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第3章 淫武御前トーナメントの章
45話 別れ
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45話 別れ
決勝トーナメント3回戦で、ナツキ属するかぜチームは、マーラ、魔凜を破り、4回戦へと駒を進めた。
しかし、その後チームの柱であるナツキが行方不明となってしまう。
ただでさえギリギリの試合運びで勝ち進んでいたこともあって、観戦客、他チームからは、かぜチームの4回戦敗退が濃厚かと思われていた。
だがしかし――。
「これでー……、終わりっ! とうっ!」
ドガッ――――ーーーッ!!!!
「ドンドドンッ!! これで二連勝♪ 勝ち抜きねぇ♪」
先鋒戦、中堅戦を2勝して、エリナと翔子はナツキを欠きながらも4回戦、5回戦、6回戦を難なく通過していったのだ。
未だ2人がどのような術を使っているのかを、観客の大半は気付けていなかった。
気付かれたとしても、それが問題ならないほどの素早さで圧倒するエリナ。
実力の底が見えない不気味さで翻弄する翔子。
大人と子ども以上の実力差を見せ付けて勝ち進んでいたのだ。
「あ、あいつら……、このまま優勝しちまうんじゃねぇのか?」「去年準優勝の斬魔チームをたった2人でやっちまったぞ……」「強すぎる……」
魔凜率いるチームを破った後、2人は順調にコマを進めていった。
その圧倒的な実力に、試合後妙なざわめきまで起こり始めていた。
しかし勝利を終えた、翔子ことオネエは相も変わらず――
「はぁ、どうなってるのよ。ほんとに…………ほんとに……」
「服部? 服部ーー、服部翔子ー。――――服部ー? どうしたの? またなにかあったの? ねーねー、どうしたのー?」
「どうしたもこうしたもないわよ!!!! いつになったらナツキちゃんは帰ってくるのよ!!!?」
「あぁー、またその話ー? 戦いが終わるまではめちゃくちゃテンション高いのに」
「はぁ、ほんと最悪よ……」
「あのさー、こんなことになるなら、やっぱりマーラってデカ物始末しちゃった方が良かったんじゃないのー?」
「うぅ……」
「どう考えたってあいつがナツキを拉致したでしょー? 服部だっていつ操られるか分かんなくて不安なんでしょー?」
「そんなこと言ったって後の祭りよ!!」
いつにも増しての八つ当たりが、武舞台の上で行われている中、
――ピカッ、ピキッ、ピキッ、ピキピキッ!
試合ドームの天井に敷き詰められた照明が、不揃いに明滅を繰り返し始める。
試合後の余韻からの生ぬるいざわつきが、「なんだなんだ」と喧噪を強めた。
「服部、これ――」
「えぇ、空間の歪みね……」
武舞台の端に立ったままのエリナと翔子は顔を見合わせ、単純な電気トラブルではないといち早く気付き、眉根を寄せた。
不安定に明滅する照明に続き、ボワボワーーッ、と隙間風の無いドームにかかわらず突風までもが吹き始める。
「お、おいっ! な、なんなんだよあれ!!」
風に靡かされた観客の悲鳴が轟いた。
武舞台の真ん中で、球体状の揺らぎまでもが現れたのだ。
巨大な水晶体のような光りを屈折させては歪める透明な磁場。それがサイズを大きくさせつつビリッビリンッ、と放電を繰り返し始めたのだ
「や、やべぇ!!! やべぇよ! ウワアアアアアーーーーーーーーーッ!?」
枯れ枝のような剥き出しの電気を指差した男の頭上に、剥がれた天井が崩落する。
「に、逃げろーーー!!!!!!」
ドーム中央にある磁場に引き寄せられるように、ゴミ箱やら剥がれた椅子やらが飛び交い始めた。
巨大な水晶のような磁力の乱れが、チリやら砂やら巻き込んで灰色のハリケーンを作り上げる。その黒龍のような渦が観戦客まで吸い上げ、そして飲み込んでいく。
「う、うわぁ!? に、にげろ、逃げろ、ここにいたら死ぬぞーー!!!!」
残虐ショーの見物客は淫魔だけではない。
むしろ小金持ちの人間が大多数を占めているのだ。
瓦礫の下敷きになっても、渦に飲み込まれてもひとたまりもない。
命あっての観戦。
命の危機を感じた観客たちは一箇所しかない出入り口に殺到する。
『落ち着いてください! 復旧作業が終わるまでその場に待機してください!』
場内アナウンスも動揺している。
当然そんな怯え混じりの声に耳を傾ける者はいなかった。
ボハーーーーーーーーーーー――――――――――アアアアアアンッ!!
