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第二章

第35話 許嫁交代

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「どういうことって…許嫁、交代するんでしょ?」


 そう言った母親の言葉の意味がわからず、俺は母親の言葉を頭の中で何度も反芻する。


 許嫁の交代、って……?
 するんでしょ?って……?


「……は?誰と誰が?」


 キョトンとしている母親に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺もキョトンとして訊ねると、母親は今度は怪訝な顔をして答える。


「誰って…香乃果ちゃんと穂乃果ちゃんでしょ?」


 当然でしょ?とでも言うような母親の言葉に、俺の頭の中はフリーズした。


 香乃果と穂乃果が交代?
 なんで?なんの?
 あぁ、許嫁か!
 ていうか、許嫁って交代できるんだっけ?
 できるのか。だって、ただの口約束だし。
 あぁ、それで何だったっけ?
 交代するんだ?
 香乃果と穂乃果が……
 え?じゃあ香乃果は?香乃果はどうなるの?!
 あぁ……だから、交代か。


 思考が完全停止して無限ループになる。
 目をぱちくりさせて固まっていると、急に横っ腹を兄に小突かれて意識が引き戻される。止まっていた時間が動き出すと、グルグル回っていた思考が交通整理されていく。

 許嫁を交代する。
 香乃果と穂乃果が……
 これからの俺の許嫁は穂乃果っていうことか?!

 あぁ、なるほど。ようやく理解出来たって……


「は?!え?!え?!待って待って?!何?!何でそんな話になってるの?!」


 漸く理解が追いついたところで今度はその情報の処理が追いつかず、情報同士がこんがらがって大渋滞が起こり俺はパニックになり頭を抱えて俯いた。


「えっ、と…何でって……ねぇ、沙織?」


 俺の言葉と態度に両親ズは、あれ?話が違う?というような表情をすると不思議そうに顔を見合わせる。

 その意味のわからない両親ズ達の雰囲気に、なんだかだんだんイライラが募っていき、そして、俺は苛立ちを隠せず責めるような強い口調で両親ズに問い掛けた。


「話が見えなくて意味わかんないんだけどさ、何なの一体?ってか、ところでさ、もうパーティ終わるけど、香乃果は?何で本人居ないわけ?」


 俺は言い終わると、目の前のケーキにフォークをたてそのままもちあげると、バクっとひとくちで口に突っ込んだ。
 両親ズは俺の質問に答えることはなく、何かを誤魔化すように無言でケーキや飲み物を口を運んでいる。
 その両親ズの態度に俺のボルテージは爆上がりしていく。鼻息荒くイライラと指で机を弾いている俺に声を掛けたのは、いつもは母親の横で空気になっている父親だった。


「ん。まぁ…渉、とりあえず落ち着きなさい。」

「なっ…父さん!!!これが落ち着いていられる?!」


 いつもは空気なのにこんな時に父親の威厳を醸し出すとか何なんだ、俺が思わず立ち上がって叫ぶと、隣の兄から背中を摩られて宥められ、苛立ち紛れに父親を睨みつけると大きく溜息を吐いた。

 俺は渋々席に着くと、勢い良く息を吐きながらそう言って、沙織ママと柏木のおじさんを鋭い視線で見据えた。
  
 軽快なクリスマスソングのBGMが流れる中、皆が口を閉ざして沈黙するという、一見するとシュールな絵面なのだが、それについて誰も突っ込んで来ない、それくらい空気が重かった。

 重い沈黙のまま誰からも言葉を発することはなく、座ったままただ時間だけがいたずらに過ぎていく。

 相変わらず楽しげなクリスマスソングが流れている中、程なくして、沈黙を破ったのは沙織ママだった。


「……昨日、香乃果から言われたの。わっくんと穂乃果が想い合っているって。」

「は?香乃果がそういったの?」

「そうよ。香乃果は、わっくんと穂乃果、ふたりの邪魔になりたくないからこの機会に許嫁を交代したいって。」

「そ、そんな……」


 香乃果が?まさか……

 それを聞いて、俺は奈落の底に突き落とされたような気分になった。


「一応、穂乃果にも確認はとったけど、香乃果の言う通りだって言うし、私達は本人達の意向を尊重したいと思ってたんだけど…」


 絶望に打ちのめされている俺を置き去りにどんどん話は先に進んで行き、俺は慌ててそれを止める。


「ち、ちょっと待って?!それは誤解だよ。色々あって、ていうか、俺も誤解してたんだけど、今は誤解も解けて、ちゃんと……」


 そこまで言って、はたと思った。

 そういえばあの日以来、香乃果とは一度も顔を合わせて話をしていない。それに加えて、その間、没交渉ではあったしあっちは恋人が出来たりした。
 だけど、今まで一度も許嫁を辞めたいという話は一度も出てこなかった。

 だから、俺はこのまま許嫁関係を続行出来るものと思っていたし、無意識に香乃果の気持ちは俺に向いていると思い込んでいたのかもしれない。

 今になって許嫁を辞めたいって、一体何があったんだろう。

 よくよく考えれば、恋人が出来た時点で俺に気持ちなんてあるはずもないとわかるはずなのに。
 許嫁を辞めなかったのだって、きっと両親ズの事を慮っての事だろう。

 それなのに……てっきり香乃果は俺の事が好きなんだろうって。

 なんだ、俺は自惚れていただけのただの馬鹿野郎じゃないか。

 こんな事ならもっと早く誤解を解くべきだったと後悔したが、既に後の祭り……

 だけど……

 こんな話、本人不在でするのおかしくね?

 とにかく俺は香乃果と話がしたかった。
 話をして誤解を解いて……

 それでも気持ちが変わらなかったら?
 このまま穂乃果に許嫁が変わる?

 考えただけで、背筋がぶるりと震えた。
 想定外の話の流れにどうしていいかわからないが、今は香乃果に会うのが先決だと思い、前のめり気味に両親ズに問う。


「って、あの、香乃果は?!今どこにいるの?!直接話がしたいんだけど?!」


 もしかして、この話をするのが辛くて香乃果はパーティに来なかったのかもしれない。家にいるなら今から行けばいい、そう思ってた。
 暫しの沈黙後、沙織ママは明らかに気まずそうな顔をするとこう言った。


「それがね…今こっちに居ないのよ。」


 こっちにいない??
 どういう事?!

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