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Find a Way
2・良太と榊、再会
しおりを挟む昨晩、居酒屋〔葵〕にて麗子から得た情報は、桧村良太をおおいに興奮させるものであった。
榊龍時が母校である花園高校に赴任してくるということ、そして、もう既に花園地区に引っ越してきていること。
あの人がいま自分と同じ町に居る!
そのことに気持ちが騒いで、一旦帰宅したものの、とても寝るどころではなかった良太だった。
酔い覚ましに行ってくる、と家族に伝えてその辺をうろついたりもした。無論、もしかしたら榊に会えるかも、という淡い希望があったためだ。夜中にあてもなく徘徊する立派な不審者であった。
朝になり、顔を洗い髭をあたって、かきあげた前髪を整髪料でかためる。パンをかじりながらコーヒーを飲み、天気予報を眺め、時間になれば出勤する。
職場はすぐ隣だ。急ぐこともない。
いつものようにスマホの待ち受けにしてある榊の肖像を眺める。今夜はジョギング中を装ってその辺を探ってみようか、などと思った。
桧村自動車は、主に中古車販売を生業としているが、取り寄せれば新車も販売する。車検、自動車保険、修理、その他もろもろやっている。父と母と、ベテランの整備士一人、そしてまだまだ未熟な良太の四人で営業していた。
良太は自動車販売店の倅あったが、乗るのはもっぱらバイクだ。幼馴染の桜庭とは一緒に流すことが多い。
その日の午後、事務所の二階にある倉庫兼休憩所で三時休憩を終えた良太は、階段の中ほどで来客の気配を感じ取った。
誰かと話す、というか一方的におしゃべりしている母親の声のトーンから推し量るに、嬉しい来客があるのだとわかる。接客は苦手だが挨拶の一つもしなくてはならない。
階段を降り切って、
「いらっしゃ……」
そこまで言いかけて、最後まで言葉が出なかった。
「おお、久しぶり」
と軽く手をあげて答えたのは、榊龍時だった。
榊は通勤用の車を買いに来たという。
中古車でいいの?新車もお取り寄せできるわよ、と母はすすめた。
「仕事が始まるまでもう十日もないですから、早く買って運転に慣れておこうと思いまして」
と希望を伝えた榊は、ちょっと展示車を見せてくださいと事務所を出る。
ほら 良、ご案内してあげて、と母親に言われて榊の後ろ姿を追った。
虚をつかれた再会に言葉を失う。榊をみとめる目と耳だけが現実に在って、心ここに在らずだ。
車について榊が質問し、その説明をしているうちに段々と落ち着いてきたらしい良太の様子を察したのか、榊は唐突に、
「なあ、身長伸びた?」
と見上げてきた。
花園高校の定時制に入学したばかりの頃の良太の身長は一七八センチで、榊とほぼ同じ。それから数年を経て今や一八五センチ。よく育ったものである。
「立派になって、すっかり大人だなあ」
真横から差し込む午後の日差しを遮る良太の大きな身体の影に、閉じ込められるように収まって目線を合わせていた榊だったが、ふと目線を横にそらした。
すぐそばに街路樹の桜が咲き誇っている。
するりと影を抜け出た榊は、桜の木に近づいた。
記憶に新しいスマホの待ち受け画面と実物の彼が重なって、意識が現実味を取り戻す。
後頭部で結わえられた長い銀色の髪が、春風を受けて揺れていた。
白皙にして端正な面差し。眼鏡に縁取られた切長の眼差しは潤って、瞬きする度に喑灰色の睫毛が震えている。
呼吸により微かに規則正しく動く肩と胸の筋肉の形。
存在の全体であらわされる圧倒的な生命のみずみずしさ。
榊に会えなかった四年間、良太を慰めてきた過去の記録ではない。
紛れもなく今を生きている現実の榊龍時だ。
「榊さん」
「ん?」
「俺、今でもまだ好きです」
「そうか」
「恋人にしてもらえませんか。駄目ですか、俺がαだから」
「良太くんがαだからというより……」
私がβだからな、と言って榊は儚げに微笑んだ。
はらはらと散る桜の花弁が幾重にも膜になってその人を覆い隠そうとしたので、良太はそれを打ち破って接近した。
本当はそのままの勢いで抱き締めてしまいたかったが、寸でのところでなんとか耐えた。
「αとかβとか関係ない。榊さんと付き合ってもいないのに、Ωとか、番とか、そんなの要らねえんだよ」
逞しく成長し、青年となった良太から発散される情熱の気配をまともに受けた榊の白い頬が、耳が、赤みを帯びはじめる。
榊は少し俯いて、
「……そうだよなあ、もう子供じゃないもんな、私も……」
と声に出して自分に言い聞かせると、わずかに逡巡し、よし、と面をあげた。
力強い二人の瞳がかち合う。
「わかった。良太くんに番ができるまで付き合おう」
期限付きの了承。
ついに良太の宿願が叶った瞬間であった。
「やっ……た!あ?んん?あれっ?ツガイがなんすか⁉︎」
「だから良太くんに番ができるまで」
「はい!」
「恋人だ」
「よっしゃ!」
番を作らなきゃ一生一緒ってことじゃないっすか!と喜色をあらわにする良太の正面で、榊は観念したように空を仰いだ。
二人で事務所に戻ると、あんた達なに外で騒いでたのよ、と母に聞かれたので、
「あ俺、榊さんと付き合うから」
と良太は軽く返事をした。
おそらく「付き合う」をちょっとそこまで一緒に行くぐらいの意味で捉えたであろう良太の母親は、別段気にする様子もない。
榊は、丁度良さそうな車が決まったので後日契約に来ます、という。
「そういえば榊くん、帰りはどうするの。タクシー呼ぼうか?」
と聞く良太の母に、榊は越してきたアパートまで試乗できる車があれば乗ってみたいと申し出た。
