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3-3 残穢足枷編:禍根会遇の処
161 拉致し、男の名は
しおりを挟む治癒士の勉強会も続けてもらっていて、回復や痛覚鈍化が完璧ではないにしろ、少しだけなら使えるようになってきた。
勉強会が終わるとペルシェトさんに骨折の調子を聞かれて、ギルドの中の部屋を借りて様子を見てもらった。
「最近はちゃんと自制できてる?」
「重たいのを持っていませんし、クエストも片手でやってます。アンが上手くカバーをしてくれてるので」
「なら良し。……うん、診た感じ、直ってきたみたいだからもう大丈夫かな」
「ほんとですか!」
「しばらくは安静ね、無理したらダメだよ!……まぁ、左腕の前腕だけだから良かったかな」
三角布で固定は最近してなかったし、そこまで酷い骨折ではなかったから本当に良かった。ウッグに握られた時か石に当たった時に折れたんだっけ? あの戦闘は本当に危なかったからな。
記憶が若干曖昧なところがあるけど……生きているのが不思議なくらいだ。
「あるじ、お怪我の方は……」
外で待機していたアンが心配そうに駆け寄ってきてくれたから、左手でピースをして見せた。
「! 治ったのですね!」
「うん、もうちょっと安静にしないといけないみたいだけど、大丈夫だと思う」
「良かった……」
「治るまでにアンに迷惑かけちゃってたからね、もう少し早く治ってくれたらよかったんだけど」
「お気になさらないでください。家族と言っていただいて、近くに置いていただけるだけで私は大変光栄ですので」
「アンは僕の家族だから。その「置いておく」って言い方はしてほしくないなぁ~」
「す、すみません!」
「僕にとってアンは大事な人だよ。そんな人が自分のことを卑下するのは無しね」
「ひげ……?」
僕の言葉を聞くと口上を触り出したアンを見て、思わず笑ってしまった。
「自分のことを雑に扱わずに、もっと大事にしてほしいって意味」
ギルド内ということもあって、そこまで大きな声で話すことはできないけど、この後の予定も特に無いということでギルド内でゆっくりすることにした。
◇◇◇
第二書庫内で時間を潰していたのだけど、ギルドのスタッフさんがバタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。
気が付くともう日が暮れ出したらしい。
そして気が付いたことがあって、アンが本を読むのが好きみたいだ。隣で本を読んでいたんだけど、僕に負けないくらいの没頭具合だった。
今度アンが自由に使える本棚でも買ってみようかなぁ。時間がある時にでも探しに行ってみよう。なかったら最悪作ればいいか、図画工作で作った以来だけど、成績が『秀』だったからいけるハズだ。
ここにいつまでもいるのは迷惑になるかと思って、そろそろ僕達も家に帰ることにした。
通り過ぎていく人達も冒険者が多いが、買い物帰りの人達もチラホラと見える。
――ピリッ。
「……? なにか」
歩いていると、何か空気がおかしい気がした。
雰囲気というか、普段の様子と何も変わらないのだけど……今のは殺気? いや魔素? 気のせいなのかな。
「アン、何か変な感じしない……?」
「……あるじ! 今日の夕飯はオムライスにしましょう」
「? うん、いいよ……? そうしようか」
何も言わないってことは、気のせいなのかな。
首をかしげて歩き出すと、アンが僕の手を引っ張って小声で囁いた。
「あるじ、声を小さく。それと歩く速度を上げることってできますか」
「やっぱり何か……」
「尾行されてます」
「え」
「ここ最近、何者かに尾行されているのは感じていました。気づかれないように警戒をしていましたが……秒で屠れるほどの実力差があったので触らずにいました。ですが今日のは……どうも数が多い」
「僕は三人くらいしか感じないけど」
「いえ、16人……20……程でしょうか。一般人に扮している者からも気味が悪い視線を感じます」
僕達の横を通り過ぎていく人達や話している主婦たち。冒険者の群れ。建物の薄っすらと開いているカーテンの隙間などに意識を向けると、アンが言った数程ではないが10人までなら僕でも感じ取れた。
「……いけません。これは……囲まれてますね」
「走って切り抜けるとかは」
「路地に追い込まれてしまう場合があります。大通りにいる方が人目がありますし、幸い冒険者ギルドに駆け込めます。出方を伺うのもよろしいかと」
「分かった」
アンの探知系のスキルは本当に秀でていて頼りになる。
相手の出方を伺うというのはどうしたらいいのだろうか、人に対してそういうのをやったことがないからよく分からない。単純に待っていたらいいのだろうか? それでいいのか?
これは困ったな……家に帰ろうにも家がバレてしまうことがあるのか。あ、でもさっきアンが「ここ最近」と言っていたか。
(宿舎はバレてると見た方がいいな)
あそこだったらギルドの管轄で手が出しにくいから、その外で何か機を狙っているのかもしれない。
――ブワッ。
その瞬間、両側の建物から膨大な魔素の発生が感知された。
気味の悪い殺意が滲んだ、魔物が出す本性剥き出しの殺意とほとんど同じものだ。
背筋に冷たい刃物を当てられる感覚が走る。
「ッ!!?? アン!! 走って!!」
「あるじ!?」
「こんな場所で、何しようとしてるんだ――ッ!!」
アンの手を握り、魔素を発する場所から逃れようとした。
しかし、僕とアンの足元に大きな魔法陣が一瞬にして展開され、すぐに円外へと足を踏み出そうとした僕たちの行く手を光の粒子が阻み、視界が大きく縦にブレた。
……………
……
次に目の前に広がったのは、暗闇と鬱蒼とした森林、地上に降り注ぐ月からの光。
「ここ……って」
すぐさま先ほどまでいた街ではない場所へと転移されたのだと感じた。
だが、その場所には身に覚えがあった。
先日の出来事だ。僕がゴブリンキングと戦闘した場所──中位ダンジョンが中央にあり、直径数十メートル程ある巨木が乱立している幻想的な空間。
「……最深部」
なにが、起きてるんだ。なんで、こんな場所に──……。
「あるじ、ご無事ですか!?」
「あぁ、うん。僕は大丈夫、アンは?」
「わたしも大丈夫です」
あの膨大で複数の魔素反応はこれのためなのか?
囲み、連携して魔法を発動。魔法であったなら僕がまだ勉強をしてない領域の魔法……おそらく上級以上の魔法だ。
転移の魔法、それも数十キロ離れている場所への……。
事前に転移先への指定をする必要があると聞いていたのだが…………。
「おっ、成功したみたいじゃん?」
森林部からこちらへと歩いてきた男、その顔が月明かりに照らされた。
「!? お前ッ……!!」
男の顔が見えた瞬間、アンが声を荒げた。
今まで見たことのないアンの怒りの表情。そして、少し怯えているような気もする。
「よぉ、久しぶりだなぁ? くそ女」
ケタケタと笑い、両手を広げてまるで久々の再会を喜ぶような素振りを見せる。
あの人って……闘技場の向かい側の席で立ってた……? いやでも、あんな傷跡って無かった気が……。
「アン。あの人と知り合いなの……?」
「はい、あの男は……私が以前買われた先にいた戦闘奴隷です。名前はシルク……今の私と同じ、一等級戦闘奴隷です」
片目を小さく開き、もう片方を大きく見開く。
男はアンの殺意を体で受け止めながら、下卑た笑みをこちらに向けてきた。
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