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Ride or Die
2・闇の帳を下ろさずに(※性的描写あり)
しおりを挟むいつもそうしているようにキスを交わし合う、良太と榊はベッドの上。
良太は榊の上顎を舌先でくすぐるように舐め、あるいは強く押し上げるように責める。そこは彼の敏感な部分で、すぐに蕩けて体の力が抜けてしまう容易さがなんとも愛らしい。
ガラス細工を化粧箱に納めるような慎重さで、後頭部と背中に手を添えゆっくりと押し倒す。銀色の長髪に癖がつかないように指先で何度か梳いて整えると、爽やかなシャンプーの残り香がした。
朦朧とした様子で横たわる愛おしい男の、眼鏡の細いテンプルをつまみ、そっと外してナイトテーブルに置いた。眼鏡の横には照明のリモコンがある。
電気を落とすのは榊の判断で、大抵恥ずかしがって、性器をあらわにする段階で部屋を真っ暗にされてしまう。なのでなるべく榊の体を見ていたい良太は、うんざりされない程度に時間をかけて彼の上半身を堪能してから下に触れることにしていた。
首筋や鎖骨やなだらかな胸の丘、薄い乳暈の中心にぽつと突起する乳首を愛撫する。
当初は男の胸や乳首なんかを触って何の意味があるんだ?と怪訝そうにしていた榊も、このごろは触れられることに快さを覚えているような反応を示す。小ぶりな乳首はまだ性感帯へと昇華してはいないものの、そこで快楽を得るまであと少しと良太はみている。
肺を守る肋骨の曲線、引き締まった腹筋の弾力、臍のくぼみ。脇腹を少し強めに掴むと、くすぐったそうに身を捩って微かに腹を震わせた。彼の肉体を視覚と触覚、時に嗅覚と味覚で楽しみ尽くす。
上半身ばかり貪られ、最も慣れ親しんだ性の愉悦にお預けを食らった状態がもどかしいのだろう、榊は恍惚とした表情で強請るように腰を揺すった。兆し始めた男の証が芯をもち、主張し始めているのが分かる。
態となのか、無意識なのか、その艶かしさに煽られて自制心を失いそうになる。このまま強引にことを進めて彼の中に──
我慢だ、我慢!
していいのは前戯だけ!
なんとか踏みとどまる。とにかく今は相手の要望に応えたいし、自分のものだってとっくに固くなっている。二人のものを合わせて扱いて、一緒に気持ちよくなりたい。
張り詰めた自分の陰茎を彼のそこに擦り付けて刺激すると、微かに呻いたような吐息を漏らして快楽を享受してくれる。
下着の圧迫から解放されたくて脱ぎ捨てた。相手の腰に巻かれたタオルを剥ぎ取り、同じように真裸にした。
普段ならこのあたりでさっさと電気を消されてしまうのだが、何故か榊はベッドサイドのテーブルにあるリモコンに手を伸ばさない。
このままでもいいのかな?と試しに完全に露出したそこを上下に撫でてみる。鋭敏な先端の割れ目の縁を円を描くようにして優しくなぞると、先走りの透明な液が溢れて彼の腹に滴った。
もしや今夜は最後まで見せてもらえるのかも、と期待して、
「明かり点けたままでいいですか」
と問いかけると、見たくなければ消せと言う。
当然、良太は闇の帳を下ろすなんて勿体無いことはしたくない。ないのだがしかし、仰向けになっている榊は照明が眩しいのかそれとも恥ずかしいのか、眉を顰め横を向き、右腕で目元を隠している。
リモコンを取り、明度を下げていく。一枚、また一枚と薄墨のヴェールが重なるごとに現実感が遠退くようだ。これはこれでなかなか、妖美な雰囲気があっていいものだなと新たな発見だった。
互いのものを合わせて握り込み刺激を与え、また与えられながら極致を目指す。自分の身体の下で控えめに悶える、彼の官能的な姿をしっかりと観察する。顔から首、胸元にかけて朱を注いだように赤らみはじめた。陰りのある灯りの下でも意外と紅潮の様子が分かる。
追い立てるようにして摩擦すれば、混ざり合った二人の体液が卑猥な音をたてる。いつもより強い陶酔の中にいるのか、榊は何度も切なげに良太の名前を呼び、掠れた喘ぎをもらした。
暗がりで致していた従来と違い、今の彼はいつになく大胆で淫らなように思える。まるで後ろに受け入れているように足を開き、離れないで、とでもいうように腰に巻き付けてきさえしたのだ。
絶頂の瞬間、榊は仰け反り、かつてない色めいた声をあげて果てた。後を追うようにして良太もまた精を吐き出す。
榊は陶然として目を瞑り、極めたばかりで過敏になった身体を力無く投げ出していた。薄く開いた唇のあいだから覗く潤った舌先の丸みが、淡い光を反射している。良太は堪らず襲いかかるような勢いで榊を抱きしめ、唇にむしゃぶりつく。噛み付くように肉の柔らかさと弾力を味わい、隙間に舌を差し込んで口内を蹂躙する。
そのまま二度目の果てへ向けて高め合い、二人がようやっと落ち着いたのは十時半をまわった頃だった。
良太はもっと舐めて嗅いで、声を聞き、肢体を観察し、彼を堪能していたかったが──欲深さを抑えてお利口さんに徹することにした。