二人で試乗車でそこまで行き、帰りは良太が運転して事務所に車を戻す、という提案を良太の母親は快く受け入れた。
というわけで、榊の運転する試乗車の助手席に良太を乗せ、白い乗用車がゆっくりと桧村自動車を出た。
好きな人に告白してOKもらって、その上車という密室に二人。さらに住居まで教えてくれるという盆と正月がいっぺんに来たような状態の良太は、助手席で終始ふわふわした心地でいたのだった。
髪の毛伸びたんですね、とか眼鏡変えたんですねとか似合いますとか、浮ついた気分で話しかけたが、運転中に話しかけられることに慣れていないのか、榊の反応は薄かった。
そうしているうちに目的地に到着し、芳羅町の隣、賀萼町にあるアパートの駐車場に車が停まった。
「私はここのニ階、二〇三号室に越してきた」
フロントガラスから見上げるようにして建物を示した榊は、
「遊びに来てもいいけど、来る前に電話くれ」
とスマホを取り出した
「番号」
教えるという。
花園高校時代にも一度、不良仲間のネットワークとして良太をはじめ幼馴染の桜庭や、同級生にも榊龍時の連絡先は知らしめられていたのだ。
だが後輩の桧村良太があまりにも頻繁に電話をしてくる。おやすみから、おはようの間まで。
これに参った榊は番号を変更し、女子を束ねる麗子と、花園を仕切っていた柳澤に頼み込んで幹部以外、特に良太本人と親しい者には知られないように取り計らってもらったのだ。
そうして「良太に榊の番号を教えてはならない」という密約がなされ、今日に至るまで厳守されていたわけだ。
喧嘩が絶えず、時に病院のお世話になったり、仲間が人質にされる、といった事態もなくはないヤンキーの溜まり場、花園高校である。
下級生が幹部の一人である榊龍時に連絡が取れない状況が、花園の領分を守る上で不利にはたらくであろうことは重々承知の上の麗子と柳澤だった。
ではなぜ、麗子、柳澤の両人が榊のこの申し出に応じたのか。
それは良太がαだからである。
αという性質は、これと狙いを定めた物や人物に対して凄まじい執着を持つのだという。
このαの執着の強さは時に相手をノイローゼや鬱病に追い込む。さらに強姦や監禁、相手に拒否されたがための無理心中といった事件を引き起こし、報道されていることを知らぬ二人ではなかった。
そして榊はひとまず電話番号を伏せ、安眠を確保しながらも軽度の付き纏いであれば容認し、時に窘め、または叱りながらもこちらの要求を呑ませ、絶妙にやっていたのだ。
こうしたαの少年を手玉に取るような作法をどこで会得したものか、榊はやってのけていた。あるいは、本人の資質からくる人心掌握の技なのかもしれない。
良太は榊の電話番号、使っているメールアプリを教えてもらい、いくつか条件を提示された。
「朝七時前と、夜十一時以降は連絡を控えて。我慢しろ。メールは既読がついてもつかなくてもとにかく落ち着け。さっきも言ったけど、部屋に来る前にちゃんと連絡すること。アパートや職場の周りを徘徊するなよ。お互いもう社会人なんだから、仕事に影響が出るようなことはダメだ。私の周りの人に嫉妬して迷惑かけたりしないこと」
普通に生きていればごく当たり前のことである。
「あと、私はβだ。Ωを愛するように私を愛するな」
それができなきゃ番の紹介所へ行ってΩを探せ、と榊は言った。
「じゃあ良太くん、そちらの要求は何かある?」
「いやあの、要求とかそういうこと、あんま考えてなかったっす」
「そうか」
「でも、何があっても俺が榊さんを好きだってことは疑わないで、信じてくれたらいいなって」
「ああ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
試乗車で駐車場を去る良太を見送って、榊は部屋へ戻る。
ここから桧村自動車までは約十分。戻ればさっそく良太から電話なりメールなり、連絡があるだろう。
そろそろ夕食の支度に取り掛かりたいが、調理の途中でスマホをいじるのは嫌だった。ひとまずポットに湯を沸かし、コーヒーでも飲むことにした。
先日引っ越してきたばかりの部屋の寝室にはまだベッドがない。今はまだフローリングに薄いマットレスを敷き、寝袋に入って眠っている。大学時代はよくキャンプに出かけた。その時に使っていた寝袋だ。
恋人ができた──とすれば、同衾することもあるだろう。むしろそのつもりだ。
『榊さんと付き合ってもいないのに、Ωとか、番とか、そんなの要らねえんだよ』
と良太はこう言った。
つまり一度付き合ってみて落ち着けば、αとしてΩへの欲も出はじめるだろう。
しょせん自分はβで、αにΩの番ができるまでの「お慰み」なのだということは承知の上だ。
ならばわずかな恋人期間中に、良太の心身を味わってみたっていいじゃないか。お互いもう、高校生の子供じゃないのだから。
お湯が沸いたのでインスタントドリップのコーヒーを淹れた。
窓際へ歩み寄り、逢魔が時を迎えた懐かしい町の様子を眺めながら琺瑯製のマグカップで飲む。
桧村自動車の定休日は水曜、明後日だ。
その日、彼と過ごすためのベッドを選びにでも行くか、と榊は予定を組む。
程なくして、やはり良太から電話があった。
「もしもし。ああ、ありがとう。さっきの車、近々契約しに行くからお母さんによろしく言っといて、うん。ところでさあ、水曜日何か予定ある?ちょっと家具を買うのに付き合って欲しいんだけど……」
一緒に寝るベッドを選びたいから──
榊のお願いに良太がどれほど歓喜し、昂ったかは想像に難くないことである。
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