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第七章 帰郷

第130話 復讐

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《ヒーーーヒッヒッヒッ! この姿を選んで本当に良かったよ、だって君のその顔が見れたんだからね》

 俺のツッコミにとても嬉しそうな顔で嘲笑うロキ。
 くそっ! 変なモノ見せやがって!!
 どっからどう見ても女の子にしか見えねぇ所為で、そのギャップから来る精神的ダメージがキツイ。
 けど、男でいてくれて良かったぜ。

 なんせ気兼ねなく思いっきり殴れるからな。

 ロキは余程俺の動揺がツボにはまったみたいで、今にもその場で転げまわりそうな感じで腹を抱えて笑っていやがる。
 だが今がチャンスだ。
 俺はロキが油断してくれてる内に悟られねぇよう連続でブーストを唱える。
 頭を読んでるって言えども、時が置き去りにする連続ブーストだ。
 気付いた時にはもう遅いってな。
 一矢報いる事は出来るだろうぜ。

 ロキの笑い声がどんどん間延びした間抜けな声に変っていきやがる。
 それと合わせて動きもスローモーションになっていく。
 よし、いい感じだぜ。

 やがてロキの動きが完全に止まる。
 いや、少しづつ動いてるんだろうが、今回は念には念を入れて魔力マシマシにしたからな。
 加速の世界に居る俺では認識出来ないくらいの遅さになっているってやつだ。

「はっ! 油断しやがったな! そうなっちまったら神と言えどもざまぁねぇや。食らえ! 俺の怒り!!」

 この世界に落とされてからの二四年間。どれだけこの日を待ち侘びた事か。
 念願の神への復讐の瞬間が来た事に俺は歓喜に震えた。
 俺は力の限り足に力を籠めてロキに向かって飛び出した。
 しかし、相変わらずロキは間抜けな笑い顔のまま固まっている。
 俺とロキの距離はもう数メートルだ。
 思いっきり振りかぶった拳を放つ。
 意識が今までに無い程集中している所為で、奴の顔に拳をぶち当てるまでの時間がとても長く感じる。
 まるで走馬灯を見ているようだ。
 しかし、それももうすぐ。

 あと50cm……あと30cm……あと……10cm……?

 あれ? いくら何でも遅すぎないか?
 俺は全力でパンチしようとしてるんだぞ?
 しかもダッシュで。
 精神にブースト掛け過ぎた所為で意識と身体の間に差が出てるのか?
 けど、もう5cm……。

 あと少し、本当にあと少しでロキの顔に拳をめり込ませられると言う瞬間。

《ヒヒヒヒ勝ったかと思った?》

 俺の時が逆に置き去りにされたかのように、動かない筈のロキが急に顔を上げて笑い出した。
 その表情は先程の様にこの世の全ての悪を凝縮させた笑みを浮かべている。

「な、なんだと? くっ身体が? お前何をした?」

 いつの間にか俺の身体は金縛りに遭った様に動かなくなっていた。
 辛うじて動く口でロキに問い質す。

《キミ~さっき僕が言っていた事を忘れたのかい? 神に時間なんて概念無いんだよ》

 俺を小馬鹿にした様に少し呆れる仕草をする。
 そして小さくため息を吐いたロキはおもむろに右手を挙げて人差し指を立てた。

《えいっ!》

 なんだかムカつくくらい可愛い掛け声と共にすっとその人差し指を倒したかと思うと……。

「ぐわぁぁぁぁぁーーーーーーーーー」

 俺の身体は途轍もない圧力によって、ロキが指差した方向にぶっ飛ばされた。
 抗い様のない無い圧倒的力。
 ジャンピングパンチだった所為で身体が浮いてたもんだから踏ん張る事も出来ねぇ。
 俺は成す術無く、潰されるかの様な見えない力の奔流によってぶっ飛ばされ続ける。
 どれほど時間が経っただろう。
 加速が切れてるのかどうか分からねぇから実際の時間か分からねぇ。
 だが優に数十キロは飛ばされたんじゃないかと思う程の長い時間。
 突然それは終わりを告げた。

 ドガンッ!! ゴキャ。ミシッミシッ。

「ゴォフェッ! ガッ、ガハッ!」

 力と同じく見えない壁に俺の身体は激突し、身体のあちこちが軋む音を響かせる。
 な、何が起こった……?

