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5-1 最上位種発芽編:世界が変わっても

244 かける言葉もない

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 話を聞くと、アルマさんが僕に以前聞いていた『死霊術士ネクロマンサー』のことを司書さんに聞いて、思いもよらぬ反応が返ってきて、宿舎に帰ってきたと。
 
「私が無意識に使ってたスキルは、化け物なんだって、気持ち悪いんだって言われて……。だったら、私はそんなスキル使いたくない……!」

「……それで、僕達と別れる理由って言うのは?」

「……私の体、気持ち悪いし……。スキルも気持ち悪いらしいし。文字も読めないし、家事も掃除もできないし……。いても力になれないから邪魔だと思って……」

「出ていったとして、なにか計画でもあるの?」

「計画……何も考えてない、けど、このまま居ても邪魔だと思うし」

 なかなかアグレッシブな人だなぁ。
 ……今までの不安とか、もやもやとかが爆発したって感じ? 自暴自棄とはまたちょっと違うか。
 
「……アルマさん、すこーし落ち着いてね。言葉を発さずに、静かに、脳内で言い訳をせずに、心を落ち着かせてから聞いてね」

 ちょっと、洗脳みたいな喋り方だけど、今のアルマさんに真正面から言葉をぶつけるのは辞めた方がいい。悪気があって、こんなことを言ってるわけじゃないってのは分かってるから。

「僕はアルマさんのことを仲間だと思ってる。たまにズボラな所にイライラすることはあったりしたけど」

「う”」

「夜まで頑張って復習してる姿とか一生懸命な所も見てる。自分の使ってるスキルが嫌いで使わないから今後戦えないってなっても、僕は仕方ないと思う。そして、転生したからといって戦う必要は無いと僕は思ってる」

 僕の言った通りじっとして、何も発さずに僕の言葉を聞いてくれているアルマさん。
 この人は自分の感情に素直なんだ。喜怒哀楽、めんどくさいと思うことはめんどくさいってなるし、嫌なことは嫌だという。
 子どもっぽく思えるけど、僕はそういう人は嫌いじゃない。

「アルマさんが今後したいことを決めるまでここに居ていい。何かの縁でこうやって地球とは違う別の世界で会えたんだからさ。アルマさんが自分で僕やアンからサヨナラしたいってなってからでいい。去る時は僕に言わずにどこかに行っていいから」

「私……いいの? 邪魔じゃない?」

 涙目になって、肢体をもじもじと動かして、鼻水をズビッと啜る。

「邪魔じゃない邪魔じゃない。自分のペースで勉強もしたらいい。しばらくは時間を取ってもいいし、なんなら冒険者にならなくてもいい。登録はしたけどね。アルマさんの好きなこと、したいことを探すのに力を貸すよ」

 椅子に座って話を聞いてくれたアルマさんの肩をポンっと手を置いた。

「とりあえずしばらくは勉強会を休みにしよう。整理がついたらまた始めたらいいし」

「クラディスくん……」

「じゃあ僕は、ギルドで訓練があるから」

 玄関を開け、ただ僕の顔を見上げていた彼女を置いてギルドへと向かった。



      ◇◇◇



 ――バタンっ。

 玄関から白髪の少年が出ていった。
 一瞬はその優しい言葉に救われたような気持ちになった。
 だが、直ぐに自分には期待されてないんだという思いがふつふつと出て来るのを感じる。
 
「私は……結局……いつも、どの世界でも……っ」

 前の世界で兄から貰ったメモ帳に書かれた自己啓発の言葉を思い出し、椅子の上に体を縮めた。

 ──『頑張らないと、期待に応えるんだ』──

 その言葉を繰り返し呟き、痛みを感じない体から胸あたりが痛むのを感じる。
 心臓なんて動かなくても死なないのに、動悸が早くなったと錯覚する。
 呼吸などしなくても死なないのに、呼吸が早まっていく。

 今は化け物だ。しかし、以前はただの女子高生であった。
 友達と話し、未来について語り、兄と一緒に暮らしていた高校生だったのだ。

 こっちの世界に来て、変に肉付きのいい身体になった。椅子の上で足を組むっていう悩んだ時にやる格好も、胸が大きくなったことでやりにくくなった。お尻も大きくなって、安定感は増したけど、歩くときに揺れて邪魔になった。

 この体は自分の体であって、自分の体じゃない。

(身体が変わるなら、内面も変わってくれたらよかったのに……)

 生前の時の記憶が自分をより苦しめる。

「どうしたらいいの……にいさん……っ。分かんないよ……なにしたらいいのか。何が正解なのか……」

 今は存在しない平野明人のことを求め、体をもっと抱き寄せる。
 椅子の上に三角座りをし、既に冷たくなっているホットミルクを見つめた。

「ほっと、みるくっ……」

 そうしていると、ある考えが頭に浮かんだ。
 もしや、もしかすると、そうだ。

「……待って。この記憶が、転生ってやつのだったら……」

 転生前の記憶と思われる情景。
 風呂場から出たら見えた惨状。
 そして、あのスーツ姿の女性。

「私を殺したあの人に殺された兄さんは……この世界に転生してる……!?」

 今まで考えもしなかった。兄もこの世界に転生している可能性は盲点だった。そう思うと、ぼんやりとしていたこの世界に道が一本、引かれた気がした。
 椅子の上に立ち上がり、ガッツポーズを決めた。

 ただ、無為に生きるしか無いと思っていたこの世界で、彼女は生きる意味を見つけたのだ!

「やった!! それじゃあ、お兄ちゃんを探すために──」

 だが、それを考えついたとしても……それを探す方法など無いと直ぐに思いつき、再び肩を落とした。

「うぇぇ……結局、なにも変わらないんじゃぁぁぁん!!!」

 髪を掻きむしり、ボサボサの髪になった状態で大きくため息をつくと、椅子から転げ落ちた。

「いてっ。もーーー、踏んだり蹴ったりだよぉ~!!!」


      ◇◇◇


「はぁ~……」

 空へ息を吐くと白い息になって消えていく。
 これ、冬になったらやることランキングがあったら2位くらいにランクインするだろうなぁ。
 そんなことを思いながらザクザクと街路を歩き、ふいと後ろを振り返ってみる。

「……辛いよなぁ。」

 ……僕は、アルマさんの状況が自分になっていたらどうなっていたか、を考えることがある。

 転生者の時点でこの世界では生きにくい。さらに魔族だっていう要素がついてくる。
 そしてかつては人間だったのにその手で人間を殺して、仲間なはずの魔族にすら殺されて、挙句の果てに自分が使えるスキルが化け物だ、気持ちが悪いと言われる。
 想像するだけでこの世界で生きていく気がなくなる。

(ぼくも、ムロさん達に拾われなかったら、きっと……どこかで死んでただろうな)

 そんな状況でもアルマさんは頑張って言葉を覚えようとしてくれていたり、スキルのことを考えようとしてくれていたり、その上で僕達のことを考えてくれている。
 でもアルマさんになんて言葉をかければいいのか、僕は分からないままだ。

「……かける言葉で悩むのって……前もこんな感じのことあったなぁ」

 いつまでも成長しない自分に呆れながら、ギルドまでの道を歩いて行った。
 
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