突如、ドームの中心でハリケーンを作る磁場が爆発を起こして、武舞台の石綿を吹き飛ばしたのだ。
その散弾銃のように飛び散った石綿を、エリナと翔子が蝿でも払うように手を振るって弾く。
ドーム内の視界を遮るようにもくもくと砂埃が巻き上がっていた。
「ケフッケフッ――――、ちょっとー、うわっ!?」
砂埃が肺に入って咽せているエリナ。その腕の中にドンッ! と生々しい重量感がのし掛かる。
「痛ったー……い、なんなのこれっ、うわっ!? ナツキ!!!?」
突然の衝撃に一緒になって尻から転んでしまったエリナだったが、投げ付けられたモノが少女。それもナツキと気付いて、さらに大きな声を上げた。
磁場の歪みの正体は、ナツキ以外に考えられないと思っていたエリナであったが、ナツキの状態があまりにも惨い。穴という穴から精の残滓がドロドロと溢れている。
獣に食い荒らされたような悲惨なものだった。
そして砂煙が晴れていくと、武舞台の上に毛むくじゃらな大男が立っていた。
それはまるで、雪男を黒塗りにしたような大男だった。
「マ……ぁ、ラぁ……」
精液で濁った白い涎を垂らしながら、ナツキが言葉にならない声を繋げている。
しかし、言葉を汲み取る余裕もない内に、大男がエリナ諸共ナツキに襲い掛かる。
――ドゴンッッ!!!
かろうじてナツキを抱えたままにエリナは宙に逃げた。
……あ、あぶなっ!?
巨体の速さは追撃されようものなら避けられないほど早く、それでいてフルスイングした拳から生じた風圧は、触れただけで観客が細切れにされるほどの破壊力を持っていた。
思った以上に洒落にならない威力。
しかも空中で無防備――。失敗した。
空中に逃げたことを悔いるエリナ目掛けて、マーラが襲い掛かる。
ドゴーーーーンッ!!
「グゥオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
間一髪、戦闘狂と化したマーラの顎目掛けて、翔子がニードロップキックを炸裂させ、その隙に体勢を立て直すエリナ。
「服部! ふぅ、助かったよ。……これさー、何が起きてるの? あの巨体ってマーラってやつだよね?」
「魔凜に憑依されたマーラがドーピング代わりに催淫剤を打たれて暴走したみたい」
「はい?」
「その暴走した力を前にナツキちゃんは為す術無くやられて、それに乗じて魔凜がナツキちゃんの身体を奪ったみたい」
「事情……、詳しすぎない!? …………まさかまた敵になったの!?」
「違うわよ。ナツキちゃんからテレパスで教えてもらったことをそのまま言ってるだけよ?」
「あーなるほど。それ便利だよね。いつでもどこでも喋れて」
「因みに魔凜がナツキちゃんの身体を奪ったことによって、あのバケモノが野放しになった。で、ナツキちゃんの身体を奪った直後、魔凜もあのバケモノに犯されたみたいよ」
言いながら服部翔子は、くねくねと宙に文字を書くように遊ばせていた指先を、ビンッ! とマーラに向けた。
「ふーん。魔凜ってやつも自業自得だね。で、どうすんの? ぞろぞろ集まってきたけど」
テロと見紛う異常事態である。勝ち残った他チームの選手も集まってきていた。
そんな中――シュンッ! 白無垢の女が、エリナと翔子の真後ろに立った。
「手伝いましょうか?」
「ナツキのお母さん? 葉月だっけ? やっぱり勝ち進んだんだ。――でも、手伝いはいらないと思うよ。そうでしょ? 服部」
「えぇ、エリナさん。あなたもようやくアタシのことが分かってきたみたいね」
ニヤリと片方の口角を吊り上げて、憂いを含んだ笑みを見せる翔子。
シルエットを強調させたタイトなジャケット、ミニスカート、それらが黒のストッキングが燃え上がって生まれた黒炎に燃やし尽くされ消えていった。
もくもくと上がったピンクの煙が、紫ピンクの着物へと変化する。
燃えカスを毒々しい鱗粉に変えて、身体の周りに舞わせていた――。
「グゥ、オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!! ガッ!?」
