へと走り寄ってくる。

 「兄さん…やっぱり荷馬車でここまでは無理だったね?せめて乗り合い馬車を利用していたら良かったな…ごめん!」

 「僕は大丈夫!痛いのは今だけだよ…一晩寝たら治るって。荷馬車だって慣れたら全然平気だから。それに魔法石なんて高価な物を持って、乗り合い馬車なんて危ないし!次は敷物をしっかり準備するからねっ?」

 お尻と腰を擦りながらそう言って、何事も気合いだ!と心を奮い立たせる。それから宿屋の一階まで降りて、軽く食事を取った。そして宿屋を出て、魔法石を売る商会へと歩いて出掛ける。宿から程近い場所にその商会はあって…

 「いらっしゃいませ!」

 扉をギッと開けるなり元気な声が聞こえてくる。それにはちょっと、おっかなびっくりで…

 ラーメン屋かよ?そうツッコんだ。うん…?ラーメン屋…ツッコむ?
 たまに僕って、何者なんだろうって思う。なんだか分からないけど、頭の中に意識が何重にもある感じ?他の人達が知らない料理のこともそうだけど、もしかして僕って違う世界からきたのか!?
 だけどそれは、きっと今は答えが出ないんだ。だからなぁ…ほんの少しでも記憶が戻らないかな?って…
 そんなことを思いながらもにこやかに笑って、ジェイの後から店にと入る。

 「おや?もしかして、ジェイのお兄さんかい?」

 そう声を掛けられて、バッと前を見る。そこには意外にも若い男の人が立っていて。

 「はいそうです。ジェイの兄なんです。お初にお目にかかります!」

 そう丁寧に返したのは、目の前の人が僕らとは違うと判断したからだ。砕けた口調とは違って、身なりかきちんとしている。この人はきっと、貴族だ…それも、かなり上位貴族なんじゃないかな?なんだかそう思った。

 「なんだ…分かっちゃった感じ?初めまして!俺はルーカス・マルドゥ。このアジャンタの領主をやってるマルドゥ伯爵家の次男だよ?」

 そう言いながら、何故か僕にとウインクを飛ばす。軽っ!何だこの軽薄そうな貴族は…!そう驚く。僕は驚き過ぎて、そういうルーカスの鮮やかな青い瞳を、目を離せずいつまでも見ていた。

 
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