《ヒヒヒヒ》

 突然すぐ近くからロキの笑い声が聞こえて来た。
 なんで奴の声が聞こえる……?
 追いかけてくる姿なんて見てねぇぞ?

《本当にキミは面白いね。まさか神に向かって殴りかかってくるなんて》

 その声が聞こえる方に顔を向けると、いつの間にかロキが立っていた。
 その言葉とは裏腹に少々大袈裟な身振り手振りで『呆れた』と言うようなジェスチャーをしている。

「ちっ! 『まさか』なんて白々しい事を言いやがって。最初からこうなる事が分かってたんだろ。くそったれめ」

 俺は自分の浅はかさを嘆く以上に、それさえも自分の享楽の為に利用したロキに対して頭が沸騰しそうになった。

《ここに呼んだのは他でもないんだ。ただキミと話をしたかっただけなんだよ。少しばかり大人しくしていて欲しいな。ヒヒヒヒヒ》

「くそっ! 俺はお前と話す事なんてねぇよ! それよりガイアを連れてこい!! あいつには言ってやりてぇ文句が山程有る」

 こいつは魔物や魔族を造った神なんで憎い相手ではあるが、ここまで話の通じねぇ狂った神なんかじゃ、文字通り話にならねぇ。

《ガイアかい? ヒヒヒヒ、残念だったねぇ~。彼女はここには居ないんだ》

 は? ガイアが居ない? ここは神界だろ?
 急に話し掛けなくなったのは、この世界に飽きてどっか行ったって言うのか……?
 そ、そんな……。

「どう言う事だ!! 奴はどこに行った! 俺を置いて……グッ」

 くそっ! 変な事を口にそうになっちまったぜ。
 あいつが俺を置いて行こうが関係無ぇってんだ。

《ヒヒヒヒ。強がっちゃって。可愛いねぇ。ちなみに今キミが居るのは、ここは僕の胎内なんだよ》

「強がっちゃいねぇって……。て言うか今なんて言った?」

 僕の胎内なかだと……?
 なんか気持ち悪い言い方しやがって!

《気持ち悪いって酷いなぁ~。僕は僕の胎内にキミを感じる事が出来て、とっても気持ち良いよ~。あっ、あぁん、そんなに力を籠めないでくれないかい? そのキミのムズムズが僕の敏感な所を刺激するんだ。ヒヒヒヒ》

「おい! そんな言い方止めろ!! 全身サブイボが立つわ!」

 こいつどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ?
 相変わらず死んだ魚の様な目の癖に満面の下卑た笑みを浮かべて俺を見ているロキ。
 しかし、なんだってこいつは急に俺を呼び寄せやがったんだ?

《あ~それはねぇ~。キミとはずっとお話ししたいと思っていたんだよ》

「はぁ? 俺と話がしたい? それが今になって俺を呼び寄せた理由ってのか? そもそも、俺はガイア以外の神と……、神と? ……あれ?」

 そう言えば、なんでこいつと話せているんだ?
 転生する際に、ガイアの奴は俺が居た世界を司る神だから自分しか喋れないって言っていたじゃねぇか。

《ヒヒヒヒ。あの時のキミは魂だけの存在だったからね。けど今はその身体ごとここに呼び寄せた。だから僕の事を認識出来るんだよ》

「そうか! アイボだかアダモだか言う身体の所為だな。神の土かなんだか知らねぇが訳の分からねぇもんに俺を入れんじゃねぇよ!」

 俺の言葉に『ヤレヤレ』と言ったリアクションで少し首を振っている。
 マジムカつくなこいつ。

《まずアイボでもアダモでもない。人々が神の土と呼んでるのは『アダマ』だよ。そして、キミの身体は訳の分からない物じゃない。神造体『カドモン』って言うんだ》

「呼び名なんかどうでも良いっての。どっちにしろ診察魔法で普通じゃないってのがバレちまうだろ。バーカ!」

《バカとは酷いな。そもそも、バレて不味い生き方してきたキミにも責任が有ると思うんだけど? ヒヒヒヒ》

 その言葉にまた俺の頭は沸騰しそうになる。
 いや、マジで沸騰したぞこの野郎!!
 誰の所為だってんだ!! 全部お前が作った魔族の所為だろがっ!!

