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リアルってなんだろう
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夢月楼街にある三日月横丁を歩いていた。
美味そうな匂いが右からも左からもしている。
「ねぇ、ねぇ、何か食べていかない」
「いいね」
「賢ももう私のミルクじゃなくてもいいもんね」
「美月、それは言うなって」
なんだか照れる。
「主様が羨ましい」
「なんだミーヤも美月のミルクが飲みたかったのか」
「あっ、いや、その」
「ミーヤはダメだよ」
ミーヤの顔がどことなく落ち込んでいるように見える。賢はミーヤの頭を撫でてやろうと思ったが二足歩行のミーヤの頭には届かなかった。
「主様、あそこのトンカツ屋にいきませんか。絶品ですよ」
ミーヤのやつ、メシの話になったら目が輝いちゃって。頭の切り替えが早い。
「ミーヤ、私はあっちの天ぷら屋がいいわ」
「そ、そうですか。美月様がそういうのなら」
「だから美月でいいって言っているでしょ」
「ああ、そうでした」
「トンカツに天ぷらか。自分はさっぱりした蕎麦が食いたいな」
「賢は蕎麦がいいの。そう、それなら蕎麦にしましょう」
ミーヤは何か言いたげだったが蕎麦屋に入った。
美月は天ざる蕎麦、ミーヤは肉蕎麦、自分はとろろ蕎麦にした。蕎麦の香りがして喉越しもよく今まで食べた中でも上位の美味さだった。
そんなことよりも絵だ。絵が描きたい。
ここの蕎麦屋なんかも老舗って感じで絵になりそうだ。あそこで料理をしている店主もいい雰囲気だ。寡黙で蕎麦が命というオーラが背中から感じる。実際には見えないがオーラも描けば面白いものになりそうだ。
振り返った店主の顔が赤ら顔だった。酔っぱらっているのかと一瞬思ったがよく見たら猿だった。日本猿か。なんだか変な感じだ。そういえばここの住人はみんな動物だった。忘れていた。猿の店主か。これもまた面白い絵が描けそうだ。
なんだろう。ちょっとしたことで見方が変わったのだろうか。意識に変化があったのだろうか。
三日月横丁の昭和の雰囲気もいい。
頭の中にカラフルな絵が浮かぶ。古い街並みに虹の雨が降る。金平糖の雨でもいいかもしれない。そういえば桜の木があった。春であったら桜吹雪の舞う絵が描けるだろう。秋であったら染まった紅葉の風景もいいかもしれない。もちろん、青々とした青葉の茂る景色だっていい。きっとそこには物語があるに違いない。その物語を感じて絵にする。普通の木が違う物になるだろう。
「あれ、主様。その耳は」
「えっ、耳」
耳がどうしたっていうのだろう。賢は耳があるべきところに手を持っていく。それなのに耳に触れられない。おかしい。耳がなくなった。違う。頭の上に何かが動く。頭に触れて異変に気がついた。
猫耳。
頭に張り付くように耳は寝ているが間違いなく猫のような耳がある。
嘘だろう。今度は猫の姿になっちまったのか。
賢はトイレに駆けて行き洗面台の鏡を見遣る。
いつもの自分の顔がそこにはあった。
賢は安堵をして息を吐く。待て、安心している場合じゃない。人の姿ではあるが耳だけが猫と同じだ。これはどうしたことだ。
「流石、モンド様ってところだな。でもな、それはおまえにとっても良いことだと思うな。うんうん、そうだ、そうだ」
トイレの個室から水の流れる音ともに声をかけてきたのは仙人だった。なんでここに。というか良いことなのか、これが。
「仙人さん、どういうことなんだ。知っているなら教えてくれ」
「うむ、それはだな。モンド様に訊け。ここでランクアップチャンスのお時間です」
「はっ、ランクアップチャンス」
「そうそう、賢、おまえはリアルな絵とはどんなものだと思う」
リアルな絵。それはなんだろう。賢は黙考した。仙人が見せてくれた幻想的な世界ではない。真逆だと言える。やっぱり今、この目で見ている世界そのままを描いたものだろう。まあ、ここも元の世界に帰ればリアルではないか。
「リアルな絵といえばやっぱり風景画とか静物画とかみたいなものかな。写真のような絵かもしれない」
「ブッ、ブー。違うと言えないがおいらが言うリアルとは違うな。ほら鏡を見ろ」
