太陽の向こう側

しのはらかぐや

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1章 結成

5.強引な勧誘

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案内人だった男に連れられて辿り着いたのは賑やかな街からさらに裏へ入った官能的で大人な通りだった。
追手から逃げ回っているうちにツェントルムの中央へと戻ってきていたようだ。
陽はすっかり傾いて断末魔をあげ、恐ろしいまでの赤さで空をいっぱいに染めている。
今日の宿の当てすらない莉音りおんはいい加減この意味不明な状況から抜け出したかったが、有無を言わせぬ様子とおそらく逃げきれないであろう男の足の速さに怯えてただ従ってついて行った。
刻々と暮れていく気配の中でネオンの光が点灯する。

「俺はこのあたりで相棒と待ち合わせてんねん」

「相棒…?」

男はゆっくりとガウの横を歩きながらひとつひとつ店を見て、やがて到達した最奥の広場の前で立ち止まった。

「降りて、ガウをくくっといて」

「あ…はい…」

その広場のさらに奥にはどこよりも派手な店があった。その通りで一番大きく、一番煌びやかな店である。
他の店が道に直接面して所狭しと建っているのに対してここだけが大きな広場と噴水があり、端には馬車や騎乗用のペットを休ませておく空間まである。

「聖女さんその格好で入れるやろか?」

「え、旅装束ではダメですか?わたくし、これしか手持ちがなく…」

確かに莉音の目でもはっきり映るほど多彩な光に照らされて圧倒されるほど豪華で明らかに場違いだ。
それならば解放してくれればいいのにと猫人の男を見上げるが、男は手を引いて楽観的に細かい装飾がついたドアの前まで莉音を連れていく。
ドアの横にはもう一人男が建っていた。

「あ~たての~ん!」

猫人はその男に馴れ馴れしく声をかける。
待ち合わせていた相棒というのはこの男のことのようだ。

「遅い。日暮れの前だといっただろう」

猫人よりも少し背の低いその男は面倒そうに舌打ちをする。
全身を硬そうなプレートで身を包んでいるが体つきはしなやかでお世辞にもがっちりしているとはいえず、タンク職には見えない。
機動力が落ちるプレートをタンク職以外が着るというのはあまりないことだが戦士か何かだと思われた。
男はふと猫人の後ろに隠れるように立っていた莉音に気付いて思い切り顔をしかめた。

「…おい、ネコ。なんだそのちびっ子は」

「え?えーっと、あれ?名前なんやっけ?」

男に睨まれても猫人はどこ吹く風で嬉しそうに笑って莉音の背中を押す。
莉音は男の耳が少しだけ尖っていることに気がついて怯えながら一礼した。

「り…莉音、と、申します…ドワーフ村の…聖女、です…」

「ドワーフ?」

案の定男は虫ケラを見る目で莉音のことを見た。
街で見かけたエルフほど透き通るような美しさや派手さは持ち合わせていないが、少し尖ったヒューマンより大きな耳は彼がエルフであること、同時にドワーフが嫌いなことを示すに十分すぎる情報を有していた。

「俺も名前まだやったなぁ。アルアスルっていうねん。よろしくな、莉音ちゃん」

アルアスルと名乗った猫人だけが空気も読まずに愉快そうだ。

「こいつはたてのり!エルフっちゃエルフやけどヒューマンとのハーフやからそんなに怯えんで大丈夫やで」

そうアルアスルに紹介されても、この絶対零度の視線のどこが大丈夫なのかわからない。
エルフの高貴さに圧倒されドワーフとして染み付いた体が気を抜けば勝手に平伏しそうだった。

「たてのんさ、パーティ組むんやったらもっと戦力か回復が欲しいて言うてたやん?やから借り作って回復連れてきたで」

「え!?」

莉音とたてのりの声が思わず被る。誰も聞いていなかった情報である。
つまりアルアスルは莉音をパーティの一員に加えて仲間にするために連れてきたのだ。
パーティといってもピンからキリまで多種多様だが、基本的には魔獣や敵対勢力と戦うことを主とした任意のエリート職業集団である。
仲間である以上は連携が必要で、昼夜も共に過ごす本当の信頼関係が必要な存在だ。加入にも厳格な審査等があるのが普通だと聞いている。

「聞いてへんで!?」

莉音は横目で何度もたてのりの様子を伺いながらアルアスルの袖を引いて抗議した。
たてのりの食い入るような目線が怖い。

「まぁ詳しい話は中でしよや!ここ、すごい美人揃いで酒もうまいねんて。王家御用達やで」

アルアスルは故意なのか無意識なのか二人を完全に無視して店のドアを開けた。
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