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第五話「猫神様がやってきた」
光を纏う獣と謎の女性
しおりを挟む獣の咆哮が響き渡り、時守彰俊はカッと目を見開いた。
空耳か?
いや、そうじゃない。何者かの気配がする。
闇の中に突如浮き上がる光るものが目の端に映った。いったいなんの光なのか確認するべきだろう。けど、どうしても躊躇ってしまう自分がいる。右側から放たれた光はいったい何だというんだ。心臓がキュッと縮こまる。
なんだか寒気がする。どうしようか。
見る、見ない。見る、見ない。
好奇心と恐怖心とが鬩ぎ合い、その場を動く事ができない。光に目を向けるべきか無視するべきかと葛藤を繰り返すばかりだ。
よし一旦整理しよう。
ここはどう見ても自分の部屋だ。間違いない。ただ、ありえない場所から光を発するものがある。窓があるのなら外からの光だと言い切れるが、そこには窓などない。壁があるだけだ。つまり何かが存在する。光る何かが。誰かの悪戯じゃないとすればだが。
座敷童子猫のアキがそんな悪戯をするとは思えない。アキコならどうだ。それもない。懐中時計の付喪神のトキヒズミだったら、ありえるかもしれないが違う気がする。この張り詰めた空気感は明らかに別物だ。それならなんだ。
わからない。
いったい何が起きている。
やはりこの目で確かめなきゃダメだ。
大きく深呼吸をひとつだけして、意を決する。
きっと大丈夫だ、早く見てしまえ。そう思った矢先、光が近づいてきてまたしても躊躇う心が生まれてしまう。目の端に何者かが動く気配がした。息遣いもする。思わず瞼を閉じてしまう。敵意はないと信じたい。ただ、さっきの咆哮は獣の声だった。ならば、このまま寝ていていいものか。いきなり噛み付かれて即死なんてことも。
彰俊はブルッと身体を震わせた。
獣臭もする。気のせいなんかじゃない。
どうしたらいい。危機的状況なのではないか。
だいぶ近づいて来たぞ。気配をすぐそこで感じる。ダメだ、俺は死ぬのか。いやそうじゃない。殺すつもりならとっくに噛み殺されているはずだ。早く見ろ。恐ろしい者じゃない、大丈夫だ。強く祈った。施錠は完璧にしてある。大丈夫だ。獣が侵入するはずがない。きっと怖いと思い込む心が大きな獣を思い浮かべているだけだ。
彰俊は薄目を開けて右側からの光へとゆっくり首を動かしていく。
あっ。身体が硬直してしまった。まるで石にでもなってしまったかのように動きがとれない。一気に鳥肌が立ち、背筋に悪寒が走る。
そこには、光を纏ったライオンの顔があった。
「お主は誰だ。ここはどこだ。吾輩はネム。慈艶に導かれて来たのだが、どこに来てしまったのだろうか。ところでお主、大丈夫か。顔が青白くなっているぞ」
これは夢だ。ライオンが俺の部屋にいるわけがない。悪い夢だ。言葉を話すライオンなどこの世に存在しない。ありえない。物語の世界でしかありえないことだ。それにジエンって誰だ。
「うふふ、どうやら驚かせしまったようですね」
「おお慈艶、そんなところにいたか。まったくかくれんぼをしている場合ではないだろうに。とにかく慈艶よ、きちんと説明してくれ。この者も理解不能な事態だろうが、吾輩もさっぱりわからないぞ」
「そうですよね。けどわたくしも今日、初めてここへ来たものですから」
「なに、初めてだと。まったく、おまえは。獅子の姿でとの話だったから言う通りにして来たものの。この者を驚かせただけではないか。それが目的か」
そんな会話のやり取りのあと気づくと、光が小さくなり一匹の三毛猫に変化していた。その隣には紅色の地に菊と桜の刺繍を施した着物の女性の後姿が暗闇にぼんやりと映った。
もしや、これは……。いつもの依頼人が来る予兆の夢か。
そうだ、そうに違いない。ならば、怖がることはない。
彰俊は少しだけ冷静さと取り戻して嘆息を漏らす。
「あの、あなたたちはもしや付喪神か何かですか?」
「うふふ、流石ですね。理解が早いっていうのはいいことですわ。わたくしは慈しむ艶ある者ということで『慈艶』です。方位磁針の付喪神ですわ。吉兆、凶兆を予言することが出来る方位磁針なんて呼ばれているのですよ。よろしくね。時には縁結びもしてさしあげますけどね」
慈艶が微笑みながら話すと、隣の三毛猫が口を開いた。
「吾輩は付喪神ではない。猫神である。だが、あまりそう呼ばれることは好まない。だから、ネムと呼んでくれ。何が何だかわからぬが、よろしく頼むぞ」
「あ、はい」
猫神か。これはなんだかすごい。それに慈艶はずいぶんと自信があるんだ。『慈しむ艶ある者』だなんて自己紹介、普通は出来ない。確かに綺麗ではあるけど。どこかで見たことあるような姿だ。どこでだったろうか。
彰俊はゴクリと唾を呑み込んだ。
「それじゃ、今夜はこの辺で引き上げましょう。ネム様」
「そうか、なら行くとするか。驚かせてすまなかったな。ではまた逢おう」
ネムの言葉とともに、スッと暗闇へ女性と三毛猫は姿を消してしまった。
今回はどんな依頼なんだろう。
彰俊は首を傾げつつとりあえず布団に潜り込んだ。といっても、結局は朝まで眠れなかった。
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