色気に狂わされたように獣と化したマーラが翔子に襲い掛かる。
が、しゃくりあげるように振るったキセルがマーラの顎先を砕く。
「ンゴッ!?」
顎を押さえたまま地べたに伏せったマーラの目の前でガンッ! と花柄衣装に似合わぬヒールを鳴らした。
「ごめんねマーラぁ。あんたとの遊びはもうおしまい。ほんとアタシらしくなかったわぁ。――あんたたちを消すために何百年も生きてきたのにねぇ」
「ンゴォゴ、ゴ、ゴォオオ゛ッ!」
「踏み付けられて藻掻いているアナタが可哀相に見えちゃうのも、ナツキちゃんの甘さが移ったせいかしらねぇ……――でも、もう終わりよ」
――地獄で会いましょう。
その言葉を聞き終えたマーラの身体が、二度、三度跳ねると、武舞台に白い水たまりが出来上がる。
マーラの魂を精液へと変えていくように、存在そのものが薄れていった。
それが消え失せたところで、じゃあね♪ 翔子の台詞が今生の別れを告げたのであった。
「夢精を起こさせたのかしら? ほんと翔子には敵いませんね」
「自分の尻拭いは自分でしないとね。――それで、ナツキちゃんから出ていってもらえるのかしら?」
葉月にひと言返して、翔子はナツキに寄っていく。
ナツキの身体を奪ったままの魔凜へと。
「翔子っ、相変わらずのっ、……ば、バケモノね――でも、隙ありよ!!」
ナツキの口から白い靄、魔凜の生命体が飛び出し、それが翔子の口の中へとすぽん! と入り込んだ。
今度は翔子に憑依しようとしたのだ。
しかし翔子は動じず、ニッ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やっぱりあたしを選んだわね。――ハァッ!!」
ボンッ! と鈍い破裂音が翔子の体内で鳴った。
それを聞いて、エリナが問い掛ける。
「え? ――終わり?」
「そうよ。あの2人はもうこの世にはいないわね」
「呆気な! てか、行方不明のナツキに怒ってたけど、全部服部が悪かったよねー? ナツキが試合にこれなかったのも、全部服部のだらしなさが招いたよねー?」
「そうよ?」
「ぇえ? 開き直ってるの? しかもいいとこ取りだよねー? ナツキになんて言い訳するのさー? 弁解の余地なくない?」
「弁解なんてしないわよ。こちら側に都合の悪い情報は一切与えない」
「はぁ? 本気で言ってるの?」
「まず、マーラを野放しにしたことについては、そもそもマーラを倒すのは難しいと判断していた、ってことで話を合わせてもらえるかしら? エリナさん」
「……」
「納得がいかないようね。逆さま玉手箱以外にも忍びの宝具をプレゼントさせてもらうわ。悪い話では無い筈よ? どうかしらエリナさん? なにその顔。ふざけているのかしら?」
困っているようで、それでいて笑いを堪えているようにも見えるエリナの顔に、翔子は榎本くんを彷彿とさせられた。
明後日に視線がいっているところなど瓜二つ――。
まさか!?
思ったところで翔子は振り返った。
「なっ、ナツキちゃん! ……無事だったのねっ……あぁ……ほ、ほんとうに、ほんとうにっ……よガッ!?」
魔凜から解放されたナツキが、翔子の喉を締め親指で食道を押し潰す。
「ご、ごがぁあアぁ……、なんてことを……ごぉ……」
「オネエ……。テレパスで色々伝えたのに、なんで抜けてるの? わざとだよね? わざとじゃないなら若年性アルツハイマーじゃないの?」
グリグリと喉を押しつけながら、じとーーっ、と細めた目で睨む。
「いいや、若年性じゃないね。何百年も生きているんだったね。もう、死んでも良いんじゃない? 疲れたでしょ?」
「ぐぅ……ぎ、ぎ、ガァ……ア゛ひ、人殺しっ゛」
「ほんとに仲が良いんですのね。――何はともあれ、決勝リーグ進出おめでとうございます」
仲立ちするように言ったのは葉月だった。
決勝リーグ? もうそんなところに……。どれだけの時間犯されていたんだ。
いや、それよりもエリナとオネエは2人で勝ち進んでいたの? というか……、この人がお母さんなんだよね?
