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第十章・不思議の国のエリィ

75・二人の暮らし

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 「へぇ…兄さん、それ何ていう料理?見たことないけど」

 いつの間にか料理をする僕の後ろにジェイが立っている。不思議そうな顔で見ているジェイに、これ知らないの?って思うが、これもやっぱりここでは存在しない料理なのかも知れないなと思う。

 「この料理はローストビーフと言って、牛肉を塊のまま蒸し焼きにするんだ。絶対に美味しいから待っててね!」

 ジェイは、ふうーん凄い!と関心したような声を出し嬉しそうな顔をする。それにちょっと笑ってしまったが、一番食べ盛りな年齢だからバランス良く食べて欲しいんだよなぁって思う。だから僕のレシピは野菜も一緒に摂れるものになっているんだ。そう思って、あっ!と突然思いだしてジェイに頼んだ。

 「ジェイ、悪いけど庭からローズマリーを摘んで来てくれない?それとホースラディッシュも根ごと引き抜いてきて!」

 そのお願いにジェイは、「分かった!」と返事して、庭へと出て行く。最近僕は少しでも家計の足しになるかと、野菜やハーブなどを庭で栽培している。あんまり広くない庭だから、数が限られているんだけどね~どこか畑を貸して貰おうかな?そう出来たら、もう少し節約出来そうだ。

 今、僕達の収入はジェイ一人の肩にかかっている。兄として凄く恥ずかしいし、申し訳ない気持ちで一杯なんだけど、取り敢えずはたまに疼く頭の傷を治すことと、記憶を取り戻すことを最優先にしている。平民の僕達は学校に行くことはないが、ジェイは…何ていうか天才なんだ!もしも貴族だったなら良かったのに…そう心の底から思う。それか裕福な平民で、学校に通わせてあげられたら、どれだけ嬉しいだろう?

 ジェイはまだ十七歳だというのに、魔法石を使って魔道具を造る職人をしている。それだけの才能があるけれど、こんな田舎に住んでいるし有力なギルドにも加入していないジェイは、どれだけ造っても満足する収入は得られない。
 だけど、兄弟二人が暮らしていく分には充分なんだけどね。だから尚更手に職もない自分が、不甲斐なくてしょうがない。だからね、僕の唯一の特技の料理を活かせないか?って時々考える。それにはやっぱり、王都に出ないと!ここでの暮らしは満足してるけど、ジェイを助ける為にはそれが必要かな?って思っているんだ。料理でいくらか稼げれば、学校にだって通わせられるかも?って…

 そうこう考えている間に下準備が終わって、肉、野菜を並べたオーブン皿をオーブンへと入れる。これで後は焼き上がりを待つだけ!そうして一息ついた僕は、ジェイはどうしているかな?って工房として利用している離れの建物へと向かう。

 元々庭の一画にあった納屋、それを改装して工房にしてある。僕は家の中でやっては?って言ったんだけど、ジェイはそれでは音が煩いだろうから…って。そのくらい我慢出来るんだけどなぁ。

 「ジェイ、入るよ?」

 ノックと共にそう声を掛けて、工房の扉を開ける。すると目の前には沢山の工具や、乱雑に置かれた設計図、そして大切にケースに仕舞われた魔法石が目に飛び込んで来た。

 「兄さん、夕飯出来たの?もう少し待って!これをある程度組み立ててから…」

 「いいや!まだ大丈夫だから。あと半時ほどかかるよ。それにしてもこの魔法石というのは綺麗だね~」

 そう言って、透明のケースに収められた魔法石を眺める。オレンジや青、黄色に眩しく光る石だ。これが色によっていろんな効果を発揮する道具が作れるなんて、不思議だよね?
 