鏡に映り込んできたのは一枚の絵だった。この絵は壁画か。エジプトとかそこらへんの遺跡にあるような絵みたいだ。これがなんだというのだろう。
「壁画だろう、これ」
「そうだな。何か感じないか」
言われてみればなんとなく違和感がある。それはなんだろう。隅々まで絵を観察していく。そうか、顔は横向きだけど身体は前を向いている。それなのに足は横向き。顔も変だ。横向きなのに目が前を向いているみたいだ。腕の長さも変だ。同じ長さだ。
これは遠近法が使われていない。
「これ、おかしいよ。人の向きが統一されていないし腕の長さも変だ。これはリアルじゃないだろう」
「そう思うか。だがこの壁画を描いた者はこれがリアルだと思っているはずだぞ」
「そんな馬鹿な」
「ふふふ、当時の者たちは遠近法を使った絵を見たらこういうだろう。『この絵は変だ』と。『腕の長さは両方とも同じ長さじゃないと変だ』、『鼻が平なんて変だ』とかな」
確かに実際には腕の長さは同じじゃないといけない。自分の腕を見遣り頷いた。もちろん鼻も平らではない。間違っていない。間違っていないけどどこから見ているかを考えれば見た目は遠いほうの腕が短く見えるし正面の顔を見れば鼻は平に映る。
どちらもリアルと言える。
なんだかよくわからなくなった。
「賢、深く考え過ぎるな。時代によって人の見方は違う。絵は自由だ。ピカソのあの不思議な絵だってある意味リアルと言えるのだぞ。ひとつの絵に全方向からの視点を取り入れればああいう絵になる。正面からの視点、右からの視点、斜め上からの見た視点、後ろから見た視点全部を一枚の絵に描いたらああなるのだ」
なるほど。
絵とは深いものだ。
賢はブルッと身体を振るわせた。今まで考えたこともない仙人の言葉に身体が反応したのだろう。
「なあ、仙人さん。自分にもこういう絵を描いたほうがいいのかな」
「いや、そうは言ってはいない。自分なりの答えをみつけろ。遠近法を使った絵でも幻想的な絵でもなんでもいい。これはあくまでも選択肢のひとつだ。誰もやったことのないものに挑戦してみるのもいいだろう」
そうか。自分なりの答えか。挑戦か。
「仙人さん。あれ、消えた」
美味そうな匂いが右からも左からもしている。
「ねぇ、ねぇ、何か食べていかない」
「いいね」
「賢ももう私のミルクじゃなくてもいいもんね」
「美月、それは言うなって」
なんだか照れる。
「主様が羨ましい」
「なんだミーヤも美月のミルクが飲みたかったのか」
「あっ、いや、その」
「ミーヤはダメだよ」
ミーヤの顔がどことなく落ち込んでいるように見える。賢はミーヤの頭を撫でてやろうと思ったが二足歩行のミーヤの頭には届かなかった。
「主様、あそこのトンカツ屋にいきませんか。絶品ですよ」
ミーヤのやつ、メシの話になったら目が輝いちゃって。頭の切り替えが早い。
「ミーヤ、私はあっちの天ぷら屋がいいわ」
「そ、そうですか。美月様がそういうのなら」
「だから美月でいいって言っているでしょ」
「ああ、そうでした」
「トンカツに天ぷらか。自分はさっぱりした蕎麦が食いたいな」
「賢は蕎麦がいいの。そう、それなら蕎麦にしましょう」
ミーヤは何か言いたげだったが蕎麦屋に入った。
美月は天ざる蕎麦、ミーヤは肉蕎麦、自分はとろろ蕎麦にした。蕎麦の香りがして喉越しもよく今まで食べた中でも上位の美味さだった。
そんなことよりも絵だ。絵が描きたい。
ここの蕎麦屋なんかも老舗って感じで絵になりそうだ。あそこで料理をしている店主もいい雰囲気だ。寡黙で蕎麦が命というオーラが背中から感じる。実際には見えないがオーラも描けば面白いものになりそうだ。
振り返った店主の顔が赤ら顔だった。酔っぱらっているのかと一瞬思ったがよく見たら猿だった。日本猿か。なんだか変な感じだ。そういえばここの住人はみんな動物だった。忘れていた。猿の店主か。これもまた面白い絵が描けそうだ。
なんだろう。ちょっとしたことで見方が変わったのだろうか。意識に変化があったのだろうか。
三日月横丁の昭和の雰囲気もいい。
