満月招き猫

景綱

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予想外の事態

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「ばぶ、ばぶ、ばぶ」
「賢。なんで。タマおじさま、これはどういうことなの」
「うむ、どういうことだろう。こんなこと初めてだ。己家、わかるか」
「いや、俺も知らぬ。突然、赤子になるなんてこと今まで聞いたことがない」

 赤子。今、赤子って言ったのか。
 自分は赤ちゃんになっているのか。なぜ、そんなことになった。誰か教えてくれ。

「タマおじさま。このままじゃ夢を叶えるどころの話じゃないわ」
「そうだな。どうしたものか。吾輩でも知らぬことがあるとは」

 おい、知らないのか。みんな知らないのか。この世界ではこういうことが起きるんじゃないのか。賢は三人の会話を聞き落胆した。
 くそっ、どうして口を利けない。しゃべれないのがもどかしい。

「玉三郎、これは忌々しき事態だ。父上、いやモンド様のところに行こう」
「そうだな。モンド様なら何か知っているかもれない」

 モンドなら知っているのか。知っているんだよな。
 賢は手を伸ばして玉三郎の毛を引っ張った。

「いて。おい、やめろ。この悪戯坊主」

 うおっ、その手はなんだ。叩くつもりか。赤ちゃんだぞ。虐待反対。

「もうタマおじさま、ダメ。赤ちゃんには優しくしてあげなきゃ。ねぇ、賢ちゃん」

 そうだ、そうだ。

「すまぬ」

 賢は美月に抱きつきお礼を言った。

「ばぶ、ばぶ、ばぶ」と。

 伝わっていないだろうな。

「賢たら私のことが好きなのね。かわいい」

 そうじゃない。んっ、そうなのか。猫の姿の美月に目を向けて首を捻った。
 そういえば腹が減った。なんか食べたい。何を呑気なことを。空腹よりも今の事態を気にしろ。赤ちゃんだぞ。赤ちゃんになっちまったんだぞ。それはそうだが腹が減っては何もできない。まずは腹を満たすことが優先だ。
 賢は身体をバタつかせて空腹を訴えた。伝わるかどうかはわからないがこれしか相手に伝える術はない。

「んっ、急にどうした。どこか痛いのか」
「タマおじさまが叩こうとしたから怖がっているんじゃないの」
「美月、それは。うむ、そうかもしれぬ。すまなかった賢」

 違う、違う。そうじゃない。腹が減ったんだ。

「おい、どうも違うみたいだぞ。俺が思うに腹が減っているんじゃないかと」

 おっ、己家親王。流石だ。これで食い物にありつける。

「お父様、凄い。それよ、それ。お腹空いたのよ。でも、赤ちゃんにあげる食べ物なんてあったかしら」
「ないな」

 な、ないだと。そりゃないだろう。
 あっ、いいものみっけた。
 賢は美月のおっぱいにしゃぶりついた。

「あっ、いや」
「おのれ、許せぬ」

 己家親王が鬼の形相で掴みかかってきた。
 うっ、やめろ。息ができない。自分はひ弱な赤ちゃんだぞ。なんてことをする。死ぬ、その手をどけろ。

「お父様、やめて。可哀相よ。賢は赤ちゃんなのよ」
「だがしかし、こやつは娘の乳をだな」
「もう、赤ちゃんなんだもの。仕方がないでしょ。お腹が減っているんだしおっぱいにしゃぶりつくのも普通のことだわ。賢だと思うと恥ずかしいけど」

 恥ずかしいとの言葉に賢は狼狽えた。思わずしゃぶりついてしまったが確かに変なことをしたかもしれない。猫の姿とは言え、女の子のおっぱいにしゃぶりつくとは。ふと人の姿の美月を思い出して照れてしまう。けれども今は赤ちゃんだ。どこかで赤ちゃんとしての自分が無意識にミルクを欲していたのだろう。

「おい、美月。いくらおまえでも赤子に飲ませる乳は出ないであろう」
「そうね、タマおじさまの言う通り。出ないわね。けど、もしかしたら何かのきっかけで出るようになるかもしれないわ。そういうことってあるでしょ」
「うむ」
「待て、それでもいかん。嫁入り前の娘だ。いくら赤子でも許せぬ。きっとこいつは確信犯だ」
「もうお父様ったら、そんなわけ……」

 美月がみつめてくる。思わずドキッとして目を逸らす。

「賢。もしかして心と頭は大人のままなんじゃ。私の身体がほしかったの」

 ち、違う。腹が減って思わずしゃぶりついてしまっただけだ。くそっ、言い訳もできないのか。頼む、美月信じて
くれ。

「美月、そのへんにしてやれ。怖がっているぞ」
「えっ、あっ、ごめん。泣かせちゃったわね」

 言われてはじめて気がついた。涙で頬が濡れていた。

「とにかくモンド様のところへ連れて行こう」
「そうね、お父様」

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