「くそぉぉぉぉ!! 絶対殴ってやる!! ぐぅっ、身体よ動けぇーーーー!!」

 俺は怒りに任せていまだ磔状態になっている身体を動かそうと全身に力を入れた。
 しかし、首から下はピクリとも動かねぇ。

ボルケーノボンブ火山弾プロミネンス火龍波!トルネード竜巻!」

 動かねぇなら魔法で倒してやると、ありったけの魔力を注ぎ極大呪文を連続で唱える。
 しかし、全く発動する様子はない。

《ヒヒヒヒ。キミは本当に馬鹿だねぇ? ここは僕の胎内だって言っただろ? 四元素魔法なんて使える訳ないじゃないか》

 こいつさっきから馬鹿馬鹿と好き放題言いやがって!
 そんな事分かる訳ねぇだろがっ!

《しかし、いやはや、やはり唯一の完成体と言えども、第一覚醒ではこの程度か。残念だったねぇ~。 『女媧』の時に第二の覚醒をしておけばもう少し何とかなったかもしれないのに。あの子には全く期待していなかったのによく頑張ったよ。創造主として嬉しい誤算だね》

「な、なんだと? どう言う意味だ! 第一覚醒? それは……」

 もしかして『大消失』の事か。
 第二覚醒はこいつの言う通り女媧に殺されそうになった時に『大消失』を起こしそうになった事を言っているのか?

《あぁ。さっきも言った通りキミは神々の血肉……人々が『アダマ』と呼ぶモノさ。それをベースとして作られた神造体『カドモン』シリーズ唯一の完成形なんだよ》

「はぁ? 『アダマ』ってのが神々の血肉……だと?」

 なんだソレ?
 もっと粘土みたいな物を想像していたが、なんか血生臭い話になってきやがった。

《ガイアから聞いているだろ? 神は人類が紡ぐ物語が大好きなのさ》

「だ、だから何だってんだ! 話が繋がらねぇぞ」

 俺の尋ねた質問とは全く関係無い回答に思わず吠える。
 するとロキはまた指を立てて、それをすっと倒した。
 しかし今度はふっ飛ばされない。
 ただ……。

《ほら最後まで大人しく聞いて》

「グッ、ぐわ! か、体が、つ、潰れ……」

 俺の身体は凄まじい力で背後の見えない壁に押し付けられる。
 全身の骨が砕けちまいそうな力が俺を襲う。
 もう駄目だと思った瞬間、ふっと押さえ付ける力が緩んだ。
 しかし、体は相変わらず動かない。

《話を続けるよ?》

「ちっ! 勝手にしやがれ! ハァハァ」

 俺はロキの言葉に悪態付きながらも承知するしかなかった。

《よろしい。じゃあ続けるね? どんなに大好きな物語でも神は始まりも終わりも知っている。キミ達からしたら遥か未来に生まれる物語だってキミが生まれる前から知っているんだよ》

「ふん、最初からネタバレくらってるって事か?」

 俺の例えにロキは両手の人差し指を俺に向けて《それな》と言って来た。
 あーームカつく。
 下手に可愛い恰好してやがる所為で本当にムカつくぜ!

《そう、それはとても悲しい事なんだ。ドキドキワクワクするようなお話を堪能したい。それが僕達神の望みだったんだよ》

 そう言えば転生する際にガイアも同じ事言っていたな。
 だから……。

「だからこの世界を創ったってのか?」

《うん、そうなのさ。この計画の前にはTVゲームって言うのも試したんだよ。けど結局ゲームってのはOPとEDは決まってる。展開次第でハッピーエンドやバッドエンド、そんな違いを付ける事は出来るけど結局ゲームの枠からは超えられない。けどね、ガイアったらそのゲームの一つを自分の世界に落としちゃったんだ。それが面白い事になってね。あれはおかしかったな》

「ゲームってお前……。時系列どうなってんだ?」

《ヒヒヒヒ。そんな些細事は神には関係無いよ。だからタイムパラドクスなんてキミ達が呼んでいる歴史の矛盾も起きない。それより面白い事って言うのはね、落としたゲームを偶然ある人間が手に入れてちゃって。そしたらなんとゲームの中に……》

 また話が脱線しやがった。
 ガイアもすぐに脱線する事が多かったが、神って奴は皆こうなのか?

