年下上司の愛が重すぎる!

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15話

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神野さんの言った通り、土日は人が多かったが、それを過ぎればすぐに人の波は落ち着いた。
それから一週間程が経ったが、幽霊を一度も見ることなく、怖いくらい平穏な日々が続いている。

そして、トラウマを克服するために触られる事に慣れる練習も続けている、のだが.....。


どうしてこうなった。


俺は今、佐原の膝の上に座っている。
それも、向かい合って。

いや、自業自得でもあるのだが。
....ここに至るまでの経緯はこうだ。

初めて同居した日からずっと、俺よりも佐原の方が早くギブアップしてしまうので、練習にならないと思った俺は、佐原がギブアップするのを禁止した。

佐原は少し渋ってはいたが、納得して今日の練習を再開した。
のだが、触り始めてすぐ「あの....、すぐに逃げれないように膝の上に乗ってくれませんか....?あと、単純に触りづらくて....」と言ったのだ。

何言ってんだこいつ、と思ったものの、一理ある、とも思ってしまった。俺のバカ。
あまり深く考えずに了承してしまい、立ち上がった瞬間に腕を引かれ、佐原の上に倒れ込んだ。


で、この状況だ。


「ま、待て...、俺は後ろ向きだと思って許可を....」

「後ろ向きだと顔が見えないじゃないですか」

だからってこれはおかしいだろ!!ちょっと...いや、かなり恥ずかしいんだが!?

「嫌ならちゃんと言ってください。.....じゃないと勘違いしそうになる」

後半はほとんど消え入りそうな声で、ぼそりと呟かれた。近かったから聞き取れたようなものだ。

「勘違い.....?.....っ!」

どういうことか聞こうとしたが、突然尻を掴まれて息を飲む。
今までは腕や足ばかりで慎重すぎる程だったから、てっきり今回も背中や肩を触って終わりだと思っていたのに。

性急な触り方に身体が強張る。
だが、本来このくらいでないと意味がない。
ぎり、と奥歯を噛んで耐える。佐原の肩に置いていた手にも、自然と力が入った。

「.......無理は、しないでくださいね」

その声があまりにも弱々しくて、思わず顔を上げると辛そうに歪んだ顔が目に入った。

なんで、そんな———。

もしかして、俺はかなり酷なことを頼んでいるんじゃないだろうか。
好きな人はできたことがないのでよくわからないが、要するに父や母に嫌がることをしなきゃいけないのと同じようことだよな?俺なら絶対に嫌だ。
佐原だって最初は嫌がっていたし、やっぱりやめた方がいいんじゃないだろうか。

「さ、佐原...、やっぱりやめよう。もういいから.....」

「...ああ、また顔に出ちゃってました?すみません。けど俺は大丈夫なんで」

「そんな顔してどこが大丈夫なんだよっ。いいから離せっ」

「俺は、姫崎さんの意思を尊重したいんです。俺の意思なんかよりずっと」

あまりにも優しい顔で微笑まれ、より一層疑問が湧く。

「なんで、そこまで......」

「好きだから、じゃ駄目ですか?」

「っ!」

そ、そもそもそこも疑問だわっ!ついこの間まで話したこともなかったのに、どうしてそれ程まで想えるのか。どうせお前も——

「——顔が好きなだけなんだろ」

「え.....?」

しまった。声に出すつもりはなかったのに。これじゃあまるで俺が拗ねてるみたいに聞こえるじゃないか。勘弁してくれ。

「っなんでもない。今日はもうやめるから離せ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!俺は別に姫崎さんの顔だけを好きになったわけじゃないですよ!?」

「....もういいって言ってるだろ」

口ではなんとでも言える。

「良くないです!」

無理矢理降りようとした俺の腕と腰を掴んで阻止された。

「はっ、離せ...!」

「嫌です」

拒否を許さないようかのような物言いと、力だ。膝の上だということもあって思ったように抵抗できない。

「離したらに逃げるでしょう?」

言い切るような言い方に、少しイラっとする。

「チッ....。逃げないから離せ。だいたいこの格好がおかしいだろ」

あきからに、確かに、という表情をしたのになかなか離してくれない。おい、と促すと渋々顔で絶対逃げないでくださいね、と念を押され腰に回されていた手が離れた。ようやく膝の上から降りられてほっとするが、未だ右手は離してくれない。

