【完結】家庭教師イザベラは子爵様には負けたくない

晴 菜葉

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嫁と姑

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「イザベラ。母に何か酷いことはされなかったか? 」
 買い物から帰った早々、待ちかねたルミナスが駆け寄る。さすがに母のいる前なので、抱きしめたりはしないが。
「何て言い草ですか」
 当然、ドロシーは憤慨する。
「そうですよ。ルミナス様。私はとても楽しかったわ」
 イザベラは微笑んだ。
「まるで本当のお母様と買い物をしたようで」
 意外だと言わんばかりの顔をしたのは、ルミナスはおろか、ドロシーもだ。
「う、うん。君が楽しめたら、それで良いんだが」
 拍子抜けしたように、ルミナスは相槌を打った。
「だけど買い物など。私が何でも用意するのに」
 その言葉に、ピクリとドロシーのこめかみが動いた。
「アークライト。履き違えてはいけません。妻は伴侶であり、男性の玩具ではありません」
「それくらい、わかっています! 」
 いきなり注意され、ルミナスはムスッと眉を寄せた。
「甘やかせるばかりが愛情ではないし、一方的に押し付けるなど、以ってのほかです」
「わかってます! 」
「アリアから聞きましたよ。あなた、上手く妻を丸め込んで、言いなりにしているとか」
「そ、それは……おい、アリア」
 一体、アリアから何を聞いたのだろうか。
 あれやこれやを脳内に思い浮かべながら、ルミナスは娘に非難の眼差しを向けた。
「だってお婆様から問い詰められたら、本当のことしか言えないわ」
 アリアは悪びれもせず肩を竦める。
「互いに同意を得ることと、単に丸め込むのでは、大きく違います」
 続いて、視線をイザベラへと移す。
 目が合って、思わず後退りしてしまった。
「あなたも、簡単に流されてはいけません。己を見失わないように」
 一体、誰から何を聞いたのだろうか。イザベラは脳内であれやこれやを思い浮かべた。
「新婚ですから、目は瞑りますが。ほどほどに」
 ルミナスとイザベラは、二人同時に項に嫌な汗をかいた。

 
「今日は疲れたんじゃない? 」
 アリアが尋ねる。
 昨日からアリアの勉強が疎かになっていたため、夕食後、急遽イザベラは家庭教師となる。
「ええ。でも、とても充実したわ」
 イザベラの頬は紅潮していた。
「母親と買い物に行くなんて経験がなかったから」
 ずっと父の愛人宅に閉じ込められ、物心ついた頃には阿片窟に売られて、その後は貴族の監獄から一歩も外に出ない状態。家庭教師になってからも、通うのは本屋ばかり。縁遠かった店は、どれも新鮮だった。
。私もよ」
 アリアが口を尖らせる。
「私だって、母親と買い物なんてしたことがないわ」
 三歳で実母を亡くしたアリアは、母親という存在を知らない。
 だが、イザベラはアリアの母となった。
「じゃあ、今度靴を作りに行きましょうか? 」
「本当! 」
「ええ。それから、ライス・プティングがとても美味しいお店を教えていただいたの。是非、行きましょうね」
「もしかして、お婆様から教わったの? 」
「ええ」
「意外だわ。一体どんな顔で甘い物を食べていたのかしら? 」
 アリアは首を捻る。
「もしかして、こんな顔? 」
 可愛らしい目を指で斜めに吊って、大袈裟なくらい唇をひん曲げて笑う。これでは天使が泣く。
「まあ、アリア。酷いわよ。お婆様は、とても笑顔の素敵な方なんですからね」
「お婆様が? 笑顔? 」
 厳しいドロシーが笑うなど、アリアは信じられないと目を丸くする。
 ドロシーは、常に気を張っているから、そのような顔は身内にすら見せないようだ。
「それより。勉強は進んだかしら? 書取りを言いつけてあったでしょ」
「ふふ。家庭教師がいない分、家令にチェスを教えてもらっていたわ」
 悪戯が成功した子供のように、アリアは小さく舌を出した。
「まあ。また勉強をサボって」
「息抜きも大事よ」
 悪びれもせず言ってのける。
「でないと、お父様みたいに性格が捻くれてしまうわ」
 確かに。イザベラはこっそり頷いてしまった。
 ドロシーのように、あまりにガチガチにし過ぎて、あのように性悪で、性に関して底抜けに貪欲になってしまったら、たまったものではない。
 何事も、ほどほどが一番。
 イザベラは心に刻み込んだ。
「明日はお婆様のお帰りよ。アリアはお婆様にご挨拶なさった? 」
「私、あのお婆様は苦手なの」
 それまで弾んでいたアリアが、急に沈む。
 ドロシーとルミナスには分厚い壁があったが、アリアも例外ではないらしい。
「お婆様も、私の扱いにはまだ戸惑ってるわ」
 そこに何やら計り知れない複雑さを見て、イザベラは黙り込んだ。








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