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4-1 理外回帰編:大規模クエスト

180 次はないかもなぁ

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 カツコツと廊下を歩く音が反響する。
 隣の堅物の男は何も喋ろうとしない。それが喋ろうとするのに躊躇ってしまう程の静寂を続かせる。
 等間隔で置かれている大きな窓から差し込む月明りも、風で揺れる枝葉によって白床で不気味に踊らされている。
 玄関まで送ろうとしていた執事やメイドの類は「気を使わなくてもいい」と丁寧に断っておいた。今思うと、彼らに送迎を頼んだ方がまだ賑やかだったかもしれない。

 ――まぁ、気まずいとは思わないけども。いつものことだし。

 ワインレッドの髪色の男は、横目で自分より少し身長が高いウィンストンの方をチラと視界に収めた。
 相変わらず、希少な黒曜樹で作られた杖を空中で足音と同期させるように遊ばせている。
 いくらウィンストンが自然体であっても、魔素を消費してまでやっているのには変わりない。
 しまったらいいのに、と野暮なことは言うまい。彼の数ある茶目っ気の一つだ。何より見ていて面白いのを止めさせる道理はない。
 
「で、なんだっけ?」

「何がだ」

「次に行く場所、どこだっけ? 閊えてるって言ってたやつ」

 ふむ、と低い声を漏らし、次の一歩の足元から不干渉の空間を作り出す。
 二人を中心として広がっていった正六面体の歪み。
 其れは、一見簡単そうに見えて、高度な魔素操作と熟達した魔法関連ステータスが無ければ形を保つことさえ困難な魔法――遮音魔法。
 何かしら重大なことを言うのだろう、と思うのは当然のこと。男もウィンストンの顔を覗き込むようにして見た。

「ない」

「うぇ?」

「ない」

「ないの?」

「ない」

「そっかぁ」

 その一言を伝えるためだけに展開された魔法。彼らしいといえば、彼らしい。
 
「じゃあ、なんで?」

「何がだ?」

「だってさ、もう少し高齢者の悩み相談に乗れたじゃん。わざわざ切り上げなくても」

「時間が勿体ない。私らは定命モータルだ。嬉々として御老公の話を聞くこともないだろう」

 高説を聞くとしてもな、と廊下の先に目を向けたまま呟く。

 ――定命モータル魔導士ウィザードは忙しいって聞くもんな。

 どれだけ魔法の進展に貢献できるか、未だ到達していない未知の領域にどれだけ踏み込めるか。
 そのようなことばかりやっているのが彼ら魔導士ウィザードだ。
 剣闘士ウォーリアーである者には理解しがたいもの。だが、理解できなくとも尊重をすることはできる。

「確かにね。魔法の研究頑張ってるもんね~、ウーさんは」

「あぁ」

「ま、頑張ってね」

「言われずとも」

 そうして長い長い廊下を歩いて行った先、大きな扉の部屋。
 ぎぃっと開き、中に入るや否やウィンストンは足元から複雑な魔法陣――転移魔法を構築していく。
 ロバートから自由に使ってくれと言われた部屋。ならば自由に使わせてもらおう。

 掃除がされ、先ほどまでの部屋とまではいかないが、貴族が談笑をできそうなくらいには整っている。
 テーブルクロスが敷かれた木製の卓、その両側にはクッション付きの木製椅子が十つほど。先程まで臀部を包み込んでいたソファも壁際に置かれている。
 大きな窓には白カーテン。後は物を仕舞えそうな小奇麗な棚がちらほら。壁紙も統一がされているようだ。
 
「はぁー、ここが俺らの血盟用の部屋?」

「らしいな」

「ふぅん。ただの冒険者の集まりに中々太っ腹じゃんね、こんな広い部屋をさ――よいしょ……。用意してくれるなんて」

 ガララっと椅子を引き、腰掛けた。お、この椅子もふかふかなのか、と興味深そうな声が出る。

「そうだな。ロバート公の脱出経路兼これから先の私達の入り口としては、大きな部屋だ」

「あ、それ用にも使うんだ」

「念押しだ。約束をしたからな」
 
 杖を床に、コツン、と着くと文字ルーンがズラッと第一外郭円と第一内郭円に沿って並べられていく。
 仄かに白く光る文字ルーンと魔法陣の中心に佇むウィンストン。その光景が一つの芸術作品のように幻想的で、美しい。
 その間、椅子に座ったまま三つ編みを体の前でいじいじと弄ぶ。魔法ができるまでの暇つぶしだ。

「……できたぞ」

「おっ! おつかれぇい」

 ひょいっと椅子からウィンストンの隣へ華麗な着地。上げていた両手を下ろし、伸ばしていた背筋を少しだけ丸めた。
 何らかの反応がされると思っていたが、全くもって無反応。寂しい。
 口を尖らせながら、隣で杖を手に持っているウィンストンの方をちらり。

「おい」

「わ、びっくりした」

「ロバート公の事、どう見る」

「近所の金持ちのおじちゃん」

「違う。話をしていただろう。何かに気づいたのではないか? 私は、そういうのには疎いのでな」

 ロバートの微細な感情の起伏、声の若干の変化、口元に一瞬だけ表れた緊張。
 ほとんどの者が気が付かないだろうブラフ

 それらをウィンストンが気が付かないのも無理はない。彼らは資料と向き合う時間の方が長いのだ。
 どう見ると言われ、正直に話すのはどうか。殺し損ねていることを話して何か変わるのか、話したとてどう対処をするのか。
 情報の秘匿って血盟の誓約違反になるっけ、と考えるが、何十年も前に見た限りの誓約書に書かれていたことだ。思い出せるわけがない。
 思い出せないってことは別にいいってことだ。きっとそうだ。

「ただの世間話。珈琲の味が濃かったから、俺好みじゃなかったって話してただけ~」

「……そうか」

「ウーさんも角砂糖をドバドバ入れてたもんね。こーんな顔で、くくくっ」

 真顔のウィンストンの真似をして、意識を逸らす。その瞬間に、すこし、小さな頭脳に鞭打つ。

 殺すように言われていた者が殺されずに生きてる。その事実を知られたらロバートもただでは済まない。
 完全にロバートへ一任されていた事柄。生存を知っているのは現時点では己のみ。全体数が少ない分血の暗黒森人ダークハーフエルフだと言え、十何年も前に会ったきりの顔を血盟員が覚えているはずもない。

 で、あるなら、どう動くか。
 考えるまでもなく、こちらの血盟に知られる前に始末をするだろう。
 今度は、より大人数で、より人目を憚って、より強い者達を雇って。確実に。今度は失敗をしないように。
 その時期は忠告通りに時期を見るだろう。しかし、必ず、自分が持っている力のみで始末をしようと試みるはずだ。
 成功すれば官軍。だが、失敗すれば――……。
 
「帰るぞ」

「あーい」

 ――大事なパートナーとは言ってはみたけど、今度の失敗には目は瞑れないかもなぁ。
 光の粒子に包まれ、二人はロバートの館から姿を消した。
 
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