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第二章

第36話 香乃果の行方

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「え?こっちにいないって……?」


 まだ学校に居るってこと?
 時計を見ると既に20時を回っているからそんなはずはない。
 じゃあどこに……?

 まさか、恋人の所とか……

 最悪の事を考えて血の気の引いた顔で固まっていると、ゴツっと兄に背中を肘で殴られ眼裏に星が散った。

 視線を前に戻すと、沙織ママは頬に手を当ててコテリと首を傾げて不思議そうな顔をするとふぅと軽く嘆息をしてポツリと漏らした。


「まさかこんな急に決まって、次の日にもう行っちゃうとは思わなかったんだけど…… 香乃果、弟の所に行っちゃったの。」

「お、とうと……?え……それ、どういう……」


 弟って誰だ?香乃果の家に弟なんて居なかったはずだけど……

 情報過多過ぎてそろそろ頭がパンクしそうで、ぐぐっと眉間に皺が寄よるのがわかった。
 俺の顔を見て沙織ママは何を思ったのか、思い出したかのようにパンと手を打って言った。


「あ、弟は私の弟で、香乃果の叔父よ。でね、香乃果はその叔父の所へ終業式終わってすぐの便行っちゃったの。その……バンクーバーに。」

「あぁ…叔父さんか…って、バンクーバーってカナダの?!…何でまた……?」


 なんだ叔父さんか、と安心する間もなく、出てきた地名に吃驚して瞠目する。

 バンクーバーって……海外だろ?!
 なんでまた急に海外なんて行ったのか……

 ていうか、もう無理……

 頭がごちゃごちゃ過ぎて訳が分からない。そろそろ考える事を放棄したいと遠い目をしていると、沙織ママが更に衝撃的な事を言って俺の頭は混乱の極みに達した。


「私達もこの間の三者面談前に初めて聞いたんだけど……香乃果、留学したいんですって。いきなり留学とか言われて吃驚しちゃったけど、理由を聞いたら将来の夢でって。なるほどなって納得しちゃって。
 それで、留学と言えば…って弟の事思い出したから、連絡先を教えたらすぐに連絡とったみたい。」

「そう、なんだ……」


 もう俺の思考は完全停止していた。
 そんな俺を隣の兄は非常に残念そうな目で見ているが、脳のキャパを超えてしまったのだから仕方がない。
 もう魂抜けそう……。


「それで……一度現地を見に来て見たら?って言われたみたいで決めたみたいね。そういえば、わっくん留学の事香乃果から聞いてた?」


 半白目になりそうになっている俺に、沙織ママは訊ねてくる。

 俺と香乃果が許嫁になったのは俺が中1の夏前。その頃から進路を決めているなら聞いてたかもしれないが、残念ながらそんな話は聞いた事はなかった。
 そして、俺が別離を告げたのは中2の夏前である。
 改めて考えて見ると、香乃果とちゃんと許嫁だった期間は1年、別離をしてからは2年と、離れている期間の方が長い事に今更ながら気が付いた。

 その頃の香乃果は中3で、あの時俺があんな事を言わなければもしかしたらその後に進路の話をすることはあったかもしれない。
 だけど、実際問題、香乃果の将来の夢や進路等、そういう大事な話をする以前に俺達は距離を置いているから聞いている訳がないのだが、まさかそんな事を言えるはずもなく、俺は俯きながら正直に答える。


「いや……それ、初耳。」


 自業自得とはいえ、自分で言ってて悲しくなってきた。
 あからさまに意気消沈した俺を見て沙織ママはふぅと溜息を吐きながら漏らした。


「そうなのねぇ。だからかしらね…許嫁の交代とかいいだしたの。」


 だから?

 その言葉に、もしかしたら…俺と一緒に居たくないから留学するのかもしれない、という考えが頭を過ぎった。

 単なる思い過ごしかもしれないし、他意はないのかもしれないが、マイナス思考に陥っている俺にはこんな些細な言葉ですら、グサグサと心に刺さる。

 嫌な考えが一度過ぎると、本当は急にではなくもっと前から家族ぐるみで計画していたのでは無いか、とか、このまま香乃果はもう帰ってこないのでは無いかとか、次から次へと湧き出てきた。
 でも、それを言葉にしてしまうとそれが現実であるように思えてしまって、想像するだけで心臓がぎゅうっとなる。
 正直もう泣きそうだったけど、泣いている場合ではないと心を奮い立たせて、聞きたかった事を訊ねた。


「そうかもしれないけど、でも、急過ぎる……ていうか、そんなに急にチケットってとれるものなの?」

「そうなのよね。普通はこの時期は取りにくいものなんだけど、私の弟はコーパイ?パイロット?だから、航空券手配しやすかったみたいでね。気が付いたら渡航日も決まってて。」

「ふぅん。それで…香乃果は帰ってくるの?」


 これを訊ねるのは正直迷った。もしも帰ってこない、と言われたらどうしようと、最悪の事態を想定して心臓がバクバクと早い鼓動を打っている。
 回答が帰ってくるまでの数秒がまるで何時間にも感じる程、酷く長く感じた。


「帰国日は聞いてないんだけど、まぁ、弟もあっちのホリデーが終わったら家族連れて帰省する予定があるから、多分その時一緒に帰国すると思うんだけど……」

「ホリデー?」


 待ちに待った答えが帰ってきてホッと一安心するが、ホリデーがわからない俺は帰国の時期がわからなくてまた不安になる。
 すると、それについては沙織ママが説明してくれた。


「あぁ、日本にはない文化なんだけど、クリスマス休暇の事よ。カナダってキリスト教圏だから、お正月って概念がない替りに、クリスマスの前後に長いお休みがあるのよ。弟はいつもその後に休暇取って帰省するの。だから年始早々には帰ってくるわよ。」


 年始には…という事は1週間くらいで帰ってくるという事だ。
 帰国の目処が見えて漸く不安が和らぐが……


「はぁ……と、言うことは、年明けまでは香乃果に会えないって事ですか?」

「そういうこと。」


 結局の所、1週間は話も出来ないという事だ。

 許嫁の話、留学の話、聞きたい事は沢山あるし、俺は俺で、当初の予定通り話したい。だけど、本人不在じゃ何も出来ない。
 歯痒い所だが、全部香乃果が帰ってきてからだろう、そう思って気持ちを落ち着かせようと深く溜息を吐く。

その矢先、沙織ママが口を開いた。


「で?許嫁の交代についてだけど、事前に香乃果と穂乃果から聞いているし、進めていいのよね?」

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