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第五章

新たな始まり④

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 そのままオフィスビルを通り越して、駅に向かっている。

「あの~」
「何だ?」
「蒼空さんは、どの辺りに住んでるの?」
「ああ、そこ」

 指をさした先にあるのは、駅前に建つタワーマンションだ。数年前に建てられたタワーマンションは、都心の駅前の立地と、施工業者のこだわりのつまったオシャレさで話題になり、下層階でも一般人には手が出ない。それなのに、一瞬で完売したと聞いた時には、にわかには信じられなかった。

「……」

 驚きすぎて、言葉が出ないとはこのことだろうか。うちの会社は、成果主義で給料にかなり反映されてはいるが、ここに住めるほどの給料がもらえるのだろうか。

「蒼空さん、何者ですか?ンンッ」

 いきなり手を引かれて、気づいた時には歩道の真ん中でキスをされていた。さすがに一瞬で解放されたが、何が起こったのかわからず呆然としてしまう。

「凛花、敬語禁止」
「道の真ん中で、誰かに見られたらどうするんで、どうするの」
「俺は構わない」
「そんな」
「で?」
「もういい……」

 急がなくても、蒼空さんの秘密はいつかわかるだろう……。口を開くと、またキスをされそうだ。

 完全に、蒼空さんのペースに流されている。けれど、戸惑いはあるものの、奥手な私には心地良く感じ、全く嫌な気持ちにならない。

 蒼空さんが何者かを聞いていれば、のちに驚くことはなかったのだが、最初に聞いていたら怖気づいてしまっていたと思う。この時は、聞かなくて正解だったのだ。

 駅前のタワーマンションは、通勤途中に必ず目にするが、いつも見て通り過ぎるだけ。

「こっち」

 蒼空さんに、手を引かれてエントランスに入るも、先程までいたホテルと遜色ない豪華さだ。

「片桐様、おかえりなさいませ」
「ただいま。田辺さん、彼女と一緒に暮らそうと思うんだけど、手続きは何が必要ですか?」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「吉瀬凛花です」
「吉瀬様のご登録をいたしますので、こちらの用紙に必要事項のご記入を、お願いできますでしょうか」
「はい」

 記入した用紙の情報を、パソコンに打ち込んでいる。コンシェルジュのいるマンションに、住んだことも、足を踏み入れたこともなく緊張してしまう。ここに住むことが決まってしまったが、慣れることはできるのだろうか。


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