「手は....このままじゃ駄目ですか....?」

「は?逃げないつってんだろ」

「疑ってるわけじゃないんです...!ただ....、触れていたくて....」

.........こ、こいつはまたなんの恥ずかしげもなく.....!
しゅんとして上目遣いで見られると、毒気を抜かれる。
はぁ、とため息をついて隣に座った。

「......言ってなかったですけど、姫崎さんに会ったの、高校の時が初めてじゃなかったんです」

「え.....?」

「俺、5、6歳の時、幽霊に取り憑かれたことがあって....」

「!?」

「でも両親は視える人じゃなくて、俺も小さかったんで幽霊とか全然わかってなかったんです。寝れない原因調べるためにいろいろ病院回ってくれたんですけど全然わかんなくて、精神病院にも行ったんです」

精神病院って....。まさか.....。

「そこで俺、なんか大人ばっかで怖くなっちゃって、病院の隅っこで泣いてたんです。....その時声かけてくれたのが姫崎さんで」

まじか....。

「見ず知らずの俺の話をずっと聞いててくれて、あまつさえ除霊までしてくれて」

うん....。確かにいたな。そんな奴。だけどあれは、自分の作った札が正常に働くかどうか確認したかっただけだ。そんないい人みたいに語られても困るんだが....。

「......よく、俺だってわかったな....」

「最後に笑ってくれたんですよ。頭くしゃくしゃって撫でてくれて。その時の笑顔がずっと頭に残ってて、すぐにわかりました」

......俺、笑ったっけ.....?.....確か成功して嬉しかったのは覚えてるが....。——って!やっぱ顔じゃねえか!

「確かに、その...綺麗だと思ったのも事実ですけど、優しい人だなぁって」

手首を掴んでいた手が手の甲へと下りていく。

「.....言っておくが、あれはお前を助けるためにやったわけじゃないぞ。ちゃんと祓えるか試したかっただけで——」

「覚えててくれたんですかっ?」

「え?あ、ああ。佐原だってことは知らなかったが...」

「それでも嬉しいです!」

やっぱりこいつに笑顔を向けられると少し罪悪感が湧いてくる。覚えてなかった俺が悪いみたいじゃないか。

「じゃなくて!それはいいから!」

「?」

何を聞かれているのかわからないのか、きょとんとした顔で首を傾げた。

「だから、お前を助けるためにやったわけじゃないつってんの」

「それがどうかしましたか?」

どうかしましたかって!話の主旨覚えてねえだろ!こいつ!

「俺はお前が思ってる程優しくないってことだよ」

「なんでです?」

「なんでって....」

こいつ話すら聞いてなかったのか!?
もう一度説明するのも面倒で、もういい、と話を畳もうとしたとき、先に佐原が口を開いた。

「祓ってくれた理由なんて関係ないです。だって姫崎さんが助けてくれたことに変わりないじゃないですか。それに、試したかっただけなら俺の話なんて聞かなくてもよかったですよね?」

どうやら覚えていないわけでも、聞いていなかったわけでもなく、ただ単純に疑問に思っただけらしい。
佐原の言っている事はわからなくもない。....だが、俺のことを聖人君子だとでも思ってないか....?
たったそれだけの出来事で優しいとか言われても、反応に困る。はっきりと覚えていないから余計だ。

「あの時のことだけで優しいって言ってるわけじゃないですよ?」

俺の考えを見透かしたような発言に、少しドキリとした。

「下位式神しか使役できないってわかった時に言ってくれた言葉も、自分の所為にするなって言ってくれた事も、優しいなって思ってました」

自分でも何を言ったかなんて覚えていないのに、佐原はそんな事まで覚えているんだろうか。
....俺はもう少し自分の言葉に責任を持った方がいいかもしれない。

「優しいところだけじゃないですよ?仕事に対する姿勢とかかっこいいと思いますし、自分に厳しいとことかも...あ、でも厳しすぎるのはどうかと思いますけど、でもそういうところも含めて、好きなんです」

重ねられている手が、熱い。
ここまで真っ直ぐに想いを伝えられたことはなかった。
心臓が、いつもより早く動いている気がする。
それを悟られたくなくて、目を逸らした。すると、重ねられていた手にきゅっと力が込もる。

「姫崎さんのこと、知るたびに好きになってます」

「も、もういい....」

恥ずかしいとかないのか、こいつには。

「ちゃんと顔だけじゃないってわかってくれましたか?誤解されたままじゃ——」

「わかった!わかったからもういいって!」

尚も言葉を続ける佐原を慌てて止めると、なぜか嬉しそうに微笑んだ。

「よかった。....どうしますか?続けます?」

手の甲をさらりと撫でられただけなのに、敏感に反応してしまう。

「いや、今日はもういい」

なんだか怖くなったので、今日はこれで終わりにした。
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