太陽の向こう側

しのはらかぐや

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1章 結成

6.酒場の出会い

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眩い光が瞳いっぱいに映り、次いで楽し気な笑い声と甘い香りが鼻孔をくすぐった。
耳をつんざくような楽器の音に合わせて光や影がくるくると踊る。村の収穫祭よりも煌びやかな夜の世界がそこにはあった。

「あっ、遅いぞお前ら!」

前方の賑わいからこちらに向かって呼びかける声が聞こえた。たてのりはようやく莉音から視線を外して声の方へと歩き出す。
莉音りおんもアルアスルに背中を押されてそれに続いた。

「メインのパフォーマンスに間に合わへんかと思ったで」

そこには椅子に座っていても莉音を見下ろすほどの大男がいた。
その辺りの男性に比べても遥かに発達した筋肉と後ろに伸ばした黒髪をちょこんと結った色気のある雰囲気に堀の深い整った面立ち、いかにも女が放ってはおかないような男だ。
彼は愉快そうに笑いながら持っていた瓶をたてのりに渡し、ふと下を見て驚いた声を上げる。

「え?ドワーフ?なんでこんなところにおるんや?」

たてのりが瓶の酒をアルアスルまで回しながら莉音を一瞥いちべつして口を開く。

「ドワーフ村の聖女莉音!回復役の子として俺が連れてきたねん!」

余計なことを言いそうな気配を察知したアルアスルがすぐさま反応してたてのりは口を閉じた。
大男は莉音のことを頭の先から足の先まで舐めるように見て、その薄い瞳に眉をひそめる。

「まさかアル、またその子ペットごと盗んできたんとちゃうやろな?この間の子はええとこのお嬢さんで大変なことになったやろうが」

アルアスルは焦ったように尻尾を忙しなく動かして口笛など吹いて誤魔化す。
莉音はなんとなく状況を理解してやっと笑った。人手が不足しているパーティに手癖の悪い男が混じっていて、人を攫っては無理にパーティに加入させているのだろう。
大泥棒の人攫いという極悪人かもしれないと怯えていたが、大男の前でアルアスルはまさしく借りてきた猫だ。
大男は呆れたようにため息をつくと莉音を抱え上げて空いていた椅子に座らせた。

「莉音、ごめんなぁ急なことでびっくりしたやろ。俺はタスク。こう見えても同じドワーフやねんで。亜種やから村には居れへんくて街に奉公に出て暮らしてるんやけど…」

途端に莉音の表情がパッと明るくなる。
安堵と興奮が混じった様子で薄い水色の瞳がキラキラと輝いた。

「そうなん?こんな大きいドワーフ初めて見たわぁ!確かに腕とか職人さんのやなぁ」

「そうやで。街では武器職人してたんやで。今はこのパーティにおるからもっぱらこいつらの武器作ったり直したりやけど…ほんまに人手が足りてへんねんなぁ」

タスクは大きくため息をついてアルアスルとたてのりに目配せをする。
ふたりはそそくさと席について大人しくタスクと莉音のやり取りを見守る。

「莉音ちゃんさえ良ければやねんけど、こんな縁とはいえ縁は縁や。その…大使様やろ?莉音ちゃんは」

「あ…ほうなんよ…今年行くはずやったマザーが倒れられて…」

タスクは少しだけ哀れみを蓄えた目で莉音を見つめる。
街へ出てからドワーフの聖女はたまにだけ見かけるようになった。ドワーフ村で暮らしていた幼少期には純粋に祈りを信じていて気が付かなかったが、街で様々なことを知るうちにあれは口減らしだったと気がついた。
奴隷身分のドワーフ、しかも聖女という親もなく箱入りに育った一人の娘が一人で生きていけるはずがない。

「それやったら、俺らと来んか?俺らも助かるし、莉音ちゃんにとってもいいと思うんや」

タスクの提案に莉音はしばらく考える。
たてのりを一瞥してその鋭い目線に足がすくむが、気付いたアルアスルがすぐにたてのりの目を隠した。

「…その…じゃあ、ご一緒させてもらえたら…」

たてのりの纏う温度が凍りつく。

「まぁまぁ、たてのりもそんな怖い顔すんなや。俺もドワーフっちゃドワーフやで?莉音、ありがとう。こいつツンデレでムッツリスケベなだけやから…すぐ慣れるわ」

タスクは莉音を歓迎すると手を出して握手する。たてのりの目を隠しながらアルは尻尾をピンと立てて嬉しそうだ。
莉音の顔が思わず綻ぶ。教会では最年長だといえどもまだ世を知らない未熟な笑顔がそこに映る。
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