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1章 結成
4.盗まれたのは
しおりを挟む案内人は皆目立つ色の腕章をつけている.色を頼りに莉音は一番近くにいた猫人の袖を引いた。
「あのー、すみません。わたくし、目が弱くって。一緒に選んでいただけませんか」
「えっ!?あ、あー…はい…」
妙に歯切れの悪い猫人は少し困っている様子だったが、前に立って案内してくれた。
目の前をふわふわとした尻尾が緩やかに行ったり来たりを繰り返す。
「この子は?」
「あ~えぇっと。ベルクククス、山奥に住む狐の一種です」
「狐!随分かいらしなぁ」
ホールにいる動物は何百と種類があり、ひとつひとつを目を凝らして一日で見て回るのは難しそうだった。
案内人をいつまでも捕まえておくのも忍びない。莉音は案内人を見上げて首を傾げた。
「あの、ドワーフにおすすめの生き物はいませんか?」
「え~っと、小さいという意味で?」
「そう、ですね…足が速いとありがたいんですが…」
案内人は辺りを見回してなるべく小さい生き物を探しているようだった。
そのうち手を引かれて連れていかれたのはどれだけじっくりと見ても見たこともない生物の前だ。
「この…生き物は?」
「ガウッ!」
「えっと…あの…えーっと…そう、ガウ。ガウという…生き物です」
確かにガウガウと鳴いている。ドワーフに向けたものかはわからないが背はちょうど案内人くらいの高さしかない乗り物にしては小型の生物だ。
二足歩行に特化したウサギのようにも見えるが手は小さく、耳もロバくらいしかない短さだ。全身をもふもふとした毛で覆われ黒い鼻が中心で動いている。
「ガウは足が速いですか?」
「まぁ…はい。多分…」
案内人は新しく配属されたばかりなのかあまり生物に詳しくはないようだ。
しかし、ガウは莉音に擦り寄ってもふもふの毛を存分に使い甘えている。随分人懐っこい生物のようだ。
妙に愛着が湧いた莉音はこれ以上探すのも疲れたという理由もあってガウを引き取ることに決めた。
「この子にします。何で引き換えられますか?」
「……引き換え?」
「えぇ。宝石ですか?珍しい陶器なども持ってきましたが…」
「いや、あの、金貨170ですけど…」
案内人はガウの下に置いてある札を莉音に見せた。確かに金貨170と書かれている。
「金貨って金塊のことですか?170…は重さですか…?すぐに加工しますが」
「金塊!?もしかしてあんた、貨幣制度知らへんのか!?」
ツェントルムの街ではもちろん貨幣での売買が成立する。金貨、銀貨、銅貨の種類がある貨幣を利用するのだ。
しかし、自分が生活に使うものは自分で作ることが基本のドワーフ村では物々交換が主流である。
莉音は特に教会からも出たことがなく、貨幣制度を知らないばかりか持ち合わせてもいなかった。
「か…カヘイ?すみません、そういったものは持っておらず…」
「はぁ…」
案内人は困ったように頭を掻く。そしてしばらく考える素振りを見せると今度は妙に周囲を気にして見回し、しゃがみ込んで莉音と目線を合わせて小声で囁く。
「あんた、シスターやろ?回復はできる?クエストは?」
ようやく見えた案内人の顔は思いの外整っていてあまり商人らしい風貌ではない。
金のよく輝く星屑の瞳が薄い橙かかった前髪の隙間からやけに印象的に覗いていた。
「え…?えっと、目がこれなのでクエストや戦いなどは…回復はできますが…」
「ならいいわ。貸しにしとくでな」
案内人は急にいやらしく笑うと莉音をいきなり担ぎ上げ、鞍すらつけていないガウに乗せた。
「えっ?何?うわぁ!」
「しっかりつかまっときいや、聖女さん!」
案内人はガウの体を持って手を高く上げる。
「白兎天!」
声高に叫んだ瞬間、案内人の足元が軋んだ音を立て床が割れて砕け散った。
異変に気付いた他の商人たちが慌てて駆け寄ってくる。
「盗賊アルだ!!」
「捕まえろ、逃すな!」
口々に叫ぶ商人でホール内は怒号と悲鳴でパニックになった。
そんな様子を嘲笑って案内人は高い天井までガウを莉音ごと抱えて跳び上がる。凄まじい重力が一気に体に押し寄せ、続いて天井を突き破る衝撃が立て続けに襲ってきて莉音とガウは目を白黒させた。
「ヒュ~ウ~!」
案内人は重力など感じていないかのように慣れた様子でふわりと外に降り立ち、ガウを隣にそっと下ろした。
まだすぐ近くで叫ぶ声が聞こえる。
「おい、ガウ走れ!」
「ガウッ、ガウッ!」
「はぁ?ガウやない!?えぇから走れ!」
いきなりの跳躍や浮遊感に思考が停止してしまいただガウに掴まることしかできない莉音をよそに案内人とガウは何やら言い争っている。
しかし、いよいよ追っ手の声が大きくなりガウは渋々走り出した。
「あれ!?ガウくん!あの人は!?」
瞬間的に遠かった案内人を心配して莉音は後ろを振り返る。
一体何が起こったのかはわからないが、とにかく彼が悪人だということだけが判明している。あのままその場に置いておけば捕まってしまうだろう。ろくな説明もなくそれは困る。
しかし、心配された当の本人は平気そうな顔で隣を並走していた。
「どこ見とんねん」
「あれぇ!?」
もはや何が何だかわからない。
「なーんやお前、遅いなぁ!」
「ガウ!ガウッ!」
人とは思えない速さで走りながら謎の生物と口論する案内人だったはずの男を見て、莉音はとりあえず考えるのをやめた。
都会には様々な人がいるものだと結論だけを出した。
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