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Find a Way
3・その発想はなかった
しおりを挟む水曜日、桧村自動車の定休日だ。
榊と良太はこの日、花園地区の隣にある鳥居地区のショッピングモールへと来ていた。同衾を目的としたベッドを選ぶためである。
花園の駅から鳥居のショッピングモールへは直通バスがでている。二人はそれで移動した。バスの中で、良太の妹の咲がそこで働いていると聞いた。咲は鳥居地区で一人暮らしをしているらしい。
テナントの家具売り場を一通り巡る。店舗では実際にベッドに寝転んでみて選べるように配慮されていた。
「良太くん、ちょっとここ寝てみて」
と榊がベッドを示す。
一人であれば自分の身長と体格でサイズを選べるが、なにしろ良太は背が高くガタイがいい。購入した後に狭くて寝られない、などという事態は避けたかった。
いくつかの展示品に良太を寝かせてみて大きさを把握し、クイーンサイズのローベッドを注文した。ベッドフレームとポケットコイルのマットレスが届くのは今週の日曜。寝室はいささか手狭になるが、そこは目を瞑る。
そろそろ昼時である。昼食は和食で済ませることにした。平日とあって待ち時間もなくすんなり席へ通された。
料理が運ばれてくるまでの間、良太の妹の働いている店について話が及んだ。
「咲のいる店、ここの四階にあるらしいです」
「四階っていうと洋服とか、雑貨店だな」
「オレンジなんとかっていう店だって言ってました」
「オレンジブルーオーシャンかな」
「あ、それです。よく知ってますね」
「まあな」
榊がその店の名を知っている理由は、大学時代の彼女、つまり元カノがそのブランドの品を愛用していたからである。主に若い女性向けの下着、ルームウェア、化粧品、ラブグッズなどの販売店だ。
「ベッドは買ったから、この際に枕とかシーツの類も揃えておきたいな。午後からも付き合える?」
「全然大丈夫っす!」
ショッピングモールのパンフレットをみて、午後からの目的地を探す。
「四階だな」
「そっすね」
「もし妹さんに見つかりたくなければ、無理しなくていいよ」
「なにがですか」
「私たち多分、そういう関係に見えてしまうかも……恋人同士というか」
「実際付き合ってますよね!?」
「それはそうだが……妹に見られて平気か?」
「なんだそんなことっすか!びっくりしたー、実は全然付き合ってないって言われんのかと思った。母さんと親父にはもう言ってあるんで。たぶん咲も知ってます」
「あ、そう」
どうやら桧村家では、良太が年上の男性と親密な関係になることを、さして気にしてはいないらしい。
良太が榊と恋人になったと両親に告げたのは、榊と再会したその日の夕食時である。「一緒に寝るベッドを買いに行こう」というお誘いにテンション上がりまくってつい、というわけだ。
母親は「あんた達それで騒いでたの」と呆れて、父親は「そうかあ、榊くんとなあ」となにやら感慨深く目を細めただけだった。別段、息子の恋人の性別だとか、そんなことに拘る様子もない。妹には母親がなにやら報告していたようだ。
そもそも桧村家の人々がいくら良太の先輩だからといって、こうも簡単に榊を受け入れたのには次のような訳合いがある。
遡ること花園高校時代。良太の父母は、自分たちなんの変哲もないβの夫婦から生まれたαの息子を、どのように育てたらよいものか思案に暮れていた時期でもあった。
小学校、中学校ではαの保護者に対する説明会があり、αの子供の特徴や性質を教えられた。他の子に比べて体格や運動神経がいいとか、勉強ができるとか、才能を伸ばしてあげましょうとか、そこは別にいい。が、しかし、桧村夫妻をおおいに悩ませたのは、αはΩのフェロモンに自我を失い強姦まがいのことをして〔番〕にしてしまう、という性質についてであった。
のみならず、囲って常に手元に置き支配したがるという。そうしたαの独占欲のすさまじは、ごく稀にβに向けて発揮される場合もあるらしい。
おまけにテレビや雑誌やネット上では、αの芸能人やスポーツ選手が、愛情の行き過ぎで誤って恋人を殺したとか、発情期のΩを襲ったとか、またはβと番になれないから心中未遂したとか、そんな凄惨な事件がおもしろおかしく報道されている。
うちの息子がどこぞのお嬢さんを一方的に好いてつけ回したり、無理矢理行為に及んだり、そんなことをするかもしれない。良太ももう高校生だ。異性に興味がないわけでもなかろう。と桧村夫妻は、それはもう不安に苛まれた。
特に父親は、いざという時は我が子をこの手で始末しなくてはならない、とまで覚悟した。
そんなときに夫婦の前に現れたのが、息子の先輩にあたる榊龍時だった。
彼は桧村自動車を訪いこう告げた。
「榊龍時と申します。花園高校定時の、三年生です。桧村良太くんに執着されております旨を、報告にまいりました」
不良の巣窟、悪名轟く花園高校の生徒とも思われぬ柔らかい物腰の美青年であった。
