満月招き猫

景綱

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自分なりの答えをみつけろ

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「うむ、上手いな。だがそれだけだ」

 天琥が覗き込みそう呟いた。
 同感だ。自分でもそう思う。子供の頃に描いたミーヤの絵とは何かが違う。もちろんミーヤとパンという猫の違いはあるがそういうことではない。技術的には向上しているとは思う。それなのに何かが欠けている。子供の頃の気持ちを取り戻したと思ったのにダメだった。

「何がいけないんだろう」
「思いが足りない。見たままを描いているだけではダメだ」

 思いとはなんだ。パンに対する思いか。見たままって言われてもここに空想したものも描けばいいのか。それは違うだろう。違わないのか。

「なあ、よくわからないんだけど」
「そうか、ならばおいらを見ろ。何に見える」
「鼠だろう。白鼠」
「そう見えるか。じゃこれはどうだ」

 白煙が上がりコツメカワウソになる。

「カワウソだ」
「それだけか。つまんないなぁ」
「他に何がある」
「おいらの後ろ側を想像しろ」
「後ろ側って」
「今までどう暮らしてきたのだろう。家族はいるのだろうか。何が好物で何が大嫌いなのか。なぜ仙人となったのだろうか。実は仙人の偽物なのではないか。などなどなんでもいい。おいらに興味を持って想像する。間違っていたっていい。とにかくなんにでも好奇心を持つのだ。疑問を抱き自分なりの答えをみつけろ。それが絵に表れてくる」

 なるほど。
 賢は何度も頷きて深く考え込んだ。

「ねぇねぇ、賢って絵がやっぱり上手いんだね。赤ちゃんなのにこんなに上手に描けるなんてすごい」

 んっ、赤ちゃんなのに。
 そうだ、自分はまだ赤ちゃんだった。それなのにこんな絵が描けるだなんて。それだけで天才と呼ばれるだろう。それでも納得いく絵ではない。天琥の言う通りただ見たまま描いただけだ。それなら写真と同じだ。

「よし、おまえの才能を開花するためにいいところに連れて行ってやる」

 天琥はコツメカワウソの姿のままいきなり後ろへ思いっきり押してきた。
 うわわっ。
 えっ、何。落ちる。水飛沫が派手に飛び散った。嘘だろう。池でもあったのか。さっきまでそんなものなかったはずだ。
 水が口の中に流れ込んでくる。息が、息が。あれ、呼吸はできる。

「おい仙人。何をするんだよ」

 んっ、口も利ける。水の中なのにどうしてだ。

「不思議だろう。おいらの力は凄いだろう」

 本当に不思議だ。
 ここは本当に水の中なのか。おかしなことに水面と思われるところにミーヤ、パン、美月が右往左往している。

「これはどういうことだ」
「だからおいらの力だってば」
「嘘だろう」
「おい、そこは『嘘だ、嘘だ、カワウソだ』だろう」

 いい加減にしろ。何度も言うほど面白くないぞ。
 コツメカワウソの姿の天琥は自分の周りを生き生きとした目をして泳いでいる。

「なあ、才能を開花するとか言っていなかったか。どこへ連れて行くつもりだ」
「もう着いているだろう。ここがそうだ。こんな景色滅多に見られるものではないぞ」

 賢はもう一度右往左往する美月たちに目を向けた。確かにそうかもしれない。水面を歩き回る猫。それだけではない。魚が泳いでいる横をモグラやアリが忙しそうに動き回っている。迷路のようなトンネルが張り巡らされていた。いったいどういう状況だ。ここは水の中ではないのか。土の中なのか。頭の中に疑問符が浮かぶ。水面と思われるところには太陽光が当たり煌めき何とも言えない幻想的な雰囲気も醸し出していた。

 あっ、あれは。
 木の根だ。花の根も見える。
 地中ではあんなに根を張っているのか。
 とんでもない景色だ。

 うわっ、ジンベイザメだ。おいおい、向こうからシロナガスクジラがやってくる。マンタまでいるじゃないか。えっ、あそこで泳いでいるのはカバか。な、何。象だ、象。象って泳げるのか。
 陸と海が入り交じった景色がここにはある。
 こんな景色を絵にしたらどうなるだろう。想像しただけで心が躍る。

 そうか、ありえないことだけど目の前の景色から違った景色を創り出せばいいんじゃないだろうか。見えるものをただ描くのではなく自分の中に見えるものを描く。もちろん、それがすべてではない。普通の風景にも輝く瞬間があるのではないか。光の当たり具合、木々が風で揺れる瞬間、鳥のさえずりを感じさせる躍動感あるもの。空は青、草は緑、太陽は赤もしくは橙。そんな既成概念に囚われてはいけない。その絵を見た人たちに何かを想像させられるものを描ければきっと心に響くものとなるはずだ。
 頭の中に七色の光が瞬いた。
 心に爽やかな風が吹く。心地いい。

「賢、賢、大丈夫」

 えっ、誰。

「主様、主様。目を開けてください」

 頬に肉球の柔らかな感触がする。
 美月とミーヤの心配そうな顔が目に留まる。重いと思ったら腹の上にパンが乗ってじっとこっちをみつめていた。

 ここはどこだ。
 白鼠の天琥がニヤリとしていた。
 水の中ではない。夢でも見ていたのだろうか。見せられていたというべきかもしれない。
 パンを抱き寄せて起き上がる。
 んっ、あれ。もしかして大きくなったか。成長したのか。
 賢は手足を見遣り美月へと目を向ける。

「もしかして赤ちゃんじゃなくなったのか」
「ええ、夢の魂を授かったときの子供の姿に戻ったみたい」

 そうか、そうなのか。よかった。
 ホッと息を吐いた瞬間、喉の奥に何かが引っ掛かっているような感覚になりえずいてしまう。賢は吐き出したものを見て動きを止めた。

「なにこれ、小魚」
「イワシじゃないでしょうか」

 水のない地面で小魚が悶えている。

「ミーヤ、イワシじゃないでしょ」
「いやいや、美月様。イワシですよ、イワシの稚魚ですよ」
「様はいらないっていったでしょ」
「あっ、そうでした」
「あああ、パン」

 賢は慌てて声を荒げた。止める間もなくパンがイワシの稚魚を食べてしまった。

「これも自然の摂理だ。おいらだっておまえたちだって魚は食べるだろう」

 そりゃそうだけど、なんだか可哀想に思えてしまった。

「なあ、仙人さん」

 あれ、いない。

「こっちだ、こっち」

 天琥はいた。どういうわけか手を振って口元を緩めていた。

「おいらの役目は終わりだ。あとは夢月楼に戻り自分で考えろ。『興味、好奇心、疑問』だぞ。いいな」

『興味、好奇心、疑問』か。

 そうだ。

「美月、お願いがあるんだけどいいかな」
「お願い」
「ああ、言い難いんだけど最後にもう一回だけ美月のミルクを飲ませてくれないか」

 美月に猫パンチをお見舞いされて頬に爪の痕が残った。それでも「最後だからね」と飲ませてくれた。美月のミルクは何か閃きの手助けしてくれる不思議な力があるように思える。だから飲ませてもらった。スケベ心があったわけではない。それだけはわかってほしい。

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