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二章 恋の病に薬なし
-21- 呉服屋【結ゐ処】
しおりを挟む呉服屋【結ゐ処】。火焚家が懇意にしている店の一つである。
店の名前が堂々と彫られた木の看板に、大通りに見合う大きな店構え。
それでいて老舗の風格と品が漂っており、易々と足を踏み入れることはできないと思ってしまうような畏怖を感じる。
そんな店の引き戸を、太蝋は何気なしに開けて堂々と中へ入っていった。
「いらっしゃいませ……おぉ! これはこれは! 太蝋様ではございませんか!」
勘定台に座っていた壮年の男が太蝋の姿を見て、嬉しそうに笑顔を浮かべて出迎えた。
小太りの体に上等な着物と羽織を身に纏っているところから、この店の主人に見受けられる。
「久しぶり。元気そうで何よりだ」
「それはこちらの台詞ですよ! 御国の為に身を削ってる方の無事な姿が見れて大変嬉しく思います!」
「結川は、もう少し身を削った方が良いんじゃないか?」
「おやっ、手厳しい! これでも不肖結川、日々、精進しておりますぞぉ!」
「粉骨砕身で働いているのは知ってるよ。私が言ってるのは胴周りの話だ」
「ややっ! 痛いところを突かれましたなぁ! はっはっはっ!」
そう言って結い処の主人――結川は自身の腹をぽんぽんと鳴らして軽快な笑い声を上げた。
楽しげなやり取りを繰り広げる二人を八重が店の引き戸の影から覗いていると、太蝋越しにばちっと結川と目が合ってしまった。
恐る恐る軽く頭を下げると、結川も笑顔で頭を下げ返してくる。
「……太蝋様、あちらの方はお連れ様でございますか」
ひそひそ声で結川が太蝋に訊ねると、太蝋は怪訝そうにしながら振り返った。
引き戸から顔だけをひょっこりと覗かせている八重を見て、太蝋は一瞬目を丸くさせた後、そっと手招きする。
「八重、入っておいで」
「……っ。は、はい……」
太蝋に促されて、ようやっと八重は店の中に足を踏み入れた。
カラカラと静かな音を鳴らして引き戸を閉め、静々と太蝋の方へ歩いてくる。
太蝋の斜め後ろに立つと八重は心許なさそうに手を拱いて、目を泳がせた。
「私の女房になった八重だ。今日は八重の薄物と浴衣でも買おうかと思ってね」
「「えっ!?」」
「ん?」
太蝋が八重を紹介した瞬間、結川と八重の驚きの声が重なった。
そのことを太蝋が不思議に思っていると、まず結川が勘定台から転げ落ちそうな勢いで前のめりになって訊ねてきた。
「婚姻されたのですか!? いつ!?」
「一ヶ月ほど前に」
「白無垢は!? どうされたのですか!?」
「あぁ……それは八重の両親が用意されたんだ。見事なものだったよ。一年ほど掛けて用意されたものだと言っていたかな」
「それは大変素晴らしい! ……ですが! そ、それならば、太蝋様の衣装は……!?」
「私は儀礼服を着なければならなかったから、袴を用意する必要がなくてね」
「なんと……ッ!!」
次から次へと重ねられる結川からの問いに、太蝋は淡々と答えていった。
それらの答えに結川は、頭を抱えて勘定台に伏せてしまう。
よほど婚礼服を任されなかったことが悔しいらしい。
呉服屋の主人としては、常連客の一大行事に携われなかったことは大きな商売案件を逃したようなものだ。悔しがるのも無理はない。
大層悔しがる結川を見て、太蝋は苦笑を含んだ声色で言った。
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