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第五話「猫神様がやってきた」
艶のある方位磁針
しおりを挟む「あーあ、退屈だ。依頼者が来ないとはなんとも面白くない。何ヶ月も阿呆の面ばかり眺めていても何にも始まらないからな。あーあ、退屈だ」
まったく、いつも一言余計なんだから。
「トキヒズミ、うるさい」
「はい、はい、黙りますよ」
トキヒズミは項垂れて隣の部屋へと歩いていった。
「あ、そうだ。もしかしたら依頼者が来るかもしれないぞ。予兆の夢を見たからな」
「なに⁉ このボケボケが。それを早く言え」
トキヒズミは踵を返して戻って来ると胡坐をかいてドンと座り込んだ。
そのときドアベルがタイミングよく鳴った。
「依頼者、来た」
アキも笑みを浮かべている。だが引き攣った怖い顔にしか見えなかった。いつまでたってもアキはうまく笑顔が出来ないようだ。それもひとつの個性とみるべきだろうか。
再びドアベルが鳴り急いで彰俊は玄関先へと顔を出す。
あれ、誰もいない? と思いきや、突然夢で見た慈艶という女性の姿が現れた。
「お邪魔しますよ」
慈艶は微笑みを浮かべてウィンクすると、滑るようにして奥の部屋へと進み座り込んでしまった。彰俊はドキッとしつつ慈艶の背を眺めた。あの色っぽさは罪つくりかもしれない。
「ほほう、えらいベッピンさんじゃないか。おいらはトキヒズミ。よろしくな」
「はい、よろしく」
慈艶は微笑み、「ところで、そっちにいるのがアキちゃんですか」と尋ねた。アキはコクリと頷き怖い笑みを浮かべた。
慈艶はアキを見つめて言葉を続ける。
「アキちゃんに吉兆と凶兆の星が見えます。いや、アキコのほうでしょうか」
玄関先から戻り「アキコに、ですか」と彰俊は尋ねた。
慈艶はどうやら座敷童子猫が二重人格だとわかっているようだ。
頷く慈艶がスッと姿を消してそこに方位磁針が現れた。カタカタと音を立てて方位磁針の針が揺らめきグルグルと回転しはじめる。
「これがこの者に何事かが起きる予兆の証です」
「ふむ、なるほど。だがぼんくら彰俊に何か出来るのか」
トキヒズミの言葉を無視してアキに目を向ける。困惑している様子が窺えた。時折、アキコの顔も覗かせている。ずっと一緒にいるせいか不思議とちょっとした変化でアキかアキコかの判別ができるようになっていた。
「おやおや、酷い物言いですこと」
「いつものことですから、気にせずに」
「ふん、気にしないのならもっと言ってやる。阿呆、唐変木、ボケボケ、甲斐性なし。どうだ腹立つだろう」
聞こえない、聞こえない。
トキヒズミの暴言を無視していたら、アキがトキヒズミを蹴り飛ばしていた。
「これで、静か」
「そうだな、アキ」
トキヒズミは隣の部屋まで飛ばされて目を回している。目はないのだがそう思えた。これでしばらくはおとなしくなるだろう。ちょっとはトキヒズミに同情しないでもないが、あいつは頑丈だから大丈夫だろう。
慈艶の話によると吉兆と凶兆が同時にやってくるとのこと。いったいどういうことなのか。どちらも西からやってくるらしいが。方位磁針に目を向けると確かにときどき針が西に止まり震えて再び回り出していた。
『西』から来るのか。
誰が?
人とは限らないのか。
彰俊はふと夢のことを思い出していた。あのライオン、いや獅子というべきか。あの者は吉兆なのか凶兆なのか。なんとなくだが、吉兆のほうのような気がする。ネムと名乗ったあの者は優しい気を纏っていた。猫神とも話していた。神ならば吉兆だろう。けど天罰を下すのも神だ。
アキは悪いことなどしていないからな。それに猫の物の怪でもある。猫同士だし、吉兆だと信じたい。
ならば凶兆とはいったい何が起きるのだろうか。
「まあ、あまり気にせず行動しましょうか。ネム様が防いでくれると出ているので」
「ネム様⁉」
アキが目を見開き叫んだ。
「どうした、知っているのか」
「知っているもなにもあたいの師匠よ、ネム師匠を知らないの」
突然飛び出したアキコにどつかれた。痛くはなかったがびっくりした。
「師匠と言われても。けど、夢で逢ったぞ」
どういうことだろう。あの獅子がアキ&アキコの師匠ってことなのか。けど、アキ&アキコの力は祖父の蔵の付喪神たちに教わったんじゃなかったっけ。記憶違いか。
「疑問を解決させてあげましょうか」
慈艶がスッと寄り添って来て微笑みかけてきた。彰俊は後退り、顔を赤らめた。
「慈艶、ダメ」
「はい、はい、わかっていますよ。ちょっと虐めたくなってしまってね。ネムはその昔、栄三郎と逢っているのですよ。そのときこの座敷童子猫とも逢っているのです。アキとアキコの力はすでに備わっていたのですが、ネムはその力の有効活用を親身になって教えてあげていたわね。『間違ったことに使ってはならぬ』ってね。たった一度の出逢いでしたが、それでアキは師匠と呼ぶのでしょう」
なるほど。
「ネム様に逢いたい」
「うふふ、ならば早速参りましょうか」
「居場所を知っているのか?」
「はい、もちろんです。ですがこの姿でずっといられないもので、わたくしを持っていってくださいませ。よろしいでしょうか」
彰俊は頷き、「アキ、行こうか」と笑んだ。
「あたいはアキコよ」
んっ、そうか。そういえばほんのちょっと顔立ちが違うか。ころころ変わられると流石に間違えてしまう。
「じゃ、アキコ行こう」
「待て、待て、待てぇ。おいらを置いていこうというのか。このマヌケが」
トキヒズミはアキコに睨まれ、すぐ口を閉ざしたが彰俊に目配せして『連れて行け』と訴えてきた。
彰俊は胸ポケットにトキヒズミを押し込み、方位磁針となった慈艶はアキコに手渡した。ポケットの中から「慈艶と寄り添えると思ったのに。余計なまねを」とのつぶやきが聞こえて来た。
彰俊は心の中で『残念でした』と頬を緩ませた。
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