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危険なヒグマ
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「待て待て。せっかくだからな。俺の相手をしろよ」
ニーナは歩幅を大きくしてジョンを素通りしたのに、相手はしつこい。
畑に肥料をやっていたはずなのに、肥料袋を土手に放り投げると、首に掛けた手ぬぐいで汗を拭いながら後を追ってきた。
「待てと言ってるだろ」
「は、離して」
ついに手首を掴まれて引き止められてしまう。
ニーナの顔くらいはある大きな手で、力が半端ない。皮膚に指が食い込み、ぎりぎりと締めた。
「痛い! やめて! 」
手をぶんぶん振れば、あっさり拘束が解かれる。
「ふん。純情ぶりやがって」
ジョンは鼻白んだ。
「お前からは、女の匂いがぷんぷんしてやがる」
「ど、どういう意味よ? 」
「男の味を知りまくっているってことだよ」
男の味?
たちまちニーナは憤怒する。
彼女はとっくに貞操を失っていると言っているのだ。
「し、知らないわ! 」
たとえ夢の中でブレインに抱かれていようと、実際のニーナはまだ純潔を死守している。
ギロリと睨みつければ、相手は怯むどころか、さらにチリチリとした欲望を着火したようだ。
たちまちジョンの目つきが険しくなる。
再び手首を掴まれた。
「待て。いつもなら、あの親父が睨んでくるがな。珍しいじゃないか。一人でノコノコと。こんなこと、滅多にないんだ」
生臭い息がニーナの顔面に吹きかかる。
「い、いや! 」
何とも形容し難い口臭に、ニーナは思わず顔を背けてしまう。
「ニーナ。少しくらい、良いだろ」
ジョンは舌舐めずりすると、げへへと下品な笑いを見せた。
「や、やめて! 」
相手の顔が至近距離にある。
このまま近づけば、キスされてしまうのは避けられない。
ニーナはさらに顎を引いて逃げようとするが、腰にまで手が回り、がっちり拘束されてしまった。
あわや、唇を奪われてしまいかねない、そのとき。
「ちょっと、ジョン! 何やってんのよ! 」
ヒステリックな声が割って入った。
どん、とジョンに突き飛ばされ、ニーナは真横によろめいた。
「あ、ああ。何だよ? ローラ? 」
ジョンは手ぬぐいでうなじの汗を拭いながら、現れた女性に気まずそうに笑いかける。
「見たわよ。私と言う恋人がありながら」
そばかすの目立つ、茶髪の、ローラと呼ばれた女性は、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
両手に抱えていた籐籠と大きなやかんを、どんと地面に置くなり、怒りを孕んでジョンを睨む。
ふくよかな体の、取り分け豊かな胸を揺すりながら、ローラはのしのしと地面を踏み締めて近寄ってきた。あまり手入れされていないボサボサの眉毛を上下させながら。
「うるせえな。この女が先に迫ってきたんだよ」
言い訳がましくジョンはごにょごにょ呟く。
「嘘を仰い。この子はロズフェル様の」
ローラは意味ありげにニーナの首筋に浮いた薄紫色の跡を一瞥した。
もしかすると、彼女はこれが何であるか気づいているのだろうか。
集落に住んでいるなら、王都で有名な宝石細工師を知らない者はいない。
勿論、ニーナが義理の娘であることも。
それなのに、こんな背徳的な行為をしていることが露見でもしたら。
その先を考えるのが恐ろしくて、ニーナは後退ってしまう。
そのまま体を反転させると、脱兎のごとく駆け去った。
ヒュオ、と一際強い風を正面からまともにくらう。
「帽子が! 」
麦わら帽子が上空に掻っ攫われた。
露わになる蜜柑色。
それは爽やかな青一色の空に鮮やかに映えた。
手を伸ばしても、麦わら帽子は届かない彼方へ運ばれていく。
ニーナの白い指先だけが、虚しく宙を掻いた。
ニーナは歩幅を大きくしてジョンを素通りしたのに、相手はしつこい。
畑に肥料をやっていたはずなのに、肥料袋を土手に放り投げると、首に掛けた手ぬぐいで汗を拭いながら後を追ってきた。
「待てと言ってるだろ」
「は、離して」
ついに手首を掴まれて引き止められてしまう。
ニーナの顔くらいはある大きな手で、力が半端ない。皮膚に指が食い込み、ぎりぎりと締めた。
「痛い! やめて! 」
手をぶんぶん振れば、あっさり拘束が解かれる。
「ふん。純情ぶりやがって」
ジョンは鼻白んだ。
「お前からは、女の匂いがぷんぷんしてやがる」
「ど、どういう意味よ? 」
「男の味を知りまくっているってことだよ」
男の味?
たちまちニーナは憤怒する。
彼女はとっくに貞操を失っていると言っているのだ。
「し、知らないわ! 」
たとえ夢の中でブレインに抱かれていようと、実際のニーナはまだ純潔を死守している。
ギロリと睨みつければ、相手は怯むどころか、さらにチリチリとした欲望を着火したようだ。
たちまちジョンの目つきが険しくなる。
再び手首を掴まれた。
「待て。いつもなら、あの親父が睨んでくるがな。珍しいじゃないか。一人でノコノコと。こんなこと、滅多にないんだ」
生臭い息がニーナの顔面に吹きかかる。
「い、いや! 」
何とも形容し難い口臭に、ニーナは思わず顔を背けてしまう。
「ニーナ。少しくらい、良いだろ」
ジョンは舌舐めずりすると、げへへと下品な笑いを見せた。
「や、やめて! 」
相手の顔が至近距離にある。
このまま近づけば、キスされてしまうのは避けられない。
ニーナはさらに顎を引いて逃げようとするが、腰にまで手が回り、がっちり拘束されてしまった。
あわや、唇を奪われてしまいかねない、そのとき。
「ちょっと、ジョン! 何やってんのよ! 」
ヒステリックな声が割って入った。
どん、とジョンに突き飛ばされ、ニーナは真横によろめいた。
「あ、ああ。何だよ? ローラ? 」
ジョンは手ぬぐいでうなじの汗を拭いながら、現れた女性に気まずそうに笑いかける。
「見たわよ。私と言う恋人がありながら」
そばかすの目立つ、茶髪の、ローラと呼ばれた女性は、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
両手に抱えていた籐籠と大きなやかんを、どんと地面に置くなり、怒りを孕んでジョンを睨む。
ふくよかな体の、取り分け豊かな胸を揺すりながら、ローラはのしのしと地面を踏み締めて近寄ってきた。あまり手入れされていないボサボサの眉毛を上下させながら。
「うるせえな。この女が先に迫ってきたんだよ」
言い訳がましくジョンはごにょごにょ呟く。
「嘘を仰い。この子はロズフェル様の」
ローラは意味ありげにニーナの首筋に浮いた薄紫色の跡を一瞥した。
もしかすると、彼女はこれが何であるか気づいているのだろうか。
集落に住んでいるなら、王都で有名な宝石細工師を知らない者はいない。
勿論、ニーナが義理の娘であることも。
それなのに、こんな背徳的な行為をしていることが露見でもしたら。
その先を考えるのが恐ろしくて、ニーナは後退ってしまう。
そのまま体を反転させると、脱兎のごとく駆け去った。
ヒュオ、と一際強い風を正面からまともにくらう。
「帽子が! 」
麦わら帽子が上空に掻っ攫われた。
露わになる蜜柑色。
それは爽やかな青一色の空に鮮やかに映えた。
手を伸ばしても、麦わら帽子は届かない彼方へ運ばれていく。
ニーナの白い指先だけが、虚しく宙を掻いた。
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