明日は日曜だが、榊は池占家の人間と面会しなければならないのだ。遺産のことできっと大事な話し合いをするのだろう。疲労や寝不足で何かの間違いがあってはいけない。αの体力と精力でβの彼を玩ぶことのないよう、自制するのはもう慣れた、多分。
微かなシャワーの音が聞こえている。良太はベッドの上で耳を傾け、身を清める榊の姿を想像する。
彼の身に移った自分の匂い、無論フェロモンを含むそれを洗い流されるのは、なんだか無性に悔しくて寂しい。こんな気持ちになるのはαだからだろうか。
行為が終わったあとはちゃんと拭いているのだから、そこまでしなくてもいいじゃないかと思う。しかし榊は清潔好きだし、寝る時は汗を流してさっぱりとしたいという。
だから良太は、今宵もまた榊が深い眠りに落ちたあとこっそりと身体中にキスして舌を這わせ、愛撫して、マーキングしなければ気が収まらない。
耳の奥には彼の善がり声が残り、瞼の裏には艶姿が焼き付いている。記憶に集中すれば陽物が容易に反応してしまう。今夜は二回しか射精していないため、αの良太としてはまだ全然余裕。むしろ足りないくらいだ。
これは一人で処理してからでなければとても榊の隣では眠れない、と溜め息をつく。手持ち無沙汰に膝頭を擦っていると、シャワーを済ませた榊が戻ってきた。
禊を終え寝支度を整えた彼が、先刻まで淫らに喘いでいた男だとは信じられない。彼独特の清らかな空気感も相まって、禁欲的な神職者のようにすら見える。
この人が俺の下で裸体を晒し快楽に溺れていたのだと、良太はそのギャップにえもいわれぬ背徳感と悦びを覚えた。
前屈みでそそくさとバスルームへ退散した良太は自慰で欲を発散した。平静を取り戻し、温めの湯に打たれながら、
最近、榊さん変わったよな。
などと考えている。さっきまでの前戯のこともそうだし、もともと榊に備わっていたらしい清々しい気配が、柔らかく浸透してくるような感覚になったのだ。
冷たさの中にほんの僅かに体温が宿り、肌の下まで染み込んでこちらに添ってくれるようで、とても嬉しい。
彼から伝わる気配の変化は、両思いであることを認めてくれたからかもな、などと良太は思っている。それが果たして彼の変化がこちらに伝わるからなのか、それとも感じ取るこちら側の変化なのかは分からないけれど。
いつからといえば、花園高校の屋上で危うく振られそうになった日以降だろう。
今思い出しても冷や汗ものだ。もしあの場で榊が、完全に自己完結して本音を曝け出してくれなかったらきっと──
無理矢理どこかに監禁していたかも。
例えばあの廃工場にあった、牢屋みたいな場所に。
榊の部屋にベッドが届いた日、
『αとして榊さんとそういうことはしません。Ωの代わりになんか絶対しません。』
なんて宣言したくせに、彼が自分から離れていこうとしたとき、危うくαの力にものをいわせて自由を奪ってしまいそうだった。それはきっとαがΩを支配して飼育するような、独善的で醜悪な欲望なのだろう。
互いに好意を伝え受け取り合うことができて良かった、と思うと共に、自分の中のα性をもっと抑えなければと自戒する。
良太が榊にやどる不思議な気配が分かるようになったのは、五月の連休のこと。訪れた鳥居地区の観光地でΩに見付かってからだ。
側から見ればほんの数分、ただじっとΩに見詰められただけだったろう。だがあのとき自分は確実に、Ωに獲物として認識されたのだと良太は実感した。汚された、とさえ思う。
月輪地区にある〔月光舎〕という廃工場で、犯人に嗾けけられた発情状態のΩも似たようなものだった。
幼馴染の桜庭もまた同様の体験をしている。Ωとのお見合いの席で凄まじい恐怖を味わったのだそうだ。そうした恐怖体験の後で榊に会うと、
『周りの空気が清涼感あるっつうか。真夏のプールとか、綺麗な水の中みたい』
と感じるようになったのだという。
自分も桜庭も、Ωと対峙するまで奴等の恐ろしさや不快感を知らなかった。
同時にまた、Ωが自分たちに齎した嫌な気分、記憶、触感を、榊が祓ってくれるようだとも知らなかった。そういう意味では、榊の新たな魅力に気付くことができたので、得をしたともいえるだろうか。
Ωのαに対する欲望は性的な範囲にとどまらず、精神や魂といった不可視なものまでをも喰らいつくそうとしている気がする。奴らはフェロモンでαの肉体と精神を支配して番にして、弄んで楽しんで、生気や魂まで貪るあいつらは──
人間じゃない?
バケモノ?
温かいシャワーを浴びながら背筋に、ぞわり、と悪寒が走る。
記憶の中から抜け出たΩが実体化して背後に立っていたら、なんて妄想が脳裏を掠めて恐くなる。
もちろん浴室内の鏡には自分以外の誰も映ってはいないし、振り向いてみてもそこには何もないのだが。
早く榊さんの所へ行こう、隣で眠ろう。
良太は逃げるように浴室を出た。
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