片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

文字の大きさ
20 / 88
二章 恋の病に薬なし

-20- 都会の人並み

しおりを挟む
 
 軒下の影のお蔭で随分と涼しく感じる。
 隣り合って立つと、太蝋は人混みに目を向けながら再び訊ねた。

「それで? どんな人を見てたんだ?」
「え、えっと……誰かを見てた訳ではなく……」
「ん? じゃあ、この人混みそのものを見てたと?」
「は、はい……」
「どうして?」
「その……」

 平坦な声で矢継ぎ早に質問を重ねられ八重は口篭った。
 人混みで立ち止まったことを責め立てられているような気がしてくる。
 俯いているのに太蝋に見られているのが分かる。
 答えを急かされているような錯覚に陥る。
 八重は俯いたまま手をこまねいて、辿々しく答えた。

「い、田舎だと、よく見られていたもので……。ここでは、誰も私を見ないことが新鮮で……」

 八重の答えに対する太蝋の返事はすぐには戻ってこなかった。
 待っている間に八重の額に冷や汗が伝う。

「……なるほど。なら、ここでは存分に人間観察すると良い」
「……え?」

 太蝋の言葉を聞き、八重は驚いて顔を上げた。太蝋は人混みの中を歩いている誰かを指して言う。

「例えば……あの男は田舎から出てきたばかりのお上りさん。足元の泥汚れから察するに、ここまで歩いて来たようだね。かなりの健脚だ。向こうのヤカン頭の男は人を待ってる。随分と頭の蓋が忙しなく動いてるし相手は恋仲かな。あちらの婦人は異国文化が好きな金持ちのようだから洋裁屋に行くんじゃないかな。日傘も差していて、ご機嫌そうだ」

 次から次へと人を指差して、それらしい見解を話していく太蝋の言葉に八重は思わず聞き入った。
 どれもが正解のような気がしてくる。

「凄い……。よく、お分かりですね……」
「ただの想像だよ。最初の男は夕陽町の農夫かもしれないし、ヤカン男が待ってるのは金貸しかもしれない。洋装の婦人は異国から来たから、あの格好をしてるのかもしれないしね」

 後から聞かされた別の解釈で指された三人への見方が、がらりと変わる。
 そのことに驚いた八重が目を見張って人混みを見ていると……。

「こうやって観察でもしない限り、通りすがりの他人のことなんて気にしやしないよ」

 さらりと平坦な声で太蝋が言った。
 他人に興味を持つことがないと取れる冷たい言葉に聞こえたが、その前の言葉から繋げて考えると「だから、人の目を気にすることはない」と言う意味が篭った、気遣いの言葉にも聞こえる。

 疎む目を向けられ続けてきた八重には、ただただ歩いていく人混みの光景が居心地良く思えた。
 何より、太蝋が自分の言葉を嘲たり、否定せずに聞き入れてくれたことが嬉しかった。

「暑くないか?」

 こうした問いも自分を気遣ってのことだと思うと、火焚の屋敷を出る前に言われた言葉も嫌味ではなかったのかもしれないと思えてくる。
 あまりにも卑屈になりすぎていたのではないかと思えるのだ。

「大丈夫です」

 八重は淀みない声で答えた。その声を聞いて太蝋は少し驚いた様子で頭の炎を揺らめかせ、八重を見下ろす。
 八重の視線は真っすぐと人混みに向けられている。
 萎縮して丸まっていた背が、しゃんと伸びていた。
 その姿をじっと見つめ、太蝋はこれを機に気になっていたことを聞いてみようと思い立つ。

「八重は〝あつい〟のは、どれくらい平気なんだ?」
「夏の暑さで困ったことはないです。平熱が高いからかと……」
「ふむ……じゃあ、湯の熱さなら、どれくらい?」
「五十度ほどでしたら問題なく触れます。火蝶の力を使えば沸騰したお湯でも大丈夫です」
「そうか……。だから――」

 言葉の途中で太蝋は口を噤んだ。
 八重の熱耐性が、どれほどのものかと気になった切っ掛けが、初夜での出来事からだとは流石に口にできなかった。
 太蝋は「ごほん」と咳払いして誤魔化すように言う。

「私は体温が五十度ほどあるものだから、うっかり人が触れても大丈夫なように布で肌を覆うようにしててね。それでも「熱い」と文句を言われることもあるから、普段は霊力で抑えるようにしてるけどね」

 そう言った後、太蝋は自身の頭に灯っている炎を指差し「こっちもね」と言う。
 霊力で熱さを抑えているとは言え、蝋燭ろうそくに灯った火が熱くない訳はない。迂闊に触ろうとは、とてもじゃないが思えない。

 いつも太蝋が服を着込んでいる理由が分かり、八重は合点がいった様子で「そうだったのですね……」と呟いた。
 と同時に太蝋に触られた時の熱さを一ヶ月ぶりに思い出してしまい顔が熱くなる。

(あ……だから、旦那様は何度も私に「熱くないか?」と訊ねられたのね……)

 あれも太蝋の気遣いだったのだと気が付いた瞬間、苦い経験となった初夜の思い出が少しだけ苦くなくなった。
 太蝋が肌を晒さなかった理由も八重に火傷させない為の配慮だったと考えれば、優しさだったと分かる。

(と言うことは……やっぱり、三々九度にも何か訳があったりしたのかしら……?)

 神酒ではなく水で交わした三の盃が八重の頭に過ぎる。けど、それを太蝋に聞く勇気は無い。

 心に靄は掛かるも、謎にしておいた方が良い話だってあるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...