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悩みのタネ

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「侯爵夫妻から守る自信があるの? 」
「当たり前だ。そうでなければ、こんな大それたことはしていない」
 たとえ国中の兵士を敵に回そうとも譲れない覚悟がそこにあった。
「最悪の場合、侯爵らの息の届かない国に逃げるさ」
「例えば、あんたの生まれ故郷? 」
「最悪の場合だ」
 いつもの鉄面皮には珍しく、不機嫌に鼻を鳴らすブレイン。故郷の二文字に、嫌悪を表す。
「そのために、ニーナには二カ国は話せるように教えてある」
 家庭教師をつけている貴族の令嬢はともかく、この国の一般庶民の識字率はまだそう高くはない。特に女性の地位は低く、年寄りの中には女に学問は必要ないなどと宣う輩は未だに存在する。
 女性が王となり、国を統一する時代になってもだ。
「まさか、あのえげつない新聞小説まで読んでいるとはな」
 字を覚えたニーナは、何でも興味を示すようになった。恋愛小説から、伝記、風刺、冒険小説とジャンルを選ばず、与えた本を読み漁る。余計な知識はつけさせまいと、敢えて官能小説は避けていたが、まさか新聞小説を見出すとは。性に対しての関心が強いことが引っ掛かる。
 やはり血は争えないのか。などと、ブレインはこっそり彼女の血筋を考えて溜め息をついた。
「ああ。アリスン・プティングね。間違っても、あんたの腹に馬乗りして暴れる女にはさせないでよ」
 エレーナは今や大御所となった作家のデビューしたばかりの頃からの愛読者だ。小説のシチュエーションを引き合いに出して咎めた。
「それはニーナ次第だ」
 そのうちニーナ自らがブレインの腹の上に跨るだろうと予測しながら、ニヤリと口端を吊った。
 付き合いが長くなれば、彼が何を考えているか手に取るようにわかり、エレーナはうんざりとした息を吐き出す。
「何だって、こんなムッツリの死神が良いんだか」
 ニーナは彼を王子様だとか形容していた。
 二十歳にもなって王子様はないだろうと、そのたびに胸の内で突っ込んでいたエレーナだったが。
 ニーナはふわふわと夢見心地で危なっかしい。
 現に、硬派な父の皮を被ったケダモノの手に堕ちてしまったし。
「気をつけなさいよ。つい先日もあんたの留守を見計らって、村の男がニーナの寝込みを襲いに来たんだから」
 ぴくり、とブレインの目元が微かに引き攣る。
「大丈夫。この私が、顔が潰れるくらい殴りつけて追い払ってやったから」
 ニーナは、鼠には気づきすらしていない。
 彼女が危なっかしいのは、自分が地味で野暮ったく、魅力がないからだと信じて疑わないところに起因している。
「三年前にニーナを農機具小屋に引き込もうとしたは、あれからどうなったのかしら? 」
「俺が半殺しにして、奴隷商人に売り渡した」
「まさしく『死神ロズフェル』ね」
 ニーナの魅力を誰にも見せまいと影で企む男は、害なす者には容赦ない。
 狙った魂は逃さない。エレーナは「死神」と渾名される由縁の片鱗に苦笑いする。
 が、その「死神」の力が及ばなくなるほど、ニーナは日々、美しく成長していた。この憎たらしい男が引き金となり、愛らしさに、えも言われぬ婀娜っぽさが加わったことで、最早、隠す術はない。
「ニーナの雄を惹きつけるフェロモンは、ますます強くなっているわ」
「ああ。そのうち母親を凌ぐほどになるだろうな」
 ブレインもニーナのフェロモンを浴びてしまい、仕舞い込んでいたはずの「男の欲望」を無理やり引き摺り出された一人だ。
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