頭の中にカラフルな絵が浮かぶ。古い街並みに虹の雨が降る。金平糖の雨でもいいかもしれない。そういえば桜の木があった。春であったら桜吹雪の舞う絵が描けるだろう。秋であったら染まった紅葉の風景もいいかもしれない。もちろん、青々とした青葉の茂る景色だっていい。きっとそこには物語があるに違いない。その物語を感じて絵にする。普通の木が違う物になるだろう。
「あれ、主様。その耳は」
「えっ、耳」
耳がどうしたっていうのだろう。賢は耳があるべきところに手を持っていく。それなのに耳に触れられない。おかしい。耳がなくなった。違う。頭の上に何かが動く。頭に触れて異変に気がついた。
猫耳。
頭に張り付くように耳は寝ているが間違いなく猫のような耳がある。
嘘だろう。今度は猫の姿になっちまったのか。
賢はトイレに駆けて行き洗面台の鏡を見遣る。
いつもの自分の顔がそこにはあった。
賢は安堵をして息を吐く。待て、安心している場合じゃない。人の姿ではあるが耳だけが猫と同じだ。これはどうしたことだ。
「流石、モンド様ってところだな。でもな、それはおまえにとっても良いことだと思うな。うんうん、そうだ、そうだ」
トイレの個室から水の流れる音ともに声をかけてきたのは仙人だった。なんでここに。というか良いことなのか、これが。
「仙人さん、どういうことなんだ。知っているなら教えてくれ」
「うむ、それはだな。モンド様に訊け。ここでランクアップチャンスのお時間です」
「はっ、ランクアップチャンス」
「そうそう、賢、おまえはリアルな絵とはどんなものだと思う」
リアルな絵。それはなんだろう。賢は黙考した。仙人が見せてくれた幻想的な世界ではない。真逆だと言える。やっぱり今、この目で見ている世界そのままを描いたものだろう。まあ、ここも元の世界に帰ればリアルではないか。
「リアルな絵といえばやっぱり風景画とか静物画とかみたいなものかな。写真のような絵かもしれない」
「ブッ、ブー。違うと言えないがおいらが言うリアルとは違うな。ほら鏡を見ろ」
鏡に映り込んできたのは一枚の絵だった。この絵は壁画か。エジプトとかそこらへんの遺跡にあるような絵みたいだ。これがなんだというのだろう。
「壁画だろう、これ」
「そうだな。何か感じないか」
言われてみればなんとなく違和感がある。それはなんだろう。隅々まで絵を観察していく。そうか、顔は横向きだけど身体は前を向いている。それなのに足は横向き。顔も変だ。横向きなのに目が前を向いているみたいだ。腕の長さも変だ。同じ長さだ。
これは遠近法が使われていない。
「これ、おかしいよ。人の向きが統一されていないし腕の長さも変だ。これはリアルじゃないだろう」
「そう思うか。だがこの壁画を描いた者はこれがリアルだと思っているはずだぞ」
「そんな馬鹿な」
「ふふふ、当時の者たちは遠近法を使った絵を見たらこういうだろう。『この絵は変だ』と。『腕の長さは両方とも同じ長さじゃないと変だ』、『鼻が平なんて変だ』とかな」
確かに実際には腕の長さは同じじゃないといけない。自分の腕を見遣り頷いた。もちろん鼻も平らではない。間違っていない。間違っていないけどどこから見ているかを考えれば見た目は遠いほうの腕が短く見えるし正面の顔を見れば鼻は平に映る。
どちらもリアルと言える。
なんだかよくわからなくなった。
「賢、深く考え過ぎるな。時代によって人の見方は違う。絵は自由だ。ピカソのあの不思議な絵だってある意味リアルと言えるのだぞ。ひとつの絵に全方向からの視点を取り入れればああいう絵になる。正面からの視点、右からの視点、斜め上からの見た視点、後ろから見た視点全部を一枚の絵に描いたらああなるのだ」
なるほど。
絵とは深いものだ。
賢はブルッと身体を振るわせた。今まで考えたこともない仙人の言葉に身体が反応したのだろう。
「なあ、仙人さん。自分にもこういう絵を描いたほうがいいのかな」
「いや、そうは言ってはいない。自分なりの答えをみつけろ。遠近法を使った絵でも幻想的な絵でもなんでもいい。これはあくまでも選択肢のひとつだ。誰もやったことのないものに挑戦してみるのもいいだろう」
そうか。自分なりの答えか。挑戦か。
「仙人さん。あれ、消えた」
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