口元以外白無垢に隠された女を見詰めたまま、ナツキは固まっていた。
「翔子、ナツキ、エリナ、話があります。が、もうすぐ私も試合です。準々決勝が終わったら落ち合いましょう」
決勝トーナメント3回戦で、ナツキ属するかぜチームは、マーラ、魔凜を破り、4回戦へと駒を進めた。
しかし、その後チームの柱であるナツキが行方不明となってしまう。
ただでさえギリギリの試合運びで勝ち進んでいたこともあって、観戦客、他チームからは、かぜチームの4回戦敗退が濃厚かと思われていた。
だがしかし――。
「これでー……、終わりっ! とうっ!」
ドガッ――――ーーーッ!!!!
「ドンドドンッ!! これで二連勝♪ 勝ち抜きねぇ♪」
先鋒戦、中堅戦を2勝して、エリナと翔子はナツキを欠きながらも4回戦、5回戦、6回戦を難なく通過していったのだ。
未だ2人がどのような術を使っているのかを、観客の大半は気付けていなかった。
気付かれたとしても、それが問題ならないほどの素早さで圧倒するエリナ。
実力の底が見えない不気味さで翻弄する翔子。
大人と子ども以上の実力差を見せ付けて勝ち進んでいたのだ。
「あ、あいつら……、このまま優勝しちまうんじゃねぇのか?」「去年準優勝の斬魔チームをたった2人でやっちまったぞ……」「強すぎる……」
魔凜率いるチームを破った後、2人は順調にコマを進めていった。
その圧倒的な実力に、試合後妙なざわめきまで起こり始めていた。
しかし勝利を終えた、翔子ことオネエは相も変わらず――
「はぁ、どうなってるのよ。ほんとに…………ほんとに……」
「服部? 服部ーー、服部翔子ー。――――服部ー? どうしたの? またなにかあったの? ねーねー、どうしたのー?」
「どうしたもこうしたもないわよ!!!! いつになったらナツキちゃんは帰ってくるのよ!!!?」
「あぁー、またその話ー? 戦いが終わるまではめちゃくちゃテンション高いのに」
「はぁ、ほんと最悪よ……」
「あのさー、こんなことになるなら、やっぱりマーラってデカ物始末しちゃった方が良かったんじゃないのー?」
「うぅ……」
「どう考えたってあいつがナツキを拉致したでしょー? 服部だっていつ操られるか分かんなくて不安なんでしょー?」
「そんなこと言ったって後の祭りよ!!」
いつにも増しての八つ当たりが、武舞台の上で行われている中、
――ピカッ、ピキッ、ピキッ、ピキピキッ!
試合ドームの天井に敷き詰められた照明が、不揃いに明滅を繰り返し始める。
試合後の余韻からの生ぬるいざわつきが、「なんだなんだ」と喧噪を強めた。
「服部、これ――」
「えぇ、空間の歪みね……」
武舞台の端に立ったままのエリナと翔子は顔を見合わせ、単純な電気トラブルではないといち早く気付き、眉根を寄せた。
不安定に明滅する照明に続き、ボワボワーーッ、と隙間風の無いドームにかかわらず突風までもが吹き始める。
「お、おいっ! な、なんなんだよあれ!!」
風に靡かされた観客の悲鳴が轟いた。
武舞台の真ん中で、球体状の揺らぎまでもが現れたのだ。
巨大な水晶体のような光りを屈折させては歪める透明な磁場。それがサイズを大きくさせつつビリッビリンッ、と放電を繰り返し始めたのだ
「や、やべぇ!!! やべぇよ! ウワアアアアアーーーーーーーーーッ!?」
枯れ枝のような剥き出しの電気を指差した男の頭上に、剥がれた天井が崩落する。
「に、逃げろーーー!!!!!!」
ドーム中央にある磁場に引き寄せられるように、ゴミ箱やら剥がれた椅子やらが飛び交い始めた。
巨大な水晶のような磁力の乱れが、チリやら砂やら巻き込んで灰色のハリケーンを作り上げる。その黒龍のような渦が観戦客まで吸い上げ、そして飲み込んでいく。
「う、うわぁ!? に、にげろ、逃げろ、ここにいたら死ぬぞーー!!!!」
残虐ショーの見物客は淫魔だけではない。
むしろ小金持ちの人間が大多数を占めているのだ。
瓦礫の下敷きになっても、渦に飲み込まれてもひとたまりもない。
命あっての観戦。
命の危機を感じた観客たちは一箇所しかない出入り口に殺到する。
『落ち着いてください! 復旧作業が終わるまでその場に待機してください!』
場内アナウンスも動揺している。
当然そんな怯え混じりの声に耳を傾ける者はいなかった。
ボハーーーーーーーーーーー――――――――――アアアアアアンッ!!