 「今は何を作ってるのかな。これは…チェーン?」

  見ると、細いチェーンを繋ぐスクラブの部分に黄色の魔法石を埋め込んでいる。こんなアクセサリーに魔道具なんて!と思っていると…

 「これはね、切れないチェーンになるんだ。もしも切れたとしても新たに繋がるように設計されている。これだったら大切な物を通しておいても、安心だろ?落とす心配はないし」

 そう説明を受けて、なるほど!という気持ちと同時に、何か聞いたことがあるかも?という不思議な感覚になる。この僕が魔道具のことなんて知ることなんて無いはずだけど…もしかして、二度目なのかも。同じことをまた聞いちゃったのかな?そう思って、ジェイには沢山苦労を掛けているんだと反省する。きっと、また?と思っていても初めてかのようにまた説明してくれるんだろうなぁ。そう苦い思いを抱いていると、あっ!と気付た。

 「オーブン見てこなきゃ!もう少ししたら母屋に戻ってきてね。夕食にするから」

 そう言って慌てて戻る僕。母屋に入ると、凄く美味しそうな匂いが立ち込めている。それでオーブンから出してみると…

 「うわ!完璧~僕って天才かも?」

 焼色のついた塊肉からは、透き通った肉汁が出ている。これが丁度よい焼き具合の合図だ!
 肉だけを取り出し、ぐるぐる巻きにした糸を取り去ってうすーく切ってみる。すると中心に赤身の部分も程良く残った、見た目も美味しそうに出来上がる。スッスッと端まで切っていき、皿に綺麗に盛り付ける。それからこんがりと焼けたジャガイモやニンジンも飾って、オーブン皿に残った肉汁でソースを作る。それにジェイに抜いてきてもらったホースラディッシュの根をすりおろして添えれば…出来上がりだ!
 ちょうどその時、ジェイが工房から戻ってくる。そして鼻をくんくんさせながら…

 「兄さん物凄く良い香りだね!あーあ、お腹減った~」

 「頭を沢山使った後は、美味しい物を食べるに限る!どうぞ召し上がれっ」

 柔らかなお肉にピリッとしたホースラディッシュをほんの少し乗せて、グレービーソースを絡めながら食べる。すると…もーう!絶品だ。

 「な、なんだこれは!今まで食べた肉料理の中で一番美味しいよ」

 そう驚くジェイ。その皿からどんどん肉が口へと運ばれていくのを眺めて、満足気にフフッと微笑んだ。

 「だろ?お肉も美味しいけど、ちょっとワインを効かせたソースも合うよね~。野菜もソースに絡めて食べてみて!とっても美味しいから。それからパンも!」

 二人共あっという間に平らげて、お腹一杯!って一息ついた。僕は食後のお茶を淹れて、ジェイへと差し出す。

 「ありがとう兄さん。それから明日なんだけど、魔法石のストックがなくなりそうなんだ…。だから街まで行こうと思うんだけど、兄さんはどうする?」

 そう聞かれてちょっと迷う。この土地ルグル村にやって来てそろそろ半年。来た時は秋だったが、それから冬が来て今は春だ。その間ずっと村から出ることが無かったんだけど…それで返事を躊躇してしまった。だけど僕は決めた!ここに閉じ籠もっていても、何も始まらないから。それで…

 「うん、僕も行く!街まで行ってみたいと思うんだ」

 そう返事をしてジェイを見つめる。だけど、そう言い出した筈のジェイは、何故か複雑そうな表情をしていた。うん…なんで?そう不思議そうにしていると…

 「ごめん、ごめん!意外な返事が返ってきたから…いいんだ!少しは村から出てみた方が気晴らしになるかも知れないよね?じゃあ明日、隣街のアジャンタまで行こうか。アジャンタはマルドゥ伯爵家の領地だよ」

 ジェイからそう言われて、ほんの少し心に引っ掛かる。大したことはないんだけど、マルドゥ?何だったかなぁ…と気にかかった。そうは思うが、それ以上に思い浮かぶこともないけど…

 「明日、マルドゥ…」

 そう呟いた僕は、自分の記憶の根底にある、不思議の国を探ろうとしていた…

 
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