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空想話は出来ないニーナ

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 そもそもの話、空想は不得手だ。
 ニーナには、夢は所詮、夢でしかないとわかっているから。
 だから、絵本のような素敵な王子様が現れたとして、その続きを語ることは出来ない。
 ニーナはお姫様ではないし、王子様は彼女を愛してはいないからだ。
「今夜は遅くなる」
 ニーナの王子様は、薄いベーコンの最後の一口を噛み砕く前に告げた。
 濡羽色の髪は襟足を短く切り揃えられ、同じ色の眼差しは鋭い奥二重。褐色の肌はこの国では珍しく、一見すると異国の血が混じっているようにさえ思える。
 優雅にナイフとフォークを動かすその仕草は、まるで躾の入った貴族の所作のようで、一介の宝石職人とはとても思えない。
 彼がいれば、ここが作業場兼自宅の小ぢんまりした貸家ではなく、貴族の屋敷にある広々した食堂と錯覚しかねないから不思議だ。
 ブレイン・ロズフェルという男には、魔力がある。
 誰もが抗えない、睨みつけられたらつい平伏してしまう、不可思議な魔力が。
 ニーナは遠慮がちに尋ねた。
「また泊まりになるの? 」
「そうかもな」
 素っ気なく答え、最後の一口を咀嚼する。
 ニーナはしばらくその唇の動きを上目遣いで観察していたが、やがて、ごりごりと珈琲豆を擦り潰す作業に専念し出した。
 毎朝、挽きたての珈琲を二杯飲むのが、ブレインの日課だ。彼は今、王都で定番となっている緑茶より、一貫して珈琲を好んだ。
 ミルのハンドルが回転し、豆が細かく砕かれているごとに、ほわんとした香りがキッチンの空気を変えていく。
「ちゃんと玄関の鍵を掛けておけよ。それから、窓も忘れるな。この間、天井の換気窓が開いたままだったぞ」
「換気窓までは気づかなかったわ」
「気を抜くな。強盗はどこから来るかわからんからな」
 言い終えると、立ち上がる。
 ぬっとニーナに影が落ちた。
 この国の男性の平均よりも遥かに高い身長。すらりとしているが、洗いざらしの木綿のシャツと麻のトラウザーの下に、鍛え抜かれた筋肉が隠されていることをニーナは知っている。
 ニーナが買い物袋を抱えて帰宅したとき、キッチンで湯浴みをしていた彼と何度か出くわしたことがあるからだ。
 引き締まった肉体には、擦り傷や切り傷が入り、却ってそれが神話の武神のような厳かな雰囲気を引き立てていた。
 湯浴みをしているから、勿論、下半身も剥き出しだ。
 バッチリ見てしまったニーナは、買い物袋を放り出し、「ごめんなさい! 」と言い捨てて自分の部屋に駆け込む。
 男性との経験のないニーナは、彼と誰かを比較なんて出来ないが、とにかく凄いということはわかった。
 田舎娘ではあるが、これでも耳年増だ。






 
 
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