突如、ドームの中心でハリケーンを作る磁場が爆発を起こして、武舞台の石綿を吹き飛ばしたのだ。
その散弾銃のように飛び散った石綿を、エリナと翔子が蝿でも払うように手を振るって弾く。
ドーム内の視界を遮るようにもくもくと砂埃が巻き上がっていた。
「ケフッケフッ――――、ちょっとー、うわっ!?」
砂埃が肺に入って咽せているエリナ。その腕の中にドンッ! と生々しい重量感がのし掛かる。
「痛ったー……い、なんなのこれっ、うわっ!? ナツキ!!!?」
突然の衝撃に一緒になって尻から転んでしまったエリナだったが、投げ付けられたモノが少女。それもナツキと気付いて、さらに大きな声を上げた。
磁場の歪みの正体は、ナツキ以外に考えられないと思っていたエリナであったが、ナツキの状態があまりにも惨い。穴という穴から精の残滓がドロドロと溢れている。
獣に食い荒らされたような悲惨なものだった。
そして砂煙が晴れていくと、武舞台の上に毛むくじゃらな大男が立っていた。
それはまるで、雪男を黒塗りにしたような大男だった。
「マ……ぁ、ラぁ……」
精液で濁った白い涎を垂らしながら、ナツキが言葉にならない声を繋げている。
しかし、言葉を汲み取る余裕もない内に、大男がエリナ諸共ナツキに襲い掛かる。
――ドゴンッッ!!!
かろうじてナツキを抱えたままにエリナは宙に逃げた。
……あ、あぶなっ!?
巨体の速さは追撃されようものなら避けられないほど早く、それでいてフルスイングした拳から生じた風圧は、触れただけで観客が細切れにされるほどの破壊力を持っていた。
思った以上に洒落にならない威力。
しかも空中で無防備――。失敗した。
空中に逃げたことを悔いるエリナ目掛けて、マーラが襲い掛かる。
ドゴーーーーンッ!!
「グゥオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」
間一髪、戦闘狂と化したマーラの顎目掛けて、翔子がニードロップキックを炸裂させ、その隙に体勢を立て直すエリナ。
「服部! ふぅ、助かったよ。……これさー、何が起きてるの? あの巨体ってマーラってやつだよね?」
「魔凜に憑依されたマーラがドーピング代わりに催淫剤を打たれて暴走したみたい」
「はい?」
「その暴走した力を前にナツキちゃんは為す術無くやられて、それに乗じて魔凜がナツキちゃんの身体を奪ったみたい」
「事情……、詳しすぎない!? …………まさかまた敵になったの!?」
「違うわよ。ナツキちゃんからテレパスで教えてもらったことをそのまま言ってるだけよ?」
「あーなるほど。それ便利だよね。いつでもどこでも喋れて」
「因みに魔凜がナツキちゃんの身体を奪ったことによって、あのバケモノが野放しになった。で、ナツキちゃんの身体を奪った直後、魔凜もあのバケモノに犯されたみたいよ」
言いながら服部翔子は、くねくねと宙に文字を書くように遊ばせていた指先を、ビンッ! とマーラに向けた。
「ふーん。魔凜ってやつも自業自得だね。で、どうすんの? ぞろぞろ集まってきたけど」
テロと見紛う異常事態である。勝ち残った他チームの選手も集まってきていた。
そんな中――シュンッ! 白無垢の女が、エリナと翔子の真後ろに立った。
「手伝いましょうか?」
「ナツキのお母さん? 葉月だっけ? やっぱり勝ち進んだんだ。――でも、手伝いはいらないと思うよ。そうでしょ? 服部」
「えぇ、エリナさん。あなたもようやくアタシのことが分かってきたみたいね」
ニヤリと片方の口角を吊り上げて、憂いを含んだ笑みを見せる翔子。
シルエットを強調させたタイトなジャケット、ミニスカート、それらが黒のストッキングが燃え上がって生まれた黒炎に燃やし尽くされ消えていった。
もくもくと上がったピンクの煙が、紫ピンクの着物へと変化する。
燃えカスを毒々しい鱗粉に変えて、身体の周りに舞わせていた――。
「グゥ、オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!! ガッ!?」
色気に狂わされたように獣と化したマーラが翔子に襲い掛かる。
が、しゃくりあげるように振るったキセルがマーラの顎先を砕く。
