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第四章
第77話 上陸
しおりを挟む「乗客の皆様にお知らせいたします。当機は今からおよそ15分でカナダ・ブリティッシュコロンビア州にございます、バンクーバー国際空港に着陸いたします。
現地時刻でただいまのお時間は午前9時40分、天気は晴れ、気温は14度でございます。
間もなく着陸体制に入ります。シートベルトはお締めでしょうか、今一度ご確認くださいませ。」
『Attention all passengers.
This plane will arrive at the Vancouver Airport in about 15 minutes.
If you would like to set your watches, the local time in Vancouver is now 9:40
The weather is clear and temperature here is 14 degrees Centigrade and 60 degrees Fahrenheit.
This plane will soon be landing.Please check the seat belt closed.Thank you.』
うつらうつらと微睡んでいると、静かな機内にCAの機内アナウンスが聞こえてきて、俺は目を覚ました。
成田を出発した時は夕焼けでオレンジ色だった空が、いつの間にか晴天の青空になっている。
初の飛行機、初の海外、それに加えて極度の緊張……
フライト時間は約8時間なので、気が立っている俺は機内食の夕食を食べた後の就寝時間は眠れないかと思っていたが、案外緊張し過ぎていて寝れたというか……
なんというか……飛行機が離陸してすぐ殆ど気絶に近い寝落ち具合だった。おかげで初の機内食を食べ損ねたのが悔やまれるが、ともあれ、もうすぐ香乃果の暮らすバンクーバーに到着するのだ。
まぁ、会えるのは今日ではなくて明日だが。
それなのに、間もなく到着すると言われただけで、先程までの眠気は既に吹っ飛び目はギンギンに冴え渡っている。
単純か、俺。
俺は腕時計の時間を合わせた後、ちらりと隣の兄に視線を遣ると、余っ程疲れていたのか、兄はアイマスクを付けて大口を開けて気持ち良さそうに眠っている。
今日まで色々と手配して貰った手前、起こすのは忍びない。
とりあえず、寝かせてあげたまま座席を起こすだけはしておいてあげようと、そっとリクライニングの操作ボタンを押した。
「んがっ!!!!っ……ぐぅ……」
座席が戻る時の反動で、一瞬兄はビクリと身体を跳ねさせたが、またすぐに何事も無かったかのように寝入った。
俺はほっと安堵の息を吐くと、ゆっくりとシートの背もたれに背を預ける。
ちょうどその時、ポーンと頭上のシートベルトのランプが点灯し、飛行機は緩やかに下降をはじめた。
飛行機は細かい下降を何度か繰り返しながら、徐々に高度を下げていく。そして、何度目かの下降で飛行機は真下に広がっていた雲海の中に入ると、強い揺れと轟音と共に視界が真っ白になった。
何事かと思っていると、CAが雲の中に入ったので多少気流がどうのこうの…と言っていたが、初めて飛行機に乗った俺は今までした事のない経験で不安過ぎて正直話を聞くどころでは無い。
バクバクと早い鼓動を打つ胸を押さえ、早く抜けてくれと思いながら真っ白な窓の外を見ていた。
暫くして飛行機が更に下降をすると、突然パッと音と揺れが止む。
そして、次の瞬間、真っ白だった視界から一転、目の前にはキラキラと輝く青い海原が広がっていた。
その美しさに陶然と魅入っていると、遠くに微かに陸地を捉えた。
飛行機が陸地に近づくに連れ、立ち並ぶ高層ビルやカラフルな屋根、道路や車等が目視できるくらいまで接近すると、それらはまるでミニチュアのおもちゃのように見えるから不思議だ。
そして、眼下に空港の敷地が見えてくる。飛行機は滑走路を捉えると大きく旋回をし最終着陸体制に入る。
下降の速度がグッと上がったかと思うと、ドーンという衝撃と激しい揺れと共にあっという間に着陸が完了していた。
飛行機はそのまま着陸時の物凄いスピードを減速する為、長い滑走路を走る。
漸く揺れも治まった機体の窓から見える景色は先程とは違い、空港周りの木々とグレーの滑走路、そして遠くに空港の建物が見えた。
機体はマーシャラーに誘導されながらゆっくりと向きを変えると、空港の建物へと進んでいく。
空港の建物に近付くに連れ、とうとう香乃果の居るバンクーバーに到着したのだと実感すると、香乃果に会える期待と嬉しさが胸にじわじわと広がる。込み上げて来る涙を無理矢理飲み込むと鼻の奥がツンとした。
「いやいや…お前はほんとに泣き虫だねぇ。」
「っひゃあっ!!!」
ふいに背後から聞こえた声に吃驚した俺から、意図しない変な声が出て、恐る恐る振り向くと、顔のすぐ横にアイマスクを上に押し上げてニヤニヤする兄の顔があった。
「っ!!!な、何?!いつの間に起きたんだよ?!」
「んー?そうだなぁ……渉がリクライニング起こしてくれたあたりから?」
「は?それ!結構前じゃねぇか!!!」
人目も憚らず思わず大声を出すと、兄は人差し指を唇に当てると薄くアルカイックスマイルを浮かべて言った。
「そだねぇ。でもしっかり目が覚めたのは、乱気流に入った辺りかな?凄い揺れと音で目が覚めたら、何か隣の人が百面相してるからさ。寝たフリしてちょっと観察してたのよ。」
言い終わるとにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
ね、寝たフリだと…?!
起きていたなら声を掛けてくれればいいものを……
絶対に楽しんでいるだろう顔で、ニヤニヤとしている兄。
聞きたいような…でも聞いたら後悔しそうな……とにかく嫌な予感しかしないが、怖いもの見たさで恐る恐るきいてみる。
「か、観察……って……?」
「そりゃあ、もちろん渉だよ。子供みたいなキラキラした顔でお外を見ていた可愛い渉くんの横顔はしっかりとコレに収めたからね。」
そう言う兄はスマホをヒラヒラとさせている。
スマホ……?
ちらりと画面が見えた時、兄の意図する事がわかるとサッと血の気が引いた。
「ばっ、やめっ……け、消せっ!今すぐ消せよっ!」
慌てて兄からスマホを奪おうとするが、サッと素早く仕舞われてしまった。
「ふふふ、嫌だね。これは来る日の時の為に撮っておきます。」
楽しそうにそう言う兄に思わずツッコミを入れる。
「来る日って?!いつだよ?!」
「ひ・み・つ♡」
ひみつって何だ?!
来る日っていつだ?!
わからないことだらけで頭を抱えて混乱している俺に、兄は楽しそうに片目を瞑りウインクをしながらそう言った。
もう勝手にしてくれ。
俺は再び窓の外へと視線を遣ると、兄とくだらないやり取りをしているうちに、いつの間にか機体と建物へと続くボーディングブリッジとのドッキングが完了していた。
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