片翅の火蝶 ▽お家存続のため蝋燭頭の旦那様と愛し合います▽

偽月

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二章 恋の病に薬なし

-27- かぜの子

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「――だから! 金はあとで皆と工面するから!」
「工面ったってなぁ……一人頭の治療費が幾らになるかも分からんのに、そう何人も診てやれねぇよ。すまんが、他を当たってくれ」
「あんた、医者でしょ!? 病人を治すのが仕事じゃないの!?」

 聞き覚えのある少女の声が耳に入り、八重の足が止まった。
 気になって声がした方向に視線を向けると、そこには確かに八重の目の前で転んだ少女が居た。

「八重? どうした?」
「あ……い、いえ、その……」

 振り返った太蝋に訊ねられ八重は、あの少女との間に起きたことを口に出来ず戸惑う。
 そうして八重が口籠もっている間に、少女と町医者の言い争いが過激になっていった。

「あぁ、そうだ。俺はそれでおまんま食ってんだ。単なる人助けじゃねぇんだよ。金が貰えるかも分かんねぇのに、長屋一帯の住人の診療なんてしてみろ。薬代だけでも破産しちまう。けぇった、けぇった」
「はぁ~!? あんた、それでも医者ぁ!? 人でなし!! ヤブ医者!! 臆病者!!」
「あんだとぉ!? このガキ、大人しく相手してやってたら、つけ上がりやがって……!!」

 少女の侮辱に耐えかね、町医者は大きく手を振りかざす……!

「医者自ら怪我人を増やそうとは、感心しないな」

 しかし、寸でのところで太蝋が間に入り、町医者の手首を捻り上げた。
 突如として目の前に現れた蝋燭ろうそく頭の男を見上げ、少女は顔を引きらせる。
 
「いててて! いてぇって! 放せ! 俺の手は大事な商売道具だぞ!!」

 太蝋はさっと手放してから言った。

「その商売道具の使い道を、もっとよく考えるんだな。女子供を殴って、懐が潤うのかも、な」
「ぐっ……! こ、こっちだって食っていくのに必死なんだ! 何十人も無報酬で診てやれるかってんだ!!」

 そう捨て台詞を吐いて、町医者は勢いよく戸口を閉めてしまった。
 直後、戸口の向こうから、つっかえ棒を差し込む音が聞こえてくる。
 よほど太蝋や少女と関わり合いたくないようだ。

(何十人もの患者……。長屋一帯だとも言っていたな……)

 太蝋が病雀を発見したのも奇妙なほどに静かな長屋一帯だった。
 もしかしたら、少女はその長屋で暮らしている住人の一人なのかもしれない。
 しかし、そうだとすると微妙に辻褄が合わない部分が出てくるのだが……。

「ちょっと! なに勝手なことしてくれてんの!?」
「ん?」
「あんな痩せっぽちの医者に殴られたって大した事なかったのに! それを脅しに使って皆を診させるつもりだったのに、邪魔しないでよ!」

 随分と気の強い発言が返ってきたことを受け、太蝋は元気いっぱいに抗議する少女を観察しながら言った。

「ふむ……。随分と悪どい事を考えていたんだな。庇ってやるべきは医者の方だったかな?」
「庇ってくれなんて言ってないでしょ! ばーかばーか!!」

 そう言って少女は片足だけに草履を履いた状態で走り去って行った。一瞬だけ膝から伝う痛々しい赤色を覗かせて。

 向かった先は西。川がある方角だ。そこから更に北西へ行けば、件の長屋がある。
 どうやら太蝋の見当は当たっているようだ。

「旦那様……。今の子……大丈夫でしょうか……」

 一連の流れを少し離れた場所から見ていた八重が、怖ず怖ずとした態度で訊ねてきた。
 会話の内容から少女の身の周りで何かが起こったのだと、八重も察したのだろう。
 心無い言葉を浴びせかけられたとは言え、少女の必死さを思い出すと胸が詰まる。
 やけに八重に突っかかる言葉をかけてきたのも訳がありそうだ。
 太蝋は詳細な部分まで見当をつけていたが、その内容を妻とは言え外部の人間に話す訳にはいかなかった。

「……。随分としたたかな子だったし大丈夫だろう。さぁ、帰ろう」
「……はい」

 しょぼんと肩を落とす八重の背中に触れるか触れないかの位置に手を添え、太蝋は歩き始めた。

(散々、人で嫌な思いをしている筈なのに気に掛けてやるとは)

 人から向けられる軽蔑な眼差しが怖いと言いたげにしていたのに、少女に心を砕いてしまう八重の気弱な優しさが太蝋の胸を締め付けた。
 先ほどの少女のように多少の図太さを持っても誰も責められないと思えるほどの人の好さだ。

(何とかしてやらねばな)

 八重の心痛を軽くする為にも、少女が住んでいる長屋一帯で発見した災物を討伐しなければならない。

 そう心に刻みながら、太蝋は八重を伴って屋敷へ帰るのだった。
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