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4-5 理外回帰編:魔族との遭逢

225 ユシル村への帰郷

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 日が完全に沈み、すっかり暗くなった。
 光源など森内にあるわけもなく、僕達の足元を照らすのは僕の『ライト』のみ。
 持ってきた食糧などとうに底をつき、彷徨うように森を行軍して、たどり着いた。お腹よ、頼むから静かにしてくれ。

「言われた場所は……ここかな」

 村。うん、村だ。
 城壁に囲まれていない代わりに柵に囲われ、憲兵が立っていない代わりに案山子が立てられている。暗闇で見る案山子は怖いなぁ。となると、向こう側に見えるのは、田畑かな?

 突然田舎に来たようで安心をする。川も近くに流れてるみたい。
 と、看板を見つけてこの世界の文字で書かれているのを目で追って……。

「――あらっ、こんな時間に旅のお方が……!」

 看板をなぞっていると、奥から角灯ランタンを持った女性が近づいてきた。何も悪いことをしてないのにぱっと手を離し、ぺこりと頭を下げた。
 
「すみません、夜分遅くに……」

「いえいえ! 監視家がお客さんの来訪を知らせてくれたので……」

 監視家というと……なんだったか。
 村の四方に置いた小屋。その中には魔素を感知する魔導具があるとかどうとか。そんな話を聞いた気がしなくもない。
 
「そうでしたか。僕達は冒険者をやっているのですが、街の門が閉まっていて……一泊できる宿を探していたのです」

 首元から認識表を取り出し、見せた。
 夜だから世間話は不要だろう。何しろ夜は危険がいっぱいだ。早々に話をしておいた方がこの場にいる全員のためになる。
 それはそれは、と口にした女性だったがふと思い出したように、

「……失礼なことを尋ねるようですが、どなたからこの村のことを……?」

「私の恩師……というか、先輩の冒険者というか」

「そうでしたか。ここ数ヶ月で出来た村なので……まだまだ泊まりに来られる旅人さんが少なくて」

 アハハと笑いつつ、悟られないように警戒するような視線を僕達三人に飛ばしてきた。
 ならず者か、そうじゃないかのチェックだ。銀等級でも足りませんか。そうですか。やっぱり金等級以上はほしいか。

「不安でしたら、野宿をするのでお構いなく」

「いえ、大丈夫です。重ね重ね失礼な事をしてしまい申し訳ありませんでした。宿に御案内しますね」

「ありがとうございます」

 一礼し、女性の後をついて行く時に看板に書かれていた文字を思い返し……口元の緊張が強ばるのを感じた。

 全ては見えなかったとしても、新品の看板に書かれていた文字――……。

 【ユシル村】
 
 ここは、僕の体の故郷……なのかもしれない。
 心臓の鼓動が、少し早まった気がした。


 
     ◇◇◇

 

「着た服とかまとめておいてね。綺麗にしとくから」

 宿まで案内されて、なけなしの魔素で寝巻きに『浄化』をしておく。うん、頭がフラフラする。
 アンが湯船に使っている間にパパパと用事を済ませ、少女をベッドで寝かせる。
 これは……治癒士さんに診てもらうのは明日になりそうだ。というか、この村にそんな人がいるのか? どうみてもまだまだ発展途中って感じだけど……。

「え、この村ってあるじの故郷なんですか?」

「うん、多分ね」

 湯船から上がったアンの髪の毛を乾かしながらの会話。久々のお風呂で汚れを綺麗サッパリ落とした後……あ、ここちょっとゴワゴワですな。
 
「でも、あるじは……その……」

「余所者だけど、この体はここにあったものだからねー」

 前々から疑問には思っていたことだ。
 転生。つまりは生を授かるということ。だけど僕はあの木の下で意識を取り戻した。だったら、この体がここまで育った記憶はどこに行ったのだろうかって。

「最初は記憶が上書きされたのかな~って思ったけど。それだったら、僕のからだは僕のものじゃなくなる。他人の体に憑依みたいなもんだし」

 僕が設定した――と言っても観測者が主にやった――ステータスが反映をされていることから、上書きってのは無いだろうとは思う。わかんないけど。
 
「今は『自分の意識が戻るまでに時間がかかった』って思うようにしてる」

「自我の芽生えというやつですか」
 
「そうね。それまでは多分、この村でゆっくりと過ごしてたんだと思う」

 そして、その日がやってきた。
 この体はふらふらと村の外へ歩いていき、その間に村は森からやってきた魔物たちによって蹂躙。生存者は確認できず……。のハズ。

「そう思うと転生者って不思議だよね」

「今更ですがね」

「そっか。まぁ、そうか」

「それで傷は……」

「さぁね。明日になるとは思うよ」

 乾かし終わると、肩を揉む。ぬぁぁぁぁと飼い猫のような声を出し、アンは伸びた。疲労もあるのだろう、うつらうつらと目をしょぼつかせている。
 
「寝ていいよ。明日の朝、出発しよう」

「いえっ、わたしは、あるじと」

「寝て。疲れてるでしょ。連戦だったんだから」

「…………あるじも、寝てくださいよ?」

「寝るよ。すっごく疲れたんだもん」

 へと笑うと、アンはベッドで横になった。すぐにすやすやと寝息が聞こえてきたので、一安心。

(エリル、散歩しよっか)

(寝なくていいのですか?)