これには桧村夫妻も驚いた。
榊と名乗る青年がいうには、αの性質をきつく全方位から押さえつけても反発を招くだけで、余計状態が悪化する危険性がある。そこで、ある程度の執着は容認し、交換条件を提示するなどしてうまく共存する方向に持っていこうというのだ。
幸い良太は素直で、自分や先輩のいうことは聞き入れるし、よく守る。もしも良太が数日間家に帰らず行方がわからなくなったら、その時は自分が監禁なり殺害なりされているものとして、警察に届け出てほしい。こちらからこまめに桧村さんへ連絡をして良太の言動をお知らせするので、判断の基準にしてもらいたい。とのことであった。
さらには雪城地区にある番の斡旋所〔白幻〕という名の施設を教えられた。ここには常時、番を求めるΩが待機しているという。
凡庸なβから見れば恐怖でしかないαの性質でも、Ωにとってはこの上ない魅力なのだそうだ。αとΩであれば何も問題はない。βへの執着が、Ωと出会うことによって本能的にそちらに逸れることは大いにあり得る。その習性を利用したカウンセリングもあるらしい。
もし万が一、桧村夫妻と榊にとってどうしても、という事態になれば良太の意思を黙殺してでも、ここのお世話になることを視野に入れておいてほしい。と榊は頭を下げて頼んだ。
榊の提案と情報は、良太の両親に一筋の光明をもたらした。桧村夫妻が榊龍時に信頼を置くのもこうした経緯があったからだ。
ちなみに良太本人と妹の咲は、これほどまでの対策がなされていたことは知るよしもない。
昼食をとり終え、会計の段階でどちらが奢ってやるかの小競り合いになったが、榊はまだ就業前の身であることから良太が支払った。
愛する人に食事の世話をしてあげたい、という援助欲求が満たされた良太はご満悦だ。
そして四階へと移動する。
エレベーターの中といわず歩行中といわず、榊にべったりと張り付くようにして動く良太の足に躓きそうになるので、
「歩きづらいな!少し離れろ」
と叱る榊であった。それでもまた油断すると、じりじりと距離が詰まってくるのだった。
寝具売り場に到着し、榊は良太に商品を選ばせてやることにした。良太はおおいに喜び、あれこれ悩んでいた。それはそうと、なかなか決まらない。
「もうどれでもいいから、さっさと決めろよ」
「いや、でも、榊さんの髪と肌色に合わせると白がいいかなと思うんですけど、水色もいいし、グレーもいいかな…紺色とか黒も榊さんの体の色が映えるからめっちゃいいっすよね……どうすっかな」
「汚れが目立たないのは何色だ」
「灰色とか、紺色っすかね?でも汚れって……あっ」
「一緒に寝るベッドに使うもんなんだから当然だろ。グレーとネイビーにしよう」
結局、榊が誘導して決定したかたちとなり、枕と掛け布団、枕カバー、掛け布団カバー、ベッドパットをそれぞれ一揃え購入した。枕と掛け布団だけはかさばるため、日曜着指定で発送してもらうことにした。あとは持ち帰りだ。
四階には良太の妹、咲の勤務する店があるが、女性用の下着やグッズ満載の店舗に大の男二人が押し掛け、ただ挨拶するというのも気が引けるため素通りすることにした。休憩中なのか、咲の姿は見られなかった。
バスに乗って花園地区へ帰ってきた二人は、そのまま賀萼町にある榊のアパートまで行って荷物を下ろした。
「買い物付き合ってくれて助かった。コーヒーでも飲んで休んでってよ」
と榊が招くので、もちろん良太はお邪魔することにした。
引っ越してきて間もないせいか室内は物が少ない。空の本棚の前に、まだ段ボールがそのままの状態で積まれてあった。中身は本であろうか。
木製のテーブルが対面キッチンのカウンター前から伸びていて、椅子は二脚だ。榊と良太は向かい合って腰掛け、温かいコーヒーで一息ついた。
「そのうちソファも必要だな」
がらんとしたリビングを眺めて榊が言う。
「じゃあその時はまた一緒に買いにいきましょうよ」
「そうだな」
「そういえば榊さん、まだベッドがないってことはどうやって寝てるんすか、床に布団?」
「ああ、寝袋」
「寝袋⁉︎」
「大学時代にキャンプしたりとか山登ったりしてた。そのとき使ってたやつ」
「そうなんすか、いいっすねキャンプ。ていうか引っ越してきてから毎日寝袋で寝てて、体痛くないんですか」
「ぶっちゃけ辛くなってきた」
「じゃあウチ泊まりません?」
「今はまだやめとく」
「えー、変なことしないっすよ、絶対」
「変なことねえ」
「はい」
「……」
妙な沈黙。
榊はじっと真剣に良太の真っ黒い瞳や髪の毛、りりしい顔つきを見詰めてそれから、うん、と頷いた。
「やっぱり可愛いな、いけると思う」
「な、なんすか急に」
「私、良太くんだったら抱けるな」
「えっ?」
「ん?」
「俺、男ですけど」
「私もだけど」
「いやいやいや……」
「いや、ちょっと……」
「俺の方が身長あるしガタイいいんで、抱く方は俺でしょ普通」
「私の方が年上でオッサンだぞ。抱かれんのは若い者だろうが」
「……」
「………」
その発想はなかった──!
