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宝石細工師の店構え

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「まずいことになったわね」
 エレーナはだらしなく黒檀の三人掛けソファに脚を投げ出して寝そべり、天を仰いだ。
 王都のロズフェルの店はまだ開く前で、しっかり施錠しているから出来ること。
 宝石の細工など本格的な機具を使う作業は自宅でしているが、ちょっとした修繕などはこちらで賄っている。
 ブレインは貴婦人から預かったネックレスの修理を行うためアイルーペを片目に取り付け、作業机に座ったきりエレーナを一瞥すらしない。
 ブレインのそんな態度は慣れっこで、エレーナはポイポイッと靴を脱ぎ捨てると、爪先を天井に向けた。
 ブレインの店は大通りに並ぶ一等地にあり、赤茶色の煉瓦の積まれた外観に、鋳物製の看板が掲げられただけのシンプルさだ。軒並み白亜の意匠を凝らした柱や彫り物の中、ポツリと異質さえあるが、逆にそれが職人気質でもあるような。
 木製のドアを開ければ、十ニ畳ほどの応接間となっている。赤いシルクのクッションの乗る黒檀の三人掛けソファ。貝殻を鳥に見たてたデザインが天板に施されたテーブル。壁一面には宝石のデザイン画が詰まった書棚や、レプリカが仕舞い込まれた引き出しと、全てが黒檀の同じデザインで揃えられている。引き出しの上には見本のレプリカの指輪やネックレスが並んでいた。
 店を構えたときに出資してくれたの趣味であり、ブレインは決してこのような洒落っ気ある男ではない。
 幾何学文様の透かし彫りのなされた衝立の向こう側がブレインの作業スペースとなっており、細かな機械や用具がごちゃごちゃしていた。
「王都でのあの諍いは、なかなか誤魔化しはきかなかったわ」
 エレーナは、ニーナが孤児院勤めだった女に誘拐されかけた先日の一件でのことを話している。
 蜜柑色の派手な髪色はかなり人の目を惹く。
 裏通りから表へ、噂はあっと言う間に皆んなの知るところだ。
 ブレインは鼻から息を吐くと、エレーナを無視して、削れた宝石の修復にかかる。ほんの些細な傷なら、土台を変えて誤魔化しはきく。
 作業に集中するブレイン。
 ブレインの反応などお構いなしに、エレーナは独り言のように喋った。
「侯爵夫人が動くわよ」
 衝立の向こう側が俄かに緊張したように空気が変わる。
「侯爵には、どう言い訳するつもり? 」
 それは、ブレインからあらゆる感情を一切失くさせる要因だった。
 ブレインは作業を中断させ、ぐしゃりと丸めて床に放り捨てた大衆紙に目線を落とす。
 新聞の記事は、賭博での借金返済のために貴族の令嬢を誘拐しては、奴隷市場へと売り捌いていると常に疑惑の絶えなかったとある男爵の不審死を伝えている。もう何年も前のことであるが、今になって思い出したように掲載されていた。
 その記事内容を誰が載せさせたかは、容易に想像がつく。
 要するにこれは、ブレインへの警告だ。
 過去は過去として葬り去ることは出来ないのだと。
 勝手な振る舞いは、命取りになると。
 ブレインはその新聞を踵で踏み潰した。




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