「ンゴッ!?」
顎を押さえたまま地べたに伏せったマーラの目の前でガンッ! と花柄衣装に似合わぬヒールを鳴らした。
「ごめんねマーラぁ。あんたとの遊びはもうおしまい。ほんとアタシらしくなかったわぁ。――あんたたちを消すために何百年も生きてきたのにねぇ」
「ンゴォゴ、ゴ、ゴォオオ゛ッ!」
「踏み付けられて藻掻いているアナタが可哀相に見えちゃうのも、ナツキちゃんの甘さが移ったせいかしらねぇ……――でも、もう終わりよ」
――地獄で会いましょう。
その言葉を聞き終えたマーラの身体が、二度、三度跳ねると、武舞台に白い水たまりが出来上がる。
マーラの魂を精液へと変えていくように、存在そのものが薄れていった。
それが消え失せたところで、じゃあね♪ 翔子の台詞が今生の別れを告げたのであった。
「夢精を起こさせたのかしら? ほんと翔子には敵いませんね」
「自分の尻拭いは自分でしないとね。――それで、ナツキちゃんから出ていってもらえるのかしら?」
葉月にひと言返して、翔子はナツキに寄っていく。
ナツキの身体を奪ったままの魔凜へと。
「翔子っ、相変わらずのっ、……ば、バケモノね――でも、隙ありよ!!」
ナツキの口から白い靄、魔凜の生命体が飛び出し、それが翔子の口の中へとすぽん! と入り込んだ。
今度は翔子に憑依しようとしたのだ。
しかし翔子は動じず、ニッ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やっぱりあたしを選んだわね。――ハァッ!!」
ボンッ! と鈍い破裂音が翔子の体内で鳴った。
それを聞いて、エリナが問い掛ける。
「え? ――終わり?」
「そうよ。あの2人はもうこの世にはいないわね」
「呆気な! てか、行方不明のナツキに怒ってたけど、全部服部が悪かったよねー? ナツキが試合にこれなかったのも、全部服部のだらしなさが招いたよねー?」
「そうよ?」
「ぇえ? 開き直ってるの? しかもいいとこ取りだよねー? ナツキになんて言い訳するのさー? 弁解の余地なくない?」
「弁解なんてしないわよ。こちら側に都合の悪い情報は一切与えない」
「はぁ? 本気で言ってるの?」
「まず、マーラを野放しにしたことについては、そもそもマーラを倒すのは難しいと判断していた、ってことで話を合わせてもらえるかしら? エリナさん」
「……」
「納得がいかないようね。逆さま玉手箱以外にも忍びの宝具をプレゼントさせてもらうわ。悪い話では無い筈よ? どうかしらエリナさん? なにその顔。ふざけているのかしら?」
困っているようで、それでいて笑いを堪えているようにも見えるエリナの顔に、翔子は榎本くんを彷彿とさせられた。
明後日に視線がいっているところなど瓜二つ――。
まさか!?
思ったところで翔子は振り返った。
「なっ、ナツキちゃん! ……無事だったのねっ……あぁ……ほ、ほんとうに、ほんとうにっ……よガッ!?」
魔凜から解放されたナツキが、翔子の喉を締め親指で食道を押し潰す。
「ご、ごがぁあアぁ……、なんてことを……ごぉ……」
「オネエ……。テレパスで色々伝えたのに、なんで抜けてるの? わざとだよね? わざとじゃないなら若年性アルツハイマーじゃないの?」
グリグリと喉を押しつけながら、じとーーっ、と細めた目で睨む。
「いいや、若年性じゃないね。何百年も生きているんだったね。もう、死んでも良いんじゃない? 疲れたでしょ?」
「ぐぅ……ぎ、ぎ、ガァ……ア゛ひ、人殺しっ゛」
「ほんとに仲が良いんですのね。――何はともあれ、決勝リーグ進出おめでとうございます」
仲立ちするように言ったのは葉月だった。
決勝リーグ? もうそんなところに……。どれだけの時間犯されていたんだ。
いや、それよりもエリナとオネエは2人で勝ち進んでいたの? というか……、この人がお母さんなんだよね?
口元以外白無垢に隠された女を見詰めたまま、ナツキは固まっていた。
「翔子、ナツキ、エリナ、話があります。が、もうすぐ私も試合です。準々決勝が終わったら落ち合いましょう」
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