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第四章

第78話 合流

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 飛行機を降りボーディングブリッジを抜けると、広い待合室ロビーに出た。

 一旦手荷物をロビーの椅子に置くと、長時間座りっぱなしのバッキバキの身体を伸ばすため、とりあえずおもいっきりググッと伸びをする。


「くぁー!キモチー!!!」


 大量に取り込んだ酸素で頭がシャッキリしてくる。
 今度はその酸素を身体中に巡らせるために、屈伸、伸脚、その場足踏みダッシュなど…軽くストレッチをしていると、痺れを切らせた兄はロビーの椅子に腰掛けたままジト目で俺を見て言う。


「まだですかねぇ。ていうか、さすが脳筋運動部。本格的過ぎて軽く引くわ。」

「……あ、ゴメンナサイ。」


 止められなければ軽く30分はやっていたであろうストレッチをピタリと止めて、兄の手から荷物を受け取ると、俺達は入国審査場へ向かった。

 卒業旅行や修学旅行などが多いこの時期は特に混み合うようで、審査場に着くと、どのゲートも待ち列は長蛇の列で人がごった返していた。

 物珍しさから辺りを見回していると、ふと右側のレーンは流れが早く、しかもそれほど待ち列がない事に気が付く。
 何でだろう?と不思議に思いつつ、流れていく人の波を呆然と眺めていると、ふいに兄が言った。


「あっちは再入国のカウンターだから流れも速いんだよ。」


 再入国?
 ていうか口に出した訳でもないのに何故?

 聞き慣れない単語と兄のエスパーに俺の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 兄はそんな俺の表情をみて、あぁ、と呟くと少し考えてから補足した。


「そうだな、テーマパークの入園・再入園と同じ原理だよ。新規で入る人は多いし手荷物検査から何からかなり並ぶけど、一旦出て戻ってくる人はそんなに多くないし、簡易だからササッと入れるでしょ?アレと同じ。」


 あぁ、なるほど。
 わかり易い説明に感心していると、兄はくつくつと喉を鳴らして笑いだした。

 何だよ。人が折角感心してたのに。

 何に笑っているかわからないが、多分俺の事だろうなと予少しばかりムッとしていると、列が大きく進み俺の番となった。

 パスポートとボーディングパスの確認と滞在期間と目的を聞かれ、あっという間に入国審査完了。

 呆気なさ過ぎて逆にちょっぴり不安になったが、兄はそんなもんだよ、と笑い飛ばしてきたので、俺もまいっか、と気持ちを切り替えた。

 そのまま順路を進みバゲージクレームで荷物を受取ると、最後に税関・検疫で申告書を提出して、自動ドアの出口を抜けると直ぐに到着ロビーに出た。

 目の前には沢山の出迎えの人達で長い人垣が出来ていて、とりあえずおじさんの姿をざっと目視確認する。

 西洋人が多いと思っていたが、意外に髪の黒いアジア人が多くて吃驚した。


「へぇ、さすがバンクーバー。アジア人移民が多いって聞いてたけど、これじゃなかなか見つけるの大変そうだなぁ。」


 隣で兄はぼそりと独り言ちると、人垣の中をおじさんの姿を探してキョロキョロと視線を動かした。


「お~い聖く~ん、渉く~ん。」


 ふと、遠くから俺らを呼ぶ声が聞こえて、ぐるりと見回すと、漸く長い人垣の遠く端っこに、ヨレヨレしたおじさんの姿を捉えた。

 手を振るおじさんの近くに向かっていくと、目の下に隈を作り無精髭を生やして酷く疲れた様子のおじさんがヒラヒラと手を振っていた。


「聖くんに渉くんも、長時間フライトお疲れ様。」

「あ、おじさん。ご無沙汰してます……って、随分と……」


 にこりと力のない笑顔を向けるおじさんに、兄は挨拶の言葉を掛けながら上から下まで眺めて、そして絶句すると、おじさんはバツが悪そうに苦笑いした。


「あはは……なんとも情けない格好でごめんねぇ。昨日大きなトラブルがあって徹夜で対応してたからさぁ。」


 なるほど。それでこのヨレヨレ具合なのか、と得心する。
 しかし、徹夜で仕事してその後長距離運転って大丈夫なのか?

 俺はおじさんに訝しげな視線を送る。


「それは……ご苦労さまでした。ていうか、ここまで運転とか大丈夫だったんですか?」


 どうやら兄も同じことを思っていたようで、苦笑いしているおじさんに心配そうにそう声を掛けると、おじさんは気まずそうに目を逸らして乾いた笑いを零した。


「え?あぁ、うん……何度か事故りそうにはなったけど……なんとかなったよ。はははは。」

「なんとかって……無茶しないでくださいよ。俺たちだって子供じゃないんですから、連絡くれればホテルのチェックインまでどこかで時間潰してましたし。」

「あぁ、まぁ、そうだよね。ごめんごめん。」


 呆れたように言う兄の言葉に、おじさんはへらりと笑う。
 この後、おじさんの車で移動する事になっているが、この調子だと流石に不安になってくる。



「まぁ、ここで立ち話もなんですし…とりあえず移動しましょうか?おじさん、車のキー出して。」


 兄はそんなおじさんを一瞥してそう言うと、盛大に溜息を吐来ながらおじさんに手を差し出した。


「え?でも……」

「大丈夫ですよ。持ってますから。こんな事もあろうかと、事前に免許センターに申請しておいて良かったですよ。」


 口篭り狼狽えるおじさんにそう言って兄はパスポートと同じサイズの2つ折りの紙をペラリと取り出した。


「国際……運転、免許証…って何これ?!」


 いつの間に……てか、聖兄免許持ってたんだ。

 俺は兄が国際免許証は疎か、国内の運転免許証を持ってた事すら知らなかった。
 と、言うか、兄は生徒会長で剣道部主将、色々と多忙を極めていたので、どこにそんな暇あったのだろうかと考えていると、兄はまたまたエスパーを発揮する。


「高3の夏休みに2週間くらいいなかった時期あるでしょ?そこでちょっと合宿行って取ってきたんだよ。てなわけで、おじさん。ここからは俺が運転するから、ナビの使い方だけ教えてね。」


 にっこり笑ってそう言う兄の目は、全く笑っていなかった。


「あ、はい……よろしく、お願いします。」


 兄の威圧に押されたおじさんが大人しく車のキーを差し出すと、兄はそれを受け取り、笑顔の威圧を纏ったままスーツケースを載せたカートを俺に押し付けて駐車場へ歩き出した。


 12時半頃、空港を出発した俺達はおじさんが取ってくれたホテルへと向かう事となった。

 おじさんが取ってくれたホテルは空港からも海にも程近い綺麗なシティホテルだった。

 ホテル到着は13時、チェックイン時間は15時には早いのでは?とおじさんに聞いてみると、ホテルのレストランで昼食を取ったあと、14時にはアーリーチェックイン出来るように、ホテル側が取り計らってくれているとのことだったので、フロントに荷物を預けると、俺たちはそのまま1階のレストランへと向かった。
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