驚愕と困惑の表情で固まる二人。
榊と良太はお互い、自分が相手を抱く方だと思っていたのである。
「男同士でヤる時どうするか知ってんのか?」
「まあその、あれですよね、チンポを後ろの方に突っ込む、んです、よね」
「いいか、私は突っ込まれる方は向いていないという実績がある」
「実績がある!?」
「そうだ」
「え待って、それって誰かとヤった経験があるってこと?」
「ああ、花園に入る前の話で、麗子さんも知らないことだけど」
幻滅したか?と榊が訊く。
「えあーそのー、榊さんが、昔誰とそういう関係だったとか凄え気にはなるんすけど、だからって嫌いになることはないです、マジで」
「そう」
「なので俺は榊さんを抱けます!」
「逆な?」
「無理っす」
「じゃあもうジャンケンで決めようぜ」
「いや待ってください、榊さん宝クジ当たったりしてますよね、めっちゃ強運なんすよね、だからフェアじゃな……」
「ジャンケン……」
「ダメ!嫌あッ!!」
「男らしくねえな、良太くんは」
「腕相撲!腕相撲で決めましょうよ!」
「それこそ体格差あるんだからフェアじゃないだろうが」
こうなるともう収拾がつかない。
とりあえず今のことろは、どっちがどっちかはその時まで保留にすることとした。
夕方、帰宅した良太は自室の狭いベッドの上に寝転び、榊の「実績」とやらについて薄暗い感情で想像を巡らせていた。
榊さんの昔の男?
花園の定時に来る前だから、十六歳か十七歳あたりかな。まだ子供じゃん。
榊さんって学年は麗子さんの下だけど、年上なんだよな。
麗子さんも知らないとなると、この辺りの奴じゃないってことか。
そもそも榊さんは高校に入る前は何してた。
花園地区の児童養護施設で育ったことは聞いてるけど。
十五歳で義務教育を終えたその後は?
良太は、今更ながら榊龍時についてあまり多くの情報を有していないことに不安を覚える。
思い返せば、そう、なぜ雪城地区の番斡旋所〔白幻〕などという場所を知っているのか。
高校時代、榊にそこの住所と電話番号を教えられたとき、一応ネットで調べてみたことがある。だが検索結果にそんな名前の店は出てこなかったのだ。ただ地図上には建物のマークが記され、画像を見る限りでは上品な白い高層ビルが映し出されていただけだった。
榊さんには、中学を卒業してから花高の定時へ入学するまでに空白期間があるんだ。
空白といっても自分が知らないだけで、その間も榊さんの人生は続いてた。
そのとき何かあったのか。
榊さんほど綺麗な人なら男の恋人がいたって不思議じゃないが。
その男とは別れたってことか。
受け入れる側が向いてない実績があるってことは、そいつとは体の相性が悪かったんだろうな。
そもそもβの男性はそうした役割には、基本的に不向きなんじゃね?
だって体の構造がそうじゃん。
女の人とか、Ωとは違うんだから。
ふと、榊の言葉が頭をよぎる。
『αはΩと一緒になるべき』
『βはαを幸せにはできない』
『Ωを愛するように私を愛するな』
『向いていないという実績がある』
手渡されたメモ、番を斡旋する白幻。
ひょっとして全部繋がってるのか?
もし彼の言う「α」と「Ω」が特定の個人であったとしたら。
するとどうなる。
βを抱く方、となるとやはりαだろう。俺が榊さんにそうしたいように。
で、そのαは榊さんじゃなくΩを取った。
白幻でΩを選んで。
榊さんを捨てた?
どこのどいつだ──
「ぶっ殺してやる」
しかし、ああだこうだ勝手な妄想で怒りを膨らませていても、埒の開かないことである。とにかく良太が、晴れて榊龍時の恋人となったことだけは事実なのだ。
今の榊さんの恋人は俺。
昔の男なんて忘れるぐらいにめちゃくちゃ大事にしてえし。
そもそも俺は番なんていらないし、Ωにも興味ない。
もしあれの相性が悪くても別れる気なんか全然ない。
そもそも榊さんとセフレになりたいわけじゃねえし。
抱きたいのは、山々だけど……。
榊のもとに注文したベッドが届くのは日曜日だ。一緒に寝るベッド、と言った。
グレーとネイビーの寝具も揃っている。汚れても構わない色合いのもの、と言った。
良太がどうであれ、榊はそういう関係を視野に入れているのだ。
どちらが抱く方かは、まだ決まっていないけど。
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