山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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楽園の涯

11 継承者 4

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 水底みなぞこから見る風景のように揺らめく視界と酒精でしびれた意識の中、リースベットはイェネストレームという町で起こったという、いくつかの事件について話し始めた。家に押し入ってきた数名の暴漢を全員殺害したことや、気が遠くなるほどの時間を真冬の川に浸かって堕胎だたいした、などという、真実であれば耳を覆いたくなるような陰惨いんさんな話ばかりだった。
 リースベットは、警戒心で硬直していたエステルの心を軟化させるために来室したはずだった。そしていつの間にか、久しぶりに年長の同性と話せたことで気が緩み、今まで心の最奥さいおう部に押し込んでいた記憶を吐き出してしまったらしい。
 だがそのことによって、リースベットを縛りつけていた重苦しい鎖のほうが、少し緩んだようだった。
 エステルは酔いつぶれて眠るリースベットの寝顔を思い出し、深いため息をついた。
「……あの子が言おうとしなかったことを、私が言うことはできない。でも、屈辱くつじょくと悪意に晒されて、復讐ができるだけの力を持ちながら、それでも憎悪に支配されずに生きることが、どれだけ難しいか、それは想像してみて」
「そりゃそうだが……」
「だからこそ、いつまで経っても人間は争い続けてんだ」
「暴力に身を任せ獣になったほうが、人は楽なのだ。その後を考えなければな」
「人と獣の瀬戸際にいるリースベットを押し留めてたのが、おそらく兄妹の繋がりよ。そのノアという人が、実際に高潔な人物かどうかは私にはわからない。でも、リースベットがそう信じていたということ自体が、わたしたちには重要だったの」
「信じてたからこそ、命がけで守ろうとしたんだもんね……」
「普段はそんな素振りも、見せたことはなかったけど」
「山賊の首領と、リードホルムの王女……生きるために、二人に分裂したままだったリースベットは、ノアと一緒に戦っていた時だけは、一つに統合されていたのかも知れんな」
「それはおそらく、あの子にとっての自己救済だったはずなのに……」
 バックマンは腕と脚を組んで亀のように身を縮め、低くうめいたきり黙りこくってしまった。そしてふと、リースベットが私室に飾っていたというノアの剣に思い至った。
 ――あれを持ち主に返してやろう。ノアはまたその剣を握って戦いに出るかもしれないし、もしかしたらリースベットの墓に副葬ふくそうすることになるかもしれない。いずれにせよ、この場所にあるべきではないものだ。
 皆が何のために食堂に集まったのかを忘れ、答えを聞くことのかなわない死者の望みに思いを馳せていると、アニタが食堂の入り口に小さな顔を現した。何かを探して、おそるおそる食堂内を見回している。
「アニタ、どうしたの?」
「デミがいないの」
「デミ? ああ、リースベットの猫か」
「まさか、リースベットの後を追っかけてったのか?」
「いや、一昨日までは、わしの部屋でよく寝ておったが」
「うん、昨日からどこにもいなくて……」
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