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子供はアーティスト
しおりを挟む天琥は咳払いをして座り込む。
脇腹に赤い筋が三本。痛々しい。美月の爪の痕だ。やっぱり美月は怒らせてはいけない。美月といえば気が済んだのか毛繕いをしている。とりあえず殺されずに済んだようだ。
「では本題に入るとしようか」
天琥は何事もなかったかのように話し出す。
「傷が痛んじゃないですか」
「それを言うな。思い出すじゃないか」
天琥は美月をチラッと見遣り小さく息を吐く。
「けどさ」
気になって仕方がない。
パンも同じ気持ちだったのか天琥に近づき脇腹の傷を嘗めはじめた。
「おい、そんなことはしなくていい」
「仙人さん、パンの気持ちだ。気が済むまでやらせてやってくれ。それに少しは傷が癒えるだろう」
「うむ、まあそうだな。では小休止する」
それじゃ何をしよう。あっ、なんだかもう腹が減ってきた。ミルクがほしい。美月に目を向けたがどうにも気恥ずかしくなる。なぜだろう。少し前までは腹が減ったら即美月の乳にしゃぶりついていたのに。赤ちゃんには変わりはないが少しは成長しているってことか。
どうしよう。
どうしようじゃない。腹が減ったらお腹を満たさなきゃいけない。それが生きるってことだ。美月に近づきしゃぶりつく。
「賢ったらもうお腹空いたの。しょうがないんだから」
美月の眼差しは優しく母の顔になっていた。
美味い。猫のミルクはこんなにも美味しいものなのか。それとも美月のミルクは特別なものなのだろうか。
「おい、そろそろはじめるぞ」
天琥の声がけで急いで戻る。
あれ、今歩けた。ハイハイじゃない。立って歩いた。
これも天琥の力なのか。違う、そうじゃない。
賢は美月を振り返り頷いた。おそらく美月のミルクの力だ。言葉も話せたのもそうなのではないか。そう思ったが口には出さなかった。
「おい、どうかしたか」
「いや、なんでもない」
「よし。まずはおまえに訊く。おまえの夢はなんだ」
「画家になりたい。有名な画家になりたい。それが自分の夢だ」
「うむ、よろしい。では訊くがおまえの絵がなぜ人の心に響かないと思う」
なぜって。それがわかればとっくに有名な画家になっているだろう。
「わからない」
「仕方がない奴だ。もっと真剣に考えてみろ。おまえは子供の頃の自分の絵も見たのだろう。何が違うかわかったのではないのか」
そうだった。子供の頃の絵を思い出してミーヤに目を向ける。
あの頃は楽しかった。みんなの笑顔を見たかった。
楽しむ心がなくなってしまったからなのかもしれない。本当にそれだけか。何か今と違うものはなかっただろうか。
「あのさ、楽しむ気持ちがなくなったせいなのかな。子供と大人の感性の違いとかもあるのだろうか」
「うむ、そうだな。えっと賢と言ったか」
「はい」
「ピカソはしっているだろう」
「もちろん」
「ピカソはこんな言葉を残している。『すべての子供はアーティストである。問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ』と」
ピカソがそんな言葉を残しているのか。本当だろうか。
本当かどうかはどっちでもいい。的を射ている言葉だ。まさに自分に当てはまる。子供の頃はアーティストだったのだろう。大人になって自分はアーティストでいられなくなった。それだけ難しいってことなのだろう。
「賢、そんなに難しい顔しなくても大丈夫よ。きっとうまくいくわ。だって赤ちゃんにまでなったんだもの。モンド様も言っていたでしょ。凄い画家になれるはずだわ」
確かにそうかもしれない。ただ赤ちゃんになった意味があるのだろうか。感性は子供の頃に戻っていない気がする。
「賢よ、不安か。不安だろうな。だが不安なんて吹き飛ばせ。今、おまえは大人とは違う。この世界の見え方が違うだろう」
見え方。言われてみれば違うか。低い位置から見ている。すべての物が大きく映る。ミーヤは熊のように感じる。パンはそれほど大きくは感じないがいつもよりも近くに思える。それは美月も一緒だ。猫目線に近いのかもしれない。なんとなくその違いが新鮮で昂揚感が湧いてくる。これが何か関係あるのだろうか。
「確かに見え方は違って楽しいけど、それがなんだというんだ」
「わからないか。今までにない興味、好奇心、疑問が生まれてこないか。心は大人のままだと思っているかもしれないが子供の心も存在しているはずだ。嘘だ、嘘だ、カワウソだって思わず言っちまうかもしれないぞ」
「それは言わない」
「そ、そうか」
なんだか天琥が落ち込んだように思えるけど気のせいか。そんなにカワウソ言葉を言ってほしいのか。今は鼠なのに。果たしてどっちが本当の姿なのだろう。
そんなことはどうでもいい。
『興味、好奇心、疑問』か。
賢はあたりの景色を見上げつつ見回していく。
パンが近づいて来てじっとみつめてきた。
真正面にパンの顔がある。いつものパンの表情と違って見える。なんだろう。無性にパンの絵を描きたくなった。そうかこの気持ちだ。
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