「ゲームの話はどうだって良い! 今は関係無い事ベラベラ話す気分じゃねぇよ。ゲームに飽きたお前達はついには本物の世界を創ったって事だろ? けど、どっちにしても未来は分かるんだろ? 結局同じじゃねーか」

《いやいや、関係無くはないよ。このガイアのゲーム紛失事件が思わぬヒントをくれたのさ。まず未来が分かるのは自分と言う世界の中だけでの事なんだよ。つまり、自分より外側の世界の事は分からない。ゲームもね、ガイアの外で創られた物だからすぐには見付からなかったし、何が起こっているのかも見付かるまで分からなかった》

「ん? よく分かんねぇな? どっちにしろ、知っちまったら一緒だろ」

 俺がそう言うと、ロキはまた大袈裟に呆れたポーズを取る。
 そして額に手を当てて溜息を吐いて首を振る。
 だから可愛い恰好でそんな事をするなってんだ。
 いつか絶対ぶん殴ってやる。

《なぜ僕達神がわざわざ会合をすると思ってるんだい? 外側の記憶が自身の過去に反映されるならわざわざ会って話す必要は無いじゃないか。今も言っただろ? 外部の情報に関しては現在のみの事象で過去とは共有されないんだ。何かある事は過去の自分も分かるんだけど、それがどんな事なのかはその時にならないと分からない》

「え? じゃ、じゃあ、この世界ってのは……?」

 よく分かんねぇが、神って奴は自分の外に関しては人間と同じって事か?
 だからこの世界で起こる事は分からない……?

《そうさ。この世界で起こる事は神である僕達でも知らないんだ。楽しかったよ。このちいさな世界箱庭の住人達は、僕達の知らない文化や物語を紡ぎ出したんだから》

 うっとりとした顔で当時の事を思い出すように喋るロキ。
 けど目の濁りは更に酷く、その表情も嫌悪感の増加を促すものでしかなかった。
 この感情は人に対する愛じゃなくて愛玩の類なのだろう。
 結局は自らを満足させる為だけのおもちゃで自らの寂しさを紛らわせているだけだ。

《けどね、ダメだった。彼らは有る一定まで文明が進むと勝手に滅んじゃうんだ。理由は小さい事さ。お互いの文化や思想、それに自分の信じる神を理由に喧嘩をする。そして最後の一人が死ぬまで争い合うんだよ。何度やり直しても同じだった》

「おい、ちょっと待て。ガイアが言ってた話と違うぞ」

 俺が知っている歴史とは違う。
 これはどちらかと言うと狂信者の奴やレイチェルが言っていた教会に伝わる創世の話に近い。

《彼女は自分達で創ったとしか言ってないだけだよ。今の世界より前の周回を伝えなかっただけさ。これから旅立つキミにそんな事を話しても楽しくないだろうしね》

 そりゃそうかもしれないが……。
 こいつが言うとマジで腹が立ってくるぜ。

「今回は何が違うってんだ? 争いなんて絶えてねぇぜ? それに誰かさんが作った魔物や魔族の所為で泣いてる奴は沢山居るしな」

《そもそもなぜ人は争い合うのか? それは文化を築き上げたと言う民族の誇り、それにそこに至るまで種族として積み重ねた感情が、別の歴史他人を受け付けないんじゃないかって事になった。それに人間には共通の敵と言うものが無かったしね。要するに今まで自分以外の人間が敵だったんだ》

「なっ……。だから魔物を造ったって言うのか? 共通の敵を作る為だけに? しかも魔族なんて質の悪いモノ作りやがって」

《あぁ、そうさ。それだけじゃない、今の世界には文化も言葉も信じる神さえも全て最初から与えた。文化に関してはまぁ色々ごちゃ混ぜだけどこれも完成した形で地域もバラバラに与えた。そうじゃなけりゃ紡がれる物語に変化が出ないからね。そしたらとても平和になったよ。多少の争いは起こるけど、それくらいは物語のスパイスになるんだから大目に見るさ》

「くそったれ! 全てお前らの掌の上かよ! 神の奴ら全員ぶっ殺してやる!」

《う~ん、他の皆を弁護する気はないけど、魔族は僕の案だよ。もっと話を面白くする為にスパイスを加えたらいいんじゃないかってね。ヒヒヒヒヒ》

「どうせ、ガイアの奴もノリノリでOKしたんだろ?」

 俺のその言葉にロキはニヤ~と口角を上げて嬉しそうに笑いやがった。
 結局同じ事じゃねぇかっ!
 やっぱり全員ぶっ殺してやる!!
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