(うん、大丈夫……というか、寝れないよ。寝たら、激痛で起きるし)

 ダンジョン内で仮眠を取ろうとしたら魔法の効果が切れて激痛で目覚める。
 ほんと、火傷っていうのは厄介だ。ずっと魔法を発動するってのも大変だ。水薬とかを用意しててよかった。訓練中はあれだけ嫌いだったコレに感謝する日がくるとは。

 家の外に出ると、寒風に巻かれた。

「寒い……」
 
 寝間着にこの気温は堪える。

(わっ、月……キレイですよ!)

「ん。お、ホントだ」

 雲ひとつない。コレが太陽だったら運動会日よりだ。そんな気分じゃないけど。

 村は、再興し始めたばかりのような雰囲気。村は建て直されつつあるが、途中で終わってる。みんな寝ているのか、異様なまでに静かだ。

「帰ってきた。って言うのかな、これ」

(ますたーのお体の……ですか?)

「うん」ググと背筋を伸ばした。「よくわかんない感情になってる」

(お墓参りでもします?)

「ないでしょ。話を聞いてた感じ、誰か誰だか分からないくらい食い散らかされたみたいだし」

(包囲殲滅でしたっけ。魔物群襲撃モンスターレイドだったとか)

「らしい。まぁ……クラディスには関係がある話だけど、ぼくには関係がない話だ」

 一度滅んだはずの村が立ち直ってる。
 嬉しくも有るが、そこに自分の記憶と身体はない。
 知らない誰かが救出された。そんな報道をテレビ越しに聞いているような気分だ。おめでとう、という気持ちはあれど、他人事のような。

(ごめんね、クラディス)

 自分に自分が謝る。意味の分からない話だ。
 どう片付けたらいいか分からない感情だな、ほんと。

「まぁ~……夜風に当たろうかなぁと思うので、エリル出ておいで」

「わーい」

 しゅるとエリルが出てきて、隣を歩いてくれた。
 久々に散歩だ。魔素がない状態でね。なんて危なっかしいんだか。

「ダンジョンのことだけど、ほんと大変だった。死ぬかと思ったよ」

「ますたーは、いつも危なっかしいんですから」

「ちゃんと手綱を握っててよ? なんか、変に強気な時が出てきて困るんだから」

「自分で握ってくださいよぉ。ストップ! って言っても、止まらないんですから」

「反省はしてるよ」

「じゃあ、次はその反省を活かすように!」

「難しいお話だなぁ」

「でも、エリルの案をやったら攻撃防がれたんだけど?」

「あれは~……まぁ、想定外といいますか。剣に魔素が集まるのは……うーん、まぁ勝ったので!」

「ならいっか」

「あれ。旅人さん~、どこに行かれるんですか~!?」

 歩いていると、出迎えてくれた女性が駆け足でこっちにやってきた。
 あれ。起きてたのか。
 
「すみません。ちょっと夜風に当たりたくて」

「大怪我なんですから、気をつけてくださいよ……?」

「あははは。まぁ、いい経験というか、灸を据えられたといいますか」

「……? 大怪我がいい経験、ですか?」

 角灯を持ちながら、並走をする村の女性。心配をしてくれているのだろうか。
 
「痛みはいいキズぐすりですよ。やりすぎたらこうなるって教えてくれるんです」

 何事もそうだ。やりすぎは身体に毒。

「今回は、自分の力を過信しすぎた結果です」

「……お若いのに、そんな……」

「といっても、明日には村の治癒院にいって、治してもらうんですけどね?」

 草原を歩きながら、上を見上げて笑った。

「焦るなってね。神様がそう言ってるんだと思います」

「…………」

 その時、ピクッと魔素感知が一瞬だけ反応した。
 エリルも飛び退くほどの膨大な魔素。

 その反応は──真隣。

「いーや、違うと思うなァ」

 角灯を持っていた手から、ペリペリと皮が剥がれるように。マジシャンが変装を止めるときのように。
 村娘の女性の姿は、フードを被った姿に変わっていた。

「君は強いよ。ねェ? 少年っ」

 顔を覗き込む女性のかおは、